第十二話
「ミズキさん。流石にひどすぎますよ」
「何が?」
「うわ、無自覚ですか?」
メグの言葉に思わず眉をひそめると、メグはまた大きなため息をつく。
「どうせ、ミズキさんは答えに辿り着けそうにないので教えてあげてもいいですけど、どうします?」
顎に手をやり薄目で見つめてくるメグに困惑する。
もしかして、リンナのさっきの態度に心当たりがあるのかもしれない。瑞希はその答えを知りたくて真剣な表情で見つめる。
「教えてほしい。何のことかはっきりと」
「分かりました。あのですね、先に聞きますが、ミズキさんにとってリンナさんは何なんですか?」
「何って、友達だよ。小さい頃からの幼馴染」
「それ以上でもそれ以下でもない、と」
「まあ、そうだね」
リンナを異性として見たことはない。男女の体の違いという点ではリンナを女性だと感じることはあったが、そこにそれ以上の感情はない。
「これは、私でも分かったんですけど、伝えちゃっても良いんですかね」
「いいんじゃない?」
何のことかわからなくて、適当に返事をすると、また「はぁ」とメグのため息が聞こえる。
「リンナさんは、どこからどうみてもミズキさんのことが好きなんですよ」
「好き?」
「もちろん、恋愛的な意味の『好き』ですよ」
「まさか」
「やっぱり、そう言うと思ってました。つまり、リンナさんはミズキさんの傍にいたいだけなんですよ。ミズキさんはそれをあっさり突き放したんです」
「そう……なの?」
確かにミズキとは仲が良かったし、リンナはミズキに世話を焼く……そういえばやんちゃなダジルより、リンナはミズキのことを気にかけていたかもしれない。
例えば、一緒に買物をしたり、ご飯を作ってもらったり、……ミズキの家で一緒にのんびり過ごすだけのこともあった。
(……デート?)
ミズキは友達との普通の日々だと思っていたが、よく考えたらデートのようにも感じる。
(本当にリンナはミズキのことが好きなの?)
そう言われると、少し驚くが、納得できてしまう自分もいる。
(え、じゃあミズキって最低なことしてない?)
もし、リンナのミズキに対する行動全てに、好意が含まれていたとしたら。今までのやり取りが違う意味を持っていた気がして、なぜか焦ってしまう。
「メグは、どうしてそう思うの?」
「逆に、ミズキさんはどうして気が付かないんですか? 誰がどう見ても、リンナさんはミズキさんにぞっこんって感じじゃないですか」
「そうなの?」
「はい!」
メグはギルドで働いている事もあって、おそらく人を見る目は肥えているのだろう。
ただ、リンナからそんな雰囲気を今まで一度も感じたことがないのも事実だ。
「でも、リンナからそんな事を言われたことはないんだよね。十年以上一緒にいたのに」
「はあ、これだから……」
メグはやれやれ、といった表情を見せる。
「恋心っていうのは、そんなに簡単なものじゃないんですよ」
「どういうこと?」
「好きな相手に、自分を好きになってもらいたい。でも言ったらもう今までの関係ではいられない。好きになってもらえなくても、好きな人の一番近くにいたい。でも好きな人が、他の誰かに奪われるのは嫌だ……」
メグはわざとらしく、映画のワンシーンのように喋り始める。
「まあ、これは私の妄想ですけど、恋心ってそういうものじゃないですか。ミズキさんだって、人を好きになったことぐらい、あるんじゃないですか?」
「……それが、ないんだよね」
「……本気で言ってます?」
メグは「あり得ない」と呟いて瑞希を変な顔で見つめる。
瑞希とミズキ、多分どっちも人を好きになる感情はあると思う。
「うーん。ミズキさんは男の人が好きなんですか?」
「……それは、どうだろう。自分でもわからないや」
瑞希の頃は、男の有名人にドキドキしていたこともあった。筋肉質のイケメンを見るのが好きだったが、今は微妙だ。
メグは「そこからですか」と呟いて、カウンターの向こうから瑞希の座る椅子まで近付き、そのまま瑞希の右隣に座る。
そして、瑞希の右腕を掴んで、胸の前でぎゅっと握りしめる。
「どうですか、私は男ですけど、ドキドキしませんか……?」
「何してるの……」
「ほら、目を閉じてください」
困惑していると、そんなことを言われるので、取り敢えず目を閉じてみる。
「私、いい匂いしませんか?」
「うん。僕は汗臭いでしょ。あんまり近付かないほうがいいよ」
「黙ってください! ほら、私の腕、すべすべしてますよね。頑張って脱毛したんですよ」
メグが瑞希の手を取ってメグの肌に当てる。確かにすべすべしている。そして男とは思えないほど柔らかい。
少し感嘆してしまったが、果たしてこれに何の意味があるのだろう。
「腕だって、ちゃんといろいろと丁寧に扱ってるんですよ……」
ぎゅっと腕を抱き込まれる。ふぅ、とメグの吐息が腕に当たって……。
「ふふ、顔赤くなってますよ」
「そろそろ離してほしいんだけど」
「駄目です。まだ目を開けちゃ駄目ですからね」
どうするべきか悩んで、なんとなく目を閉じたままでいる。
「確かに、ちょっと汗臭いですね」
「最初に言ったじゃん」
脇のあたりに息がかかり、流石にと思って手を引く。
だが、メグもついてきてしまったようで、近くにメグの呼吸を感じる。
「ほら、私だって男なんですよ」
メグの声が低くなる。
メグは瑞希の右腕を離して、手首に近いところをもう一度掴む。そして瑞希の右手をメグの首元に当てて、盛り上がっている喉仏をなぞらせた。
流石にまずいと思って、目を開けると、じっとりとした視線のメグの顔が間近にあって思わず唾を飲む。
「……もう、目を開けちゃ駄目って、言いましたよね」
「それが素の声?」
「さあ……知りたいですか?」
メグはニヤリと微笑む。見えてしまう鎖骨の辺りが骨ばっていて、男なのだと、強制的に理解させられるようだ。
「近いよ。そろそろ離れてほしい」
「はぁ」
メグはため息をついたあと、ニヤリと笑い、両腕を瑞希の首に回す。
「でも、ミズキさんのこと、ちょっと分かりました。リンナさんのこと、可哀想って思ってましたけど、リンナさんもちょっと鈍感ですよね」
瑞希はメグの肩をつかんで引き剥がそうとするが、その肩が思っているよりも華奢で一瞬動きを止める。
その瞬間を待ってましたと言わんばかりにメグはさっと瑞希の顔に近付いて微笑む。
「綺麗な顔」
メグは低い声でそう呟くと、ちゅ、と瑞希の頬にキスを落としてさっと離れていった。
「ドキドキしましたか? これがトキメキっていうんですよ」
「……勉強になったよ」
先程の全てが「からかい」なのだろう。カウンターの向こうに戻ったメグは悪戯げな笑みを浮かべている。
瑞希は唇を当てられた頬に手を当てて、メグを呆れたような目で見つめた。
(肌、綺麗だったな)
間近に見たメグの顔は、化粧をしていたものの、毛穴一つ、肌荒れ一つしていない綺麗な肌だった。あの肌を作るのには相当苦労しただろう。
ミズキも、多少のケアはしていたがズボラな方だった。
「ミズキさんは、恋愛感情が無いんじゃなくて、ミズキさんと相性のいい人に出会えなかっただけなんですね」
「そうなのかな」
「そうですよ!」
楽しそうに微笑むメグ。さっきの行動の意図はそれを確認するためだったのかと考えるが、少しやりすぎな気もする。
「あんまり、他人にそういうのやらないほうが良いよ」
「……私だって嫌がってる人に変なことはしません」
瑞希の言葉にメグはムスッとした表情を見せる。
「もういいです! 早く体を洗って休んでください!」
そしてメグは鼻を摘んでシッシッと瑞希を追い払う動作をする。やっぱり臭かったんじゃないかと思いながら、瑞希は「分かったよ」と返事をして二階に上がった。




