姫鷺山 妃
律織と余技打バランサーが戦い始めた直後、雪灘が伊沙羅伎バランサーを行動不能にしたその後から、事態が急速化した。
そして。
俺たちは、リティエルリがこの街の人間の誰に成っているかということを、――突き止められなかった。
◇
「伊沙羅伎 祐人バランサーを撃破。指示をください」
伊沙羅伎バランサーとの戦闘を終えて、走り出す準備をしていた。
南の大通りへ向けて、路地の脱出口へ歩を向けながら、リフと合流するため、あるいは姫鷺山 妃バランサーと対面できるように、シキへ指示を仰ぐ。
『――律織の元へ向かってほしい。雪灘、姫鷺山バランサーの姿が、今、一度も視えていない……。律織の情報では確実に動き出してはいるらしいから、空から視えないように行動していると予測できる。あるいは余技打バランサーに指示されているのか……、ともかく、伊沙羅伎バランサーより随分と慎重な性質のようだ、突然の遭遇に気をつけてほしい』
「分かった……、気をつけるよ」
ルート案内する。
そんな彼の声を聞いて、路地から出た、その瞬間だった。
直刃の刀を吊るす帯執が、奇妙に震えた気がした。――勘が告げる。
「――――姫鷺山 妃バランサーと遭遇」
シキには視認できない死角。壁に囲まれた通路を抜け、通りに出たすぐのところで。
まるで雨宿りでもするように。閉めきられた酒屋の屋根の下に、一人の女性が佇んでいた。
情緒さえ感じられる緩やかな歩調で、屋根の下から姿を現す。
無造作に腰に差していた剣は、いつの間にか抜かれていた。
【峰打ち】を抜き放ち、無駄な力が抜けていることを確認、認識しながら、構える。
そして、姫鷺山バランサーは口を開いた。
「私が妖精だと思った? 残念、それは間違い」
筋の繊維、その一部に、動揺の力がこもった。
違うのか?
てっきり、この人こそが、そうだと――。
「緊張してて大丈夫?」
ゆらりとした動きで剣が構えられた。
身体に微細電流を掛ける。筋が動かないままに躍動した。
一瞬、瞳を交わし合う時間もなく。
そして、彼女は警告も無しに、冷徹で無機質な声で、何事かの言葉を紡いだ。
「汝の焔を灯に。――披け、【薊十文字】」
そして。




