伊沙羅伎《いさらぎ》祐人《ゆひと》は語る
早くも、目の前の彼が語った言葉に一応の納得を見せたことを後悔していた。
噂はかねがね聞いていた。私たちのように荒事を仕事にする者にとって、妖刀【峰打ち】は、一度は聞いて羨んだ名であるだろう。
禍々しい紫の刀身を持つ妖刀。
必ず殺さない刀。
どんな致命傷を与えても、決して殺さない刀。
その刀で心臓を貫かれても死なないという話だった。その噂を聞いて、便利な刀だ、拘束に重宝する、と感心したものであったが――……。
必ず殺さない刀を。
良心を持った鬼人が振るえば、結果はどうなるか。
「う、お、おお、おおおおッ、ア゛ア゛ッ、ッガァア――――!」
納得なんて見せるんじゃなかった!
刃を銃身で受け止める。彼と、間近で目が合う。――馬鹿かッ! 完全に殺人鬼の目じゃないか! 力をただ振うだけの子供どころか、人間の目じゃないッ!
絶対に殺さない。殺す心配がない。
故に、全力で殺しに来ている――!
過去戦ったどんな凶悪犯よりも狂気じみている、殺意という概念が生ぬるいものに感じるほどに、ただ純粋に殺しにきているから。彼の瞳は暗く、深い闇を発していた。
彼等の噂もかねがね聞き及んでいた、才ある者の巣窟、子と思うべからず。必ず痛い目を見る、と。
これが、その歳で《鬼人の如し》と謳われた。雪灘 雪刃。
妖刀【峰打ち】の所持者。呪われた子。
――――レーヴィア高等魔導学校は!
魔導学校なんじゃないのか!? これの、どこが魔法だ!?
「ぐう、ぅ――――。ッ、グ――――ア゛アッ!!」
――いや、違う、そうか、躯体魔法か。電流で肉体を強化する魔導士の方法。
魔法に詳しいわけではないから詳細は知れないが――ならばこの尋常ならざる膂力にも納得がいく。警告のつもりだった銃を抜いていなかったら、とっくに勝負は決まっていた。
「ふっ、フフフフッ!」
引き金を引くと同時に、体を反転させて蹴り込みを放つ。発砲はとっくに解禁していた。
だが弾丸も蹴りも、もはや空を切るばかりだ。牽制手段としての非殺弾を搦めた、体術による接近戦闘が私の最も得意とするところだったが、手札を早々に見せすぎた、もはやこの手は通じまい。当たり前のように、静音で発砲される弾丸を確実に避けている。――ならば。
「ぐ、ぎッ!」
振り下ろされた刀を、両の拳銃でもって受け止める。完全には受け止めきれない。しかし。
「――――!」
「ふ、ふふふふふふふふッ」
右の拳銃から手を離し捨て去り、ある程度勢いを殺された刀に、素手で掴みかかった。
激痛が走る。だが高揚感のほうがはるかに勝っていた。私は勝利の光を真っ直ぐに見据えて、体全体を反るようにしならせ、右足を鋭く振り上げた。
「――――……っ」
彼は、仕込みナイフが先端から突き出たブーツを後退で避けたが、肉に食い込ませるようにして刀身を握られた刀からは、手を離してしまった。
「ふふふ。ふふふふ」
勝負アリ。さすがに、単純な体術勝負では私に分がある。この単純な地形では、隠れてからの奇襲も実行できないだろう。ここからは速攻で決着をつける。
垣間見えた勝利に、しかし油断を含めず気を張り直し、一気に間合いを詰めようと、地を蹴らんと試みた。
できなかった。
「…………は?」
一歩目を踏み出した瞬間、体が力を失い、私は地面に向かって倒れ込もうとしていた。
「え。…………???」
倒れる体を受け止められた。雪灘学生が駆け寄り、私を抱き留めたのだろう。
なぜ? どうして?
命の危機に瀕するまでに傷付き、力が最低値まで下がったときのような感覚……。まったくもって……指一本、動かない。
毒?
いや、しかしそんな感覚では……。
「【峰打ち】は」
上から、雪灘学生の声が降ってくる。
「【峰打ち】は、必ず殺さない刀。……その認識は不十分です、それは本質じゃない」
横に寝かされる。満天の夜空に浮かぶ星々が、空虚に瞬いている。
「妖刀【峰打ち】とは、切った者を必ず瀕死にする刀なんです。死傷も瀕死に、軽傷も瀕死に……。さすがに、皮一枚の掠り傷では瀕死状態にならないけれど、素手で掴みかかったのは、不味かった」
朦朧とした意識故に、彼の言葉はぼんやりとしか聞こえなかったけれど。これだけは分かった。
私は、負けたのか。
そうか……。伊代祇さんに、申し訳が立たないな……。
「こんなところに寝かせて、ごめんなさい。俺はもう行きます……。……では」
…………こうして、私たちの戦闘は終わった。
雑魚同然として処理された。しかし……――どうしてこんなスムーズに?
――ああ、そうか、【翼視力】とかいう識織学生の【固有因果律】で、シナリオの描かれた場所ではち合うように、雪灘学生を誘導していたのか。考えておくべきだった……クソ……。
考えてもしょうがない事だけが頭の中に浮かんで、雪灘学生が遠ざかる足音が、私の意識の中で反響していた。




