第十一話
「ミズキさん! と、どなたでしょうか」
メグは横にいるリンナを見て首を傾げる。
「リンナだよ。僕の幼馴染、昨日からここに泊まってる」
「……こんにちは、私はメグです!」
「メグはディナさんとビルさんのお孫さん。あとちなみにギルドで働いてる……ことは言ってよかったのかな」
「いいですよ! もう言っちゃってますけど」
「ごめん。口が勝手に」
「気にしないでください!」
ふふっと口に手を当てて笑うメグに、リンナも笑顔を見せる。
「こんにちは、私はリンナ。ミズキの幼馴染よ」
なぜかリンナは幼馴染であることを強調する。
多分、恋人とかそういう目で見られたくないのだろう。
「……へぇ、そうなんですね。リンナさんがミズキさんを追い出した人ですか?」
メグが満面の笑みのままそんな事を言うので、慌てて「それは別人」と訂正する。
「ふーん。友達に追い出されたからって聞いたので、ちょっと心配しました」
「僕の説明不足だよ。ごめん」
「私も早とちりしちゃってごめんなさい!」
メグはにっこりと微笑み、リンナも「気にしないで」と微笑む。
「あ、ご飯はまだ食べてませんか?」
「うん。今丁度バイトから帰ったから」
「じゃあ、今日は食堂が休みなので、私が作ってあげますね!」
確かに、ディナの様子が見えない。聞くと「今日は病院の日なので」と返される。
「ディナさんは大丈夫なの?」
「ただの定期検診ですから、気にしないでください!」
「それならよかった。ご飯を作ってくれるのは嬉しいんだけど、その、いいのかな」
「いいですよ! 私、こう見えて料理上手なんです!」
こう見えてと言われても、料理が下手そうに見えるというわけじゃない。「じゃあ、待っていてくださいね!」とメグは素早く厨房へ向かってしまった。
「あの子、随分ミズキに懐いてるみたいね」
「懐いてるっていうか、お世話になってるからね。この宿を紹介してくれたのもメグだし」
「へえ……」
「この服も、メグと買いに行ったんだ。ちょっとかわいらしいけど、メグが似合ってるって」
「ふぅん……」
説明をするが、リンナの返事は心ここにあらずという感じだ。
「疲れてる?」
「……そうね」
リンナはここに来たばかりなのに、すぐに働いて疲れただろう。顔にも、その疲れが現れている気がする。
はあ、とリンナがため息をつく。
「ミズキがお人好しなのはよくわかったわ」
「そう?」
「ええ、それと、とんでもなく鈍いのもね」
「何が?」
「教えない」
「あっそ」
面倒なので、瑞希も適当に返事をすると、何故かリンナに睨まれてしまった。
何となくリンナの機嫌も悪そうだし、疲れているのを刺激しないほうがいいかと瑞希は口を閉じた。
◇
「美味しいね、メグは料理上手だ」
メグが作った料理はディナがよく作るものと似ていて、とても食べやすい。
メグが作ってくれたのは魚料理だ。しかも刺し身。白身に見えるが、この世界の魚事情に詳しくないのでよくわからない。
飾り付けがおしゃれで、ディナの作る優しい家庭料理みたいな雰囲気と違って、メグの作る料理は旅館の朝ごはんみたいな雰囲気だ。
「やっぱり、ミズキさんはこういうのが好きだと思ってました」
「うん。その通りだよ。当たってる」
メグはふふ、とカウンターの向こうで満足そうに微笑む。
どうやら自分のご飯はもう食べ終わったらしく瑞希とリンナをじっと見つめている。
「……ミズキってもしかして、肉より魚が好きなの?」
リンナの困惑したような声に、言ったことがなかっただろうかと記憶を探る。
「うん。言ってなかったっけ」
「……言ってくれたら良かったのに」
「まあ別に魚じゃないと嫌ってわけじゃないから」
「……あっそ」
フン、と鼻を鳴らして、リンナはご飯を食べる。
「ミズキはこういうのが好きなのね」
「うん」
「マウントの街に帰ったら私が作ってあげるわ」
「別にいいよ」
「私がやりたいの! 文句言わないで」
「はいはい」
「『はい』は一回!」
「はい」
その様子を見ていたメグが、ふふっ、と笑う。
「お二人、仲が良いんですね。もしかして恋人ですか?」
「違うよ」
隣でリンナが咳き込む。
「違うわよ!」
「へえ、じゃあミズキさんは今、恋人いないんですか?」
「まあね」
メグはニヤリと悪戯げに微笑む。
「キュアさんはどうなんですか? 仲良さそうじゃないですか」
「キュアはまだ知り合ってちょっとしか経ってないからね。そういうのを考えるのはもうちょっと先の話じゃない?」
「ということは、時間が経てば、そういうのを考えても良いってことですか?」
「さあ。あんまり人にそういうの聞くものじゃないよ」
「えへへ、そうですね」
妙に踏み込んだことを聞いてくるメグに困惑しつつ答えると、ニヤケ顔のメグと目が合う。
「じゃあ私、ミズキさんの恋人候補に立候補しちゃおうかな!」
「……なにいってるんだ」
変な冗談を言い始めるメグに苦笑する。
「私と付き合ったら、毎日こんなご飯が食べられますよ」
「それは……ありかも」
冗談には冗談で返すのがいいだろうと、笑いながら返事をすると、リンナの方から「わ、……も」と小さな声が聞こえる。
「なにか言った?」
リンナは俯いたままちらりと瑞希を見て、もう一度下を向く。
「……わ、私も」
「ん?」
「私も、ミズキの恋人候補に立候補する……わ」
リンナの声は、少し震えていて、その顔は少し赤くなっている。
きっと会話に合わせようとしたのだろうが、リンナは昔から冗談が苦手だ。
「リンナ、メグの冗談に付き合う必要はないんだよ」
「……冗談?」
リンナは顔をパッとあげて、メグと見つめ合う。一瞬、交わる視線の間がピリッとしたように見えて、瑞希は首を傾げる。
「冗談に決まってますよ~! それとも、リンナさんはミズキさんと付き合いたいんですかあ?」
「……くっ。私だって冗談に決まってるでしょ!」
リンナが先に目を逸らして、フンと鼻を鳴らす。
「リンナさんって、面白いですね」
「あんたほどじゃないわ」
「あんたって酷いじゃないですか。メグって呼んでくださいよ!」
リンナは頬を膨らませるメグを軽く睨みつける。でもそれ以上何かを言うことはない。
あんまりリンナをからかわないでほしいのだが、それを言う前にリンナは睨むのをやめた。
メグもリンナの方から瑞希の方へ向き直ったので、わざわざ蒸し返すのも良くないだろう。
「それで、ミズキさん、バイトが終わったら本当に帰っちゃうんですか?」
「一度はね。それから先は決めてないけど」
「せっかくならリバーの街に住んじゃえばいいのに」
「それはありかも」
マウントの街に一度帰ったら、荷物をまとめてリバーの街に引っ越す。それも悪くない。
瑞希にとって久しぶりの日本食は想像以上に美味しくて、離れがたい気持ちが日に日に増えていく。
そんな事を考えていると、リンナが「え」と呟く。
「こ、この街に移住するの?」
「まだ決めてないよ。でもマウントの街よりこっちの方が僕には合ってる気がして。どうせ人生は長いんだからちょっと住む場所を変えるのもありかなって」
「そ、そうね……」
「それに、いつまでもリンナが僕の世話をする必要もなくなるでしょ?」
リンナはちょっとミズキに優しすぎると思う。ミズキは気がついていなかったが、異性の幼馴染というのを考慮すると、ミズキは少し頼りにし過ぎな部分もあった。
「……そうね」
少しの沈黙の後、リンナは小さく呟く。
その声が少し強張っているように聞こえて、何か変なことを言っただろうかと考えるが、理由がよくわからない。
それからなんとなく三人の会話は途切れて、ご飯を先に食べ終わったリンナは「先に戻る」と言って二階に上がった。
リンナが二階に上がって、瑞希の視界からいなくなってから、メグがはぁ、と呆れたようにため息をついた。




