第十話
「それで、ミズキはそのパーティーを脱退させられて、悪い奴に境の森へ放り出されたんだな」
「……そうですね」
順調にアルバイトは進み、昼時。
ジンはいつものように昼食を買いに行って両腕に大量の弁当を抱えて戻った。
そして、ジンの『早食い』を見たリンナは目を丸くさせた後、大爆笑をして、和やかな雰囲気になった。ただその途中、リンナがいろいろ喋ってしまったので、瑞希はジンに全部を説明する羽目になった。
しかし、それを聞いても、ジンは「それなら隠すのも理解できるよ」と嘘をついていたことに怒りはしなかった。
「『銀の覇者』は俺も聞いたことがある。マウントの街で一番有名なパーティーだろ? 確かリーダーが『剣聖』能力持ちだとか」
「ジンさんも知ってるんですね」
「まあそりゃあな。冒険者をやってたらいろんなことが耳に入ってくるもんさ。でもびっくりだな、ミズキみたいなヒョロっちいやつがそんなパーティーに入ってたなんて」
「僕もびっくりしてますよ。軽い気持ちで入ったパーティーがあんなにも大きくなって」
ジンの言葉に笑うと、ジンも「ハハ!」と豪快に笑う。
「ジンさん、シルヴァという人を知っていますか?」
ふと、リンナがそんな事を言う。
「シルヴァ? 聞いたことはないが」
「黒髪の、若い女性です」
「うーん、知らないな、その人がどうかしたのか?」
「『銀の覇者』は今、おかしなことになってるんです。その原因がその人かもしれなくて」
「おかしなことって?」
リンナが軽く説明すると、ジンは眉を顰めて顎に手をやる。
「うーん、そのダジルってやつが元から性格が悪いわけじゃないんだな」
「性格は悪いです! でも一線を越えるような発言はしたことがないし、暴力も振るったことがないんです。口だけが悪いみたいな感じで」
「ああ、なるほど、そういう奴っているよな」
ジンはふっと笑うが、すぐに真剣な顔に戻る。
「でも、それならちょっと心配だな」
「なにか心当たりがあるんですか?」
「心当たりというより、昔、風の噂で聞いたことがあるんだ。害力持ちの集団に、パーティーが壊滅させられたってな」
その言葉に、瑞希は目を見開く。
「どんな内容なんですか?」
「そこまでは知らん。ただ、そういう噂を聞いたことがあるってだけだ。もしそのシルヴァって女が何かの力を持っているのなら、ちょっと怪しいな」
「害力……」
やはり、ここでも害力という言葉が出てくる。
ヴォルとダジルは害力とは無縁の能力だから、持っているとしたらシルヴァ、なのだろうか。
「でも、シルヴァは僕達と関わりがあったわけじゃないです。なにか復讐、とかなら分かりますが、そういうのもないですし」
「復讐、か。そういうことも考えられるな」
「……どういうことですか?」
ジンは険しい顔で、「ふむ……」と続ける。
「害力をもった人は、生まれながらにして人々から恐れられ、時には害力を持っていると言うだけで、迫害を受けることもある。冒険者パーティーにいる人は、まさにそういう人達の真逆だと思わないか?」
「それは、そうかもしれないですけど」
「害力を持った人が復讐をするとしたら、そういう人達だったとしても不思議じゃない」
ジンの言葉には一定の納得がある。だが……。
「でも、自分に嫌なことをしてきた人とは違う人に復讐をして、それに何の意味があるんですか?」
リンナの鋭い声が響く。
「それは、俺にもわからんな。でもそういう気持ち、俺にはちょっとだけ分かるぞ」
「私には分かりません。いじめてきたやつがいたら、そいつにやり返したらそれで十分じゃないですか」
「うーん、それは多分、お互いに理解できない話だな」
「どういうことですか?」
「俺はさ、この能力で人生の得になったかと言われるとそうじゃない。今でこそ食べまくって体を鍛えるなんて事をしているが、小さい頃はこの能力を恨んで、周りの人間が羨ましくて仕方がなかった時期もある。その時は周りの人間が敵に見えたこともあった」
「……そうなんですね」
リンナは反論しない。リンナは昔から能力を羨ましがられたことはあっても、蔑まれたことはない。
瑞希はジンの言っていることが少し分かるが、どちらかと言うとリンナ寄りの考えだ。
自分の恨みを晴らすために、関係のない人へ攻撃するのは、ただの八つ当たりでしかない。
「そもそも害力持ちの集団って、いるものなんですか?」
「そりゃあ居るんじゃないか?」
「でも、そんな集団すぐにばれてしまうんじゃ?」
「ミズキ、そういうのは、暗黙の了解ってやつだ。能力がどうこうなんてのを初対面で聞くやつはありえないだろ? でも、相手がどんな能力をもっているか予想した時、害力持ちだとは考えるやつは少ない。
即ち、害力っていうのは基本的には無いものとして扱われているってことだ。でも、無いものとして扱ってるのに、存在しているし、皆その存在を知っている。そして、皆、害力を蛇蝎の如く嫌っている。害力持ちの奴らは皆、そんな狭間で生き続けているんだ。そんな奴らがヘマすると思うか?」
「……確かに」
今まで気にしていなかったが、ジンの言う通りだ。
確かに、害力という言葉はミズキも知っていたが、詳しくは知らなかったし、誰も話題にはしなかった。
「ミズキはあんまり周りに興味がないからね。相手がどんな能力を持ってるかなんて気にもしないでしょ」
「……うん」
瑞希という能力を持たない世界の記憶があるせいか、能力で他人がどうこうというのが、いまいちわからなかったし、瑞希としてもさっぱりだ。
仮に害力を持っている人がいたとして、それを他人を害することに使わなければいいだけの話……そう簡単なことではないのだろうが、瑞希はそう考えてしまう。
「その考えの方が良いと思うぞ。能力で人の性格が変わるわけでもないし、ずっとそんな事を考えてたら、頭がおかしくなっちまう」
「はは……」
◇
掃除は順調に進んで、あっというまに午後六時。
「明日の午後からは、荷物の搬入ができそうだな」
「そうですね」
「明日は体を使うと思うから、早めに休んどけ」
「はい」
ジンはそう言うと、「少ないけど」と言って、リンナにもチップを渡す。
リンナは「結構です!」と断っているが、「それならミズキに渡してくれ」と言われて渋々受け取っていた。
帰り道、瑞希とリンナは殆ど会話をせず、静かな時間が流れていた。
疲れていたというのもあるが、瑞希はシルヴァのことを考えていた。
「シルヴァが害力持ちだったとして、なんの目的で何をしたんだろう」
馬車の中で、周りの人が少なくなってからようやく瑞希は口を開く。
「何をやったかはわからないけど、ジンさんが言ってたような復讐とかなんじゃない?」
「そうだとしても、僕を追い出そうとしたことが分からないよ」
「それは……そうね」
仮にシルヴァが原因だったとして、その目的が全く分からない。
ダジルに恨みがあるのか、ヴォルに恨みがあるのか、ミズキに恨みがあるのか、はたまた「銀の覇者」に恨みがあるのか。
そして何をしたのか。
メグは感情を伝播させる能力を知っていると言っていたが、ダジルの現状から推測すると……。
(その人の性格の悪い部分を増幅させてる……とか?)
ダジルはいわゆる「ハズレ能力」の人間に対して差別することはなかったし、差別する人を嫌っていた。
だが、ダジルが「ハズレ能力」持ちの人間に対して優しかったと言うと微妙だ。どちらかというと哀れみの感情から「優しくしなければ」という価値観を持っているように見えた。
(そうだったとして、その向こうに何がある?)
なんというか、曖昧だ。もし復讐したい相手がいたら、その最後には「謝ってもらいたい」とか「苦しんでほしい」とかの目的があるはずだが、その行動の結果にそんな未来があるとは思えない。今のところ痛い思いをしたのはミズキだけだが、それもかなり中途半端だ。
そんな事を考えていると、馬車が停車する。
それから少しの間歩くが、また二人の間に沈黙が流れる。
「……明日は、仕事にはついていかない。体力仕事だと邪魔になるだろうし」
「分かった」
「私も、いろいろ情報を仕入れてみるわ。ここのギルドはどんな雰囲気だった?」
「普通の感じだよ。どっちかって言ったら商業よりのギルドが活発かな、あ、あと」
あっという間に宿に到着して、そのドアを開くと、カウンター席に座っているメグと目が合った。




