第四話
泊まる部屋に戻って、キュアに座るよう促した。
「今日は来てくれてありがとう」
「……」
キュアは気まずそうにピンク色のバッグをぎゅっと抱きしめる。
「あ、あの……」
どう切り出そうかと考えていると、先にキュアが口を開いた。
「ごめんなさい……」
小さな声で謝るキュアに、瑞希は苦笑する。
「一応、僕は怒ってないし、今日呼んだのも……確認したいだけだから」
でも、謝るということはそれなりに悪いことをしている自覚はあるみたいだ。
瑞希はディナにもらった饅頭を一つキュアに渡して、自分の分を一口かじる。
「うま」
柔らかい饅頭の皮を歯で突き破ると、白餡に似た味が口の中に広がる。
小さい頃、瑞希の父親が職場から貰ってきたお土産によく似た味だ。
少し懐かしさに浸りながら、脱線しそうになった思考をもとに戻す。
「あのさ、確認したいんだけど、その、キュアは僕の……」
そこまで言って、「ストーカーなの?」と聞くのはあまりに直接的だろうかと考える。
しかし、どう切り出すべきか……。
「わ、私……」
部屋に沈黙が流れ、気まずい空間の中、意を決したようなキュアの声が響く。
「……私、昔からずっとミズキを付け回してました。リンナさんの言う通り、私はミズキのストーカーです」
どんどん声が小さくなり、最後は微かに聞こえるほどだった。
リンナの言葉が事実だったことに少し驚きながら、そこまでの嫌悪感がない自分に困惑する。
「昔ってことは僕がマウントの街にいたころから?」
「……そうです」
「……そうなんだ。理由を聞いても良い?」
「それは……」
知らない人をストーカーするなんて流石に理解不可能だ。でもミズキはキュアに会ったことはないし、見た記憶もない。
覚えていないだけかと記憶を探っても、何も心当たりがない。
「昔、ミズキに会って……」
「……ごめん、全然記憶にないんだけど、どこで会ったか教えてもらっても良い?」
すると、キュアは少し口ごもった後、「あの……」と小さく声を出す。
「七年前、ミズキがパーティーを結成しにギルドへ行った時……」
「え?」
思いがけない返答に、変な声が出る。
「ぶつかって、鼻血が出た私に、ハンカチを渡してくれて、それで……」
その言葉に、頑張って記憶を探る。瑞希ではなく、ミズキの七年前を。
◇
「な、なんか思ったより人が多いな」
十五歳になったミズキは、ダジルとリンナと一緒に、マウントの街の冒険者ギルドに向かった。
そこはミズキ達が住む地域の小さなギルドとは違って、辺り一帯に人、人、そして人。パーティー結成の為には、冒険者ギルドで手続きをする必要があるのだが、その大きさと人混みに三人は驚いていた。
ミズキにとっては想定内の光景だったが、ダジルとリンナにとっては想定外だったようだ。息を呑んで緊張しているのが伝わってくる。
「確かに、すごい人だね」
辺り一帯にいる人達は、大柄な人が多く、武器を持っている人もいる。殆ど全員が冒険者なのだろう。かなり迫力がある。
「どこに行けばいいの?」
リンナは不安そうな顔で周りの看板を眺める。
「お、俺に任せろ!」
「ダジルに任せたら駄目な気がするわ。ねえミズキ、どうしよう」
「はあ? なんでミズキに聞くんだよ。俺のほうが頼りになる!」
「はぁ……。喧嘩するために来たわけじゃないんだから、早く行こうよ」
睨み合うダジルとリンナにため息をついて、ミズキは遠くを見る。
ここは冒険者ギルドとして単独で存在しているから、迷ったら近くの職員に聞けば良い。流石に子供に対して厳しいこともないだろう。
「ほら、あそこ『冒険者パーティーに関する受付』って書いてあるよ」
ミズキが少し遠くの場所を指すと「は、俺も見えてたし!」とダジルが言い、ミズキは苦笑する。
「取り敢えずそこら辺に行って、近くの職員さんに聞いてみよう」
三人はその方へ向かう。
向かった先には大人の団体がいくつかいて、ダジルとリンナは足をすくませる。
その団体の何人かが、ミズキ達をちらりと見てコソコソと話をしているのも気になるのだろう。
ただ、その内容は悪口等ではなさそうだ。「懐かしいな」なんて声も聞こえてくる。
緊張気味の二人と一緒に受付まで向かうと、職員が優しく対応してくれて、あっという間にパーティー結成が完了する。
「ちょっとお手洗いに行ってくるわ」
「僕も行ってくる。ダジルは?」
「俺はここでいろいろ情報収集する。パーティーリーダーって思ったよりやることが多いみたいだし」
冒険者パーティーのリーダーは案外やることが多いみたいだ。職員の説明を聞いている最中、どんどんダジルの顔が強張っていき、緊張しているのが見て分かった。
パーティーリーダーはダジルで、副リーダーはリンナ。リンナはミズキが副リーダーになるべきだと言ったが、ダジルはリンナになってもらいたいだろうし、ミズキの能力的には少々荷が重い。
ミズキはトイレをさっさと終わらせて、二人が待つ場所へ向かう。
しかし、その場所には誰もいない。リンナはまだ時間がかかっているとして、ダジルもトイレに行ったのかと少し道を戻るが、どこにもいない。
仕方ないので通信時計で『戻ったけどどこに居るの?』と二人にメッセージを送って、ミズキも少し辺りを見てみようと待ち合わせの場所から少し離れる。
「いてっ、すみません」
「あっ、ご、ごめんなさい」
情報収集でもしようと、ポスターやパンフレット等が置いてある場所へ向かっていると、急に現れた人にぶつかる。
謝って前を向くと、ピンク色の髪の毛を揺らす可愛らしい少女と目が合った。
「だ、大丈夫?」
その少女はぼうっとミズキを見たかと思ったら、小さい鼻から鼻血を垂らし始める。
まずいと思って咄嗟にミズキは持っていたハンカチを当てた。
「ご、ごめんなさいっ……」
白いハンカチが赤く染まっていき、少女はあわあわと手を動かす。
少女はズビズビと鼻血を止めるべくすすり込んでいるが、ハンカチに滲む赤色は止まらない。
ミズキはハンカチを少女に渡す。
「ちょっと待って、すぐに誰か呼んでくるよ。それまではこれで抑えておいて」
「え、えっと、その……」
少女は慌てながら、そのハンカチを受け取って鼻を押さえる。
しかし、ピンク色の服に赤色の血が付いてしまっているし、血が収まる気配もない。
一応、大人を呼んでおこう。ただの鼻血ならいいが、ぶつかった時の衝撃で血が止まりにくくなっている可能性もある。
「あれ……」
ミズキは少女と別れ、すぐに職員を連れて少女がいた場所まで向かう。
だが、到着した場所には誰もいない。辺りを見回すが、それらしき人は見つからない。
「……すみません。どこかに行っちゃったみたいです」
「それならいいのですが……」
ミズキと職員は困惑した顔で辺りを見回す。
「どんな見た目の方でしたか?」
「ピンク色の髪の毛に、ピンク色の服で……僕か、僕よりちょっと若い女の子です」
「わかりました。一応、こちらの方でも見かけたら声を掛けてみます」
職員は困惑気味のまま微笑んで、ミズキの前から去る。
勘違いだったのだろうかと困惑するが、ミズキが持っていたハンカチは無くなっている。
少し辺りを歩いて周りを確認するが、やはり、あの少女は居ない。周りに血が付いている様子もない。
すると、通信時計が鳴って『どこに居るの! ダジルとミズキも! 勝手な行動しないで!』とリンナからのメッセージを確認する。
(大丈夫かな)
あの少女が少し心配だ。ハンカチを渡してはいるものの、それだけで鼻血が止まるわけじゃない。
ミズキは『すぐに戻る。リンナはどこに居るの?』とメッセージを送ってその場を去った。




