律織 VS 余技打伊代祇
「バランサーの仕事は、どうですか……やりがいがありますか?」
「こんばんは」の挨拶を交わし合ったのち、律織は余技打バランサーにそんなことを尋ねていた。
街の俯瞰からして、やや南の中心位置にある、道々が合流する広間のような大通りで、二人は向かい合っていた。
「――いえ、誰かにとっての温情である私情を、こんなにも表にする【バランサー】は初めてだったら、この人は、その仕事にどんな意志を抱いているのだろうと、ふと、気になったんです」
「仕事は仕事だねぇ。ただの仕事かもよ?」
「一流の精神魔導士という箔付きの研究者として一生食いっぱぐれない人が、【バランサー】なんて荒事の仕事に就いて、意志もなにも無いって? しかもヴァーメラなんて田舎町に配属されてるし」
「まあ、人生色々あるよね」
「こんばんは。いやあ、今晩は本当に良い天気だねぇ」という気の抜ける挨拶で応じた対面の時から変わらず、彼はのらりくらりと、飄々とはまた違う自然体で立っていた。
騙くらかすというより、本当にただ、肩の力が異様に抜けているような佇まい。
「……識織へ示唆を与えたのは、その場で謎を解き明かさせて情報を得ようとしていたから、っていうのは、マジです?」
「うん、惨敗の形で失敗したけれどね。――識織 成志郎君、彼はいいね。絶対に秘密にすべきことを秘密にできる人は、稀だよ。素晴らしい状況判断能力だった。ヴァーメラのバランサーに、欲しかったんだけどね」
「あいつはそういうのは、やらないでしょうね……」
ぽん、と、余技打バランサーが一つ、柏手を打った。
「じゃあ、始めようか」
『――雪灘の戦闘が終わる、しばらく二対一になる可能性もあるが、それで問題ないなら始めてくれ』
「……ええ、始めて構わないようだ」
「ウフフ、では」
じゃらり。
着物の下から、呪いのように垂れ下がって姿を現わした――月の光を乱反射する、長さの推し測れない鎖。
あれが、彼の術式か。
「……なるほど、マーキングではなく、警報装置だったわけか」
スッと目を細めて鎖を認めた律織は、すぐさまに、それを指摘した。
「俺たちが取った宿付近にその鎖を仕掛けて、団体が外へ踏み出した瞬間に、鎖の微細な揺れでそれを感知したのか。遠方にある物体の状態を掌握する――現実影響力に干渉する方法だ……術式の水準の高さが嫌でも窺える」
「識織君の目に映らないように工夫して仕掛けてみました。――さて、君は何を見せてくれる?」
余技打バランサーの誘いに――律織は、どこか見下したような、シニカルな笑みを浮かべた。
手をかざす。
宙にかざす。
すると、その手に奇跡が集まる。
光が集まる。
輝ける光が、その手に集まって――輪郭を成していく。
そして実在が創生される。
それが彼の魔障影響、【光に触れる奇跡】の魔導出力。
「――――オイ、嘘だろう……?」
余技打バランサーの茫然の声を待たずに、律織は、光をその手に握り締めていた。
「術式も無しに……光を触媒に、それを結晶化した――? ……いや違う」
そんな適当で陳腐なものじゃない。
そう彼が呟いたのと同時に、光の槍が実体の特性を反映した光速で飛来し、どういう運動神経かギリギリ避けた余技打バランサーの服の尾、先程まで彼の心臓があった位置を貫き、地面に衝突し破壊の影響を及ぼす前に、光の結晶は散って消えた。
「始めようか」
律織もまた肩の力の抜けた声で、開戦の合図を告げた。




