第三話
昼までに到着したいくつかの什器を配置し、残りのもう少し大きな荷物が来たら、次は小さい荷物が大量に届くそうだ。
「よお、二日ぶりだ」
「こんにちは、マリさん」
今日の昼ご飯はマリが持ってきてくれた。相変わらず大きなお腹だが、全くしんどそうな様子はない。
ジンは呆れた顔で弁当を受け取る。マリが来る前、聞いた話によると、魔物狩りに行かない程度にはその行動力を発散させたほうがいいと判断したそうだ。
「もうちょっと食わないと一撃でやられちまうぞ」
マリはそう言って瑞希の前に豪華な肉弁当を置く。
焼き肉のタレのような甘い醤油の香ばしい匂いが漂ってきて、ぐぅ、と瑞希の腹が鳴る。疲れはあるが、胃の具合は悪くない。少々食べても問題ないだろう。
白いご飯の上に乗っている肉は薄く、見た目は焼肉に似ている。
食欲の赴くままにご飯といっしょに食べると、良く知った味がする。
「気遣いはありがたいんですけど、僕は特に戦ったりしないので……」
「戦わなくても、街で人や物にぶつかることぐらいあるだろ?」
まさか、その程度で壊れてしまうほど華奢に見えているのかと苦笑すると、「冗談だって!」と肩を叩かれる。
「うっ、あんまり強く叩かれるとちょっと……」
口から食べたものが出そうだ、と言いかけて「やっぱり食べなきゃ駄目だ!」とマリが真剣な顔になる。
「はぁ、マリの力が馬鹿みたいに強いんであって、ミズキが弱すぎるわけじゃないんだから……」
「そんなわけあるか!」
マリはジンを叩いて、「ほら、全然強くないだろ?」と笑う。
バン、とかなり大きな音がしたが、ジンは小さくため息をつくだけで微動だにしない。
「俺は慣れただけだ」
「そういうことか?」
マリはジンの言葉に納得できないのか、首を傾げている。
「きっと、マリさんの力に耐えられるのはジンさんだけなんですよ」
そのやり取りが面白くて、ついそんな言葉がこぼれる。
「な、急に何言いだすんだ」
瑞希の言葉に、なぜかマリが顔を赤らめる。
照れているように見えるが、今の言葉に照れる要素はあっただろうか。
「……お二人は本当に仲が良くて、いい夫婦だなあと、見ているだけで感じますよ」
試しにそんな事を言ってみると、マリは目を泳がせて、その頬がどんどん真っ赤に染まっていく。
照れているのだろうが、その理由がいまいちわからない。でも豪快なマリが急にしおらしくなるのは少し面白い。
「そ、そうか?」
「ええ、ジンさんからはマリさんのことが大切なんだなって伝わってきますし、マリさんからもジンさんのことを大切にしてるって伝わってきます」
「へ、へえ……」
顔を赤くしていくマリがちょっと可愛らしくて、悪戯心がむくむくと湧いてくる。
すると、ジンが肩に手を乗せて小声で囁いてくる。
「ミズキ、そこらへんで勘弁してくれ」
「でも、本当のことですから」
「そりゃあそうかもしれんが……ほら見ろ」
ジンに促されマリを見ると、その顔はトマトのように真っ赤になって、もじもじと指先を弄り始めていた。
「ああみえて、マリは結構純粋な心を持ってるんだ、あんまりからかわないであげてくれ」
「……すみません」
「まあ、そういうところが……」
ジンは言葉の途中で喋るのを止めてしまう。ただ、その代わりに、ジンの顔もなぜか赤くなっていく。
(想像以上にラブラブだ)
もっとあっさりした関係なのかと思っていたが、二人の間には深い愛情が見える。
(ある種、少女漫画的な雰囲気かも)
豪快な二人が、顔を赤くしてしおらしくなっているのは少し……かわいい。これが「ギャップ萌え」というやつなのだろうか。兄の言っていたことを思い出して納得する。
それから、瑞希はゆっくりご飯を食べていたが、ジンとマリは少し気まずそうで、ジンに至っては昨日までより食べる量が少し減っていた。
◇
昼食を食べ終わってからも、気まずい雰囲気はなくならず、「今日は家でじっとしておけ」というジンの言葉に、マリは大人しく頷き帰っていった。
ジンと瑞希の間にも少し変な空気が流れたが、体を動かしている間に、自然ともとに戻った。
「今日の荷物はもうこれで終わりだ」
ジンがふぅ、と息をついて机にもたれかかる。まだ空に夕日が出始めたばかりだ。
午後からやって来た荷物は小さな荷物がいくつか。お店の中が彩られていき、徐々にお店らしくなっていく。
武器屋と言えば無骨なイメージだが、かなり小綺麗な雰囲気だ。
「他にすることはないんですか?」
「まあ、ないことはないが、明日でいいさ」
「分かりました」
残りの荷物は明日にならないと届かないみたいで、まだ六時になっていないが、今日はこれで終わりだ。
「よかったら夜、どこか食べに行かないか?」
「あー、ちょっと今日は……」
「用事か?」
「友達と会う予定があって」
瑞希はさっと通信時計を開いて、『今日は早く終わりそうだから、よかったら早めに来て』とキュアにメッセージを送る。
正直、リンナがいないところで話したいこともある。
それもあるが、家にマリを一人にしておくのはいいのだろうか。
そう思ってちらりとジンを見ると、「家にお手伝いさんがいるから気にするな」と気まずそうに微笑まれる。
(お金持ちなのかな)
お店を開くにも、それなりのお金がいるはずだ。
改めて考えると、ジンとマリの二人は、かなり凄い冒険者なのかもしれない。
「……なあ、その友達って全身ピンク色のお嬢ちゃんか?」
「そうですけど……知り合いですか?」
「いや……」
歯切れの悪いジンに困惑していると「あのさ」と切り出される。
「二日前ババルルに乗って『こもれび』に向かった時、なんかピンク色の女の子にじっと見られてるって思ったんだけど。あの子、ミズキの友達だったんだな」
「え?」
その日は特にキュアと約束していなかった。連絡も来ていない筈だ。
(ストーカー……)
その単語が、頭の中でじわじわと輪郭を浮かび上がらせていく。
もしかして、ずっと見られていたからマリのこともすぐに当てられたのだろうか。
「なんか怪しい雰囲気だったからちょっと警戒してたんだが、友達だって聞いて安心したよ」
「……はい。キュア……その女の子は、僕を最初に助けてくれた人ですから」
それでも、その事実は揺るがない。
(でも、なんでそう思うんだろう)
キュアを信じたい、彼女は悪い人じゃない。その思いが妙に瑞希の中で大きいような気がする。
(なんか、懐かしいんだよね)
キュアといるとなぜか落ち着く。ピンクピンクしすぎて少し派手な見た目なのに、一緒にいるとなぜか頭がすっきりして、瑞希の記憶が整理されていく感じだ。
知り合いに似てるといったわけでもないし、ミズキの知り合いにもあんな人はいなかった。
(なんだろう……)
少なくとも、キュアとミズキに以前の繋がりがなかったことだけは確かだ。
何かを忘れているような……でも、全く思い出せなくて、瑞希は首を傾げた。
◇
仕事を終え、宿に戻ったが、リンナはまだいない。キュアもまだ来ていないようだ。
瑞希は部屋に戻って、キュアが来る前に済ませようとシャワーを浴びる。
さっぱりした身体をタオルで拭きながら通信時計を確認すると、『到着しました』とキュアからのメッセージが来ていた。
すぐに着替えて下に向かうと、ディナと談笑しているキュアの姿があった。
「久しぶり」
「……久しぶり」
キュアは瑞希の方を向くが、すぐにその目を下に向けてしまう。
その表情も少し硬く、いつもより少し元気のない返事が返ってきて、瑞希は苦笑する。
「よかったら上で話さない?」
「……わかった」
ディナの前では話しづらい。そう思って声を掛ける。
するとディナから「これあげるよ、甘いお菓子さ。上でゆっくり食べな」と饅頭のようなものを二つ渡される。
「ありがとうございます」
この世界で和菓子のようなものを見たのは初めてだ。触り心地もしっとりしていて、少し押すだけで指が沈んでいく。
潰さないように優しく握りしめ、二人は階段を登った。




