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REINCARNATE  作者: 翠星蟲
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第6話 姉の日記②「コルク栓」

2022年4月7日(木)晴れ

 大学院生になって一週間。授業や研究室は頑張ってきたつもりだが、あまり実感が沸かない。一年生当時好きになった井澄先輩よりも年上だ。メイク以外も大人っぽくなっているだろうか。中身はあまり変わっていない気がする。井澄先輩は結婚してからすごく大人びて見えるようになった。先日会った時も本当にきれいで格好良くて、まだ先輩のことを大好きな自分が惨めだった。映画の半券はまだ私の財布に大切にしまわれている。映画のチケットみたいにキッパリ気持ちを切り離すことができたら良いのに。


2022年5月6日(金)快晴

 今日は井澄先輩の結婚式だった。いい加減に気持ちに整理をつけようと思って参加したのだけれど、ドレスに身を包んだ先輩はこの世の人間とは思えないほど綺麗で、会っただけで泣きそうになってしまった。もちろん涙は見せずに精一杯祝った。食事のときに先輩からメッセージカードをもらった。その場で見ることができなかったので帰ってから見たが、可愛い後輩で、これからもよろしくということが書かれていた。式中に見ないでよかった。絶対に泣いていた。どうやったら先輩のことが好きではなくなるのか全く分からない。連絡しなければいいのだろうか。辛すぎる。無理だ。


2022年7月1日(金)雨

 研究は楽しい。文献を読むのも、実験するのも、ラボメンとディスカッションするのも楽しい。でもふとしたときに井澄先輩のことが頭をよぎる。呪いみたいだと思う。精神衛生上良くないので、旅行を計画した。傷心旅行というわけでもないが、何か普段周りにないものに触れて気持ちの整理をするヒントを得られたらいいなという、かなり大雑把な目論見で計画した。行先は城崎温泉。志賀直哉が電車にはねられて養生するために行ったところである。私の心も養生したいという気持ちで決めた。本当に頭がおかしい。


2022年8月6日(土)晴れ

 一昨日から一人で城崎温泉に行っていた。今うちに帰ってきたところである。風情のある温泉街の街並みや美味しい海鮮など色々と書きたいことがあったけれど、最後に衝撃的なことがあったので全部吹き飛んでしまった。今回の旅行では、普段ならしない行動を敢えてしてみるという目標を立てていた。だから、旅館内のカラオケバーでお酒を飲むということをやってみた。最初は他にお客さんもいなかったので一人で飲んでいたのだが、途中で入店してきたお姉さんがいた。背は低いが明るい茶髪で目がパッチリしている美人だ。その人はやたらノリがよく、私を見るとすぐに声をかけてきて一緒に飲もうと誘ってきた。私も少し酔っていて気が大きくなっていたのもあり、一緒に飲んだ。話してみるとその人はメーカー勤めの社会人で、私の専門的な生化学の話にも理解を示してくれたこともあって話が盛り上がった。気づけば私はこれまでにないほど酔ってしまい、もう今ではそのとき何を話していたか記憶は確かではない。とにかく笑って泣いて大声で歌っていたことは覚えている。意気投合した私たちはバーが閉店しても私の部屋に戻って飲み続けた。そして朝、頭痛とともにベッドで目を覚ますと裸だった。さすがに焦った。おぼろげながら二人で何をしたのか記憶はあるし、やっぱり体にキスマークはあるし、一緒にいたあの人はいなくなっているしで、心は焦っていたけれど頭と体がフリーズしてしばらく動けなかった。でもチェックアウトぎりぎりの時間だったので慌てて荷物をまとめた。財布も荷物もなくなったりしていなかった。床に転がっていたコルク栓だけお土産のつもりで拾って帰ってきた。帰りにもう一つくらい外湯をめぐってから帰ろうと思っていたが、さっぱり忘れていた。帰りの電車の中でもずっとドキドキして頭がふわふわしていた。あの女の人は名前も聞いていなければ会社名も聞いていなかったので、どこの誰かは全く分からない。初めてはもっとロマンティックなものを想像していたが、酒の勢いで名前も知らない人と済ませてしまうとは思わなかった。まあ私もいい思いはしたので文句は言えない。誰にも言えないので、思い出として墓場まで持っていこうと思う。


2023年3月20日(月)くもり

 夏に城崎温泉でワンナイトしたお姉さんと再会した。会社の技術面接で、その人が面接官の一人だった。もちろんそんなそぶりは見せずに私の研究について説明したが、帰りに名刺を渡されて、良かったら連絡してと言われた。笑顔で受け取ったが、駅のごみ箱に捨てた。私には恋人がいるのだ。不義理なことをするわけにはいかない。あとで電話がかかってきて選考通過だと言われたが、丁重に辞退した。会社は魅力的だったけれど、さすがに行くことはできない。

 

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