第二十三話 困惑のカノン
今年最後の投稿となります。
カノンの新人とは思えない戦いっぷりに触発されたのか? アッシュ率いる騎士団員の戦意は否が応でも高まっていた。
カノンにかき回され包囲網の崩壊した地竜たちは、前に出てきた年若き騎士たちによって、ことごとくその奇抜な大剣、蛇腹剣の元に切り倒されていく。蛇腹剣――スネークソードの扱いは至極難しく、繊細なスピリアの力の制御を必要とするその剣の扱いはふつう、一朝一夕に出来るものではない。しかしそんな剣を騎士たちはまるで自分の体の一部であるかのように縦横無尽に操り、地竜たちを屠っていく。
ただその剣の在りようはカノンのものとは少し違い、纏う輝きは紫ではなくくすんだ青。蒼色ともいうべき色彩をしていて、その蒼い光の鞭の有効射程ともいえる距離も、カノンの剣のどこまでも際限なく伸びていくように感じるものではなく、せいぜい二、三十mといったところである。
が、それでもその大剣が、竜族に対し体格で劣る人にとって、必要以上に間合いを詰めることなく効果的に攻撃出来る武器であることに変わりなく、結局、カノンが撃ち漏らした地竜たちはもののひと時の間に、騎士たちによって殲滅の憂き目に合うのだった。
そんな地竜たちの敗退ぶりを黙って見ているだけの竜人たちではもちろんなく、騎士たちには次の相手、空竜たちをけしかけてくる。
空竜――、それはカノンにとっては苦い経験のある翼を持った竜。カノンの元の世界のプテラノドンに似たそれは、上空を滑空しながらその鋭いクチバシと爪で陸上の騎士団に狙いを定め、上空を旋回しつつその高度をだんだんと下げてくる。その数は七匹。
アッシュは騎士たちにはっぱをかけつつ、指示を飛ばす。
「ほら、空からお客さんがやってきた。君たち、その頭をついばまれないよう気を付けなよ?
で、シャノン。
ミューとエマを預けるから君たち女の子三人で上のやつら片づけておいてくれる? その間に僕らは前に進まさせてもらうからさ。こっちに飛んでこないよう、ちゃんとひきつけといてね?
じゃ、よろしく! ほら、みんなも行くよ!」
「「了解」」
「「「「「「おー!」」」」」
なんとも軽く、副団長のシャノンに指示を告げると、残りの騎士団員たちには前進するよう、竜人たちの陣を指し示すアッシュ。騎士たちはそんな指示にも慣れたもので合の手を返す。
名指しされたシャノン、そしてミューとエマ。三人はその手の武器を確認するようにぎゅっと握りしめる。エマはミューより二つ年上で彼女よりは多少背が高い、そばかす顔に巻き毛の赤い髪が目立つ女の子で、痩せているとはいえ十分女性として育った体つきの少女である。対するミューはカノンほどではないにしろやはり小柄なまだ子供っぽさの残る体つきで、くすんだ金髪をボブカットにしていることもあり、余計子供っぽく見える。どちらも少女らしいかわいらしい顔で、このような場所にいるには似つかわしいものではない。
「よーし、それじゃエマ。"砂塵旋"放って奴らを囲っちゃってくれる? なんか団長たちの方へ行きそうだから急いでね」
シャノンが赤毛のエマに、空を旋回しながら飛んでいる空竜を見つめながら言う。空竜たちは一部がアッシュたち目指して別れようと動き出していた。
「はーい、了解っす! 任せて~!」
なんとも軽い口調でそう答えたエマは、そう言うが早いか乗っていた馬から降り、その右手を荒れた地面にぺたりとつける。
「っむぅ~」
かわいい声で軽くうなり声を上げつつ、地面を睨み付けるエマ。すると彼女を中心にその地表の比較的軽めの砂や塵芥が浮き上がり出し、そしてそれは次第に渦を巻くようにエマの周りを回り出す。その手はほのかに蒼い光を放ち、その現象がスピリアの力によるものであることを知らしめてくれる。
「よぉーし、準備完了。いっくよ~!」
エマのその声と共に、巻き上がった砂塵が上空にいる空竜めがけ伸びていき、まずは最初の一匹を巻き込もうと渦を広げる。が、もちろん空竜もそれにむざむざ巻き込まれるわけもなく、翼を勢いよく羽ばたかせて距離をとろうとする。
「逃がさないよ~」
にやりと意地の悪い顔で笑いながら、今は両手でその砂塵を操るエマが空竜を見据え、更に唸る。
"砂塵旋"
そうシャノンが言った、エマの技は空気の流れを操りそこに小型の竜巻を引き起こす技で、スピリアを使った攻撃手段のなかでは比較的容易な部類の技である。力の行使にまだ慣れていない少女に任せるには最適ともいえ、だからこそエマがその役を担っているわけである。ただそうは言っても騎士団に選ばれているものの技である。その力を侮ることはできない。
羽ばたき逃れようとする空竜を追いすがるように蒼い光を纏った砂塵の渦が伸びる。それにそもそも空竜は空気――、風の流れにのり滑空することこそ得意とする生き物であり、エマの技は空竜からすればまさに天敵のような技であるといえよう――。要は空竜は羽ばたいて飛ぶことは苦手なのであり、結局、砂塵旋に見事巻き込まれる。
巻き込まれる空竜は最初の一匹に留まらず、次々と蒼く怪しく光る砂塵の渦に巻き込まれていく。その渦は更に大きく激しさを増していき、中の空竜たちは為す術もなく体を渦の中でいいようにもて遊ばれ、鋭いクチバシからはなんとも情けない鳴き声を出している。
「う~、もう限界……。シャノン、ミュー、後はよろしく~」
直径三、四百mくらいにまでなったところで……、とうとうエマが音を上げる。
残念なことにその砂塵の渦を長く維持するにはまだエマのスピリアの力は持久力に劣り、あっけらかんとした調子でシャノンとミューに助けを求める。
「もう、エマ、相変わらず持久力のない! ちゃんと訓練してる? このままだとミューに抜かれてしまうわよ?」
シャノンが軽く小言をいいながら、スネークソードを両手で掲げ持ち、のこぎり状の刀身を見つつ集中する。ミューもそれに続くように慌てて剣を構える。
砂塵の渦が弱まりようやく解放されたものの、ふらふらと空を滑空している空竜たち。そこに向け、シャノン、そしてミューの蒼くしなやかな鞭がするすると伸びていき、相当に高度を落としてしまった空竜たちに止めとばかりに襲い掛かった。
空竜たちの末路は言うまでもないことだろう。
時をほぼ同じくして、アッシュら残りの騎士たち六人……、そして後始末を先輩に譲り……というか押し付け、さっさと先行していたカノンは竜人たちを目前にし、暴君竜"テュラノ"により進撃が止まっていた。さすがのカノンも十頭を数えるテュラノを前にしてはその足を止めざるを得なかったようだ。
「やぁカノンちゃん、足早いねぇ。馬に乗ってる僕たちがなかなか追いつけないってどんだけなんだか」
カノンに遅れてその場に集まった騎士団員たち、その筆頭、団長のアッシュが軽い口調でカノンに話しかける。しかし相変わらずそれにほぼ無反応のカノン。わずかに視線を向けただけのその態度に、
「おい、新入り。団長に対してその態度、礼を失しているとは思わないのか? それに指示を守らず独断先行するわっ。実力は、まぁ、まぁあるようだが、それとこれとは別だ。いくら司教様の娘とはいえここでは関係ない。わきまえろ!」
シャノンと双璧である副団長。そして団の中で最年長でもあるレオが、今までのこともあり我慢できなくなったのか……ついに語気を強めて注意する。その体は大きく二mに届きそうな長身で、短髪を尖らせたような頭髪は燃えるような赤。深い青色をした目は鋭く輝き、獰猛でなんとも好戦的な面構えをしている少年である。そんな少年が馬上から小さいカノンを見据えて注意したのだ、普通なら大の大人でさえ怯えて体が縮み上がることだろう。
「…………」
しかしそれを物ともせず無言を貫くカノン。まるでレオの言葉など耳に入っていないかのようだ。
「き、貴様っ! 団長ばかりかオレまで愚弄する気かっ!」
やたらプライドが高いのか、自分まで無視され更に激高する副団長レオ。
それを横目で見てやれやれとため息をつくアッシュ。他の騎士たちは関わりたくないのか、無関心なのか……静観の構えである。しかしテュラノを前にしてなんとも悠長なことである。
「まぁまぁレオ君。そんなことで目くじら立てなくてもいいよ。結果出してるんだし、いいじゃん」
「なっ、団長! あ、あなたがそんなだから部下に舐められるんです! 規律あってこその騎士団。それをこんな小さなガキに舐められて……」
アッシュの言葉を受け、顔を赤くして興奮し、暴言に近い言葉を発するレオ。
それを耳にしたアッシュからにやけた表情が一瞬にして消え、冷たい空気がその身から漂う。
「あ、いや……」
レオは己の行き過ぎを知り、途中から言葉を濁した。
「ふっ。僕がいいって言ってるんだからそれでOK。みんなもいいよね? それより今は……」
アッシュが団員たちを冷たい目つきのまま見渡し、そしてそのままその奥を見据える。カノン、そして騎士たちもツラれてその目線の先を見つめる。
十mを越える巨体が十頭。
まるで壁のように居並ぶその光景は、見る者に絶望を与えるには十分に思える。が、それはどうやらここにいる騎士団の面々にはあまり適用されないものであるようだ。
「今は、何よりお楽しみに時間だよね?
それに先だって外周区の自警団が三頭程度に苦労してたみたいだけど、僕ら相手じゃそうはいかないってとこ竜人たちに見せつけてやらないとね?」
カノンはアッシュから出た自警団という言葉にピクリとかすかな反応を示すも、それきり。感情がそれ以上表に現れることはなかった。
騎士団員からも言葉が次々と上がる。
「自警団といえばヘプテで騎士をやってた、えーっと、そう、ニコラス=ディケンズも居るって話ですよね」
「ああ、ヘプテを守れずここヘキサに逃げ込んできたやつだっけ?」
「そうそう、今うちのサポートやってるオクテイン女史とかと一緒に逃げてきたらしいぜ」
「へー、そうなんだ。なっさけねぇの。オレならそんなのカッコ悪くてオメオメ逃げ込んでなんかこれねぇぜ。そんなことなら潔く……、うっ」
「「あうっ――」」
調子よくしゃべっていた騎士たち数人。その口が閉ざされる。
彼らののど元。
そこにはいつの間に伸びてきていたのか……紫光の鞭がまさに獲物に巻き付く蛇のように、そのやわらかな"のど"など、いつでも切り裂けるかのごとく怪しく小刻みに震えながら――、その存在を主張していた。
「「「な、何を……」」」
それを成した相手を刺激しないよう、それでも文句があることは隠し切れない表情で見据える騎士たち。
そしてそれを実行した――、カノン。
彼女の表情もまた、先ほどまでの無表情ではない驚きを隠せない、初めて感情をあらわにした表情を浮かべていた。
――わからない。
私、今……どうしてこんなことしたの?
さっきの言葉にいらっと来たから?
なぜ?
わからない――。
カノンは自分のやったことが自分でも理解できず、自問する。
が、そこに解は見いだせない。そしてそれを考える時間も無いのだった。
「あーもう、そこ、何面白いことやってるの?
時間あったら僕も交じりたいくらいなんだけど、今はちょっとやめてくんない?」
またうるさい口を開こうとした副団長の機先を制し、団長のアッシュが突っ込みを入れる。
「だ、団長。し、しかし、こ、こいつが……」
首を人質にとられた騎士の一人が震えながらも軽く反論する。
「ああ、うん、そうだね。見事にやられちゃってるね? ど新人にあっさり急所、とられちゃってるね。だから何? 自分たちの未熟さを僕にフォローしてほしいの?
いいよね?
まさかまだ文句なんか言わないよね?」
「ううっ、そ、それは……」
アッシュにやさしく恫喝され黙るしかなくなる騎士たち。
「カノンちゃん、君もそれ納めてくれる? 何がきっかけか知らないけど……、それ、向ける相手が違うでしょ?」
しばし無言で見つめあうカノンとアッシュ。
妙な緊張感が漂う。がそれも時間にすれば瞬く間の出来事。
「はい……」
小さな声と共にこくりと頷くカノン。
それと共にするりと音もなく元の剣の状態に戻る、蛇腹剣――スネークソード。
鋭い刃で首元を取られていた騎士たちは、ほっと息を吐き、緊張した体の力を抜く。
「ほらっ、君たち。お遊びはそれくらいにして前見てね、前。敵はあっち。人じゃないの。いつまでも敵さん待たせてたら、しびれきらせてこっち突っ込んできちゃうよ?」
あきれ声で騎士たちとカノンに声をかけるアッシュ。
周りで様子を窺っていた騎士たちは、お前が言うか? と心の中で突っ込みを入れていることだろう。
まぁそれはともかく、騎士団員たちは、アッシュのその言葉に目前の敵であるテュラノに改めて意識を向ける。
それに気を良くしたアッシュ。
「よーし、それじゃこっからは総力戦。出し惜しみなしだ。一気にテュラノ抜いちゃって竜人たちにもなんとか一撃かましちゃうよ~!」
気合が入るのか入らないのか分からないかけ声と共に、どこかまだ上の空の状態で立っていたカノンを馬上に拾い上げ、そのままテュラノに向け走り出すアッシュ。
「ああっ、団長。そんな自ら先頭にっ!」
副団長のレオが、諌めつつも遅れまいと慌てて続く。
その後をわらわらと騎士たちが続く。その表情はあきらめにも似た薄い笑顔。どうやらいつもこんな感じでアッシュに振り回されているのだろう。
そして更にシャノン率いる女子団員たちも追いついてしまい、そのままアッシュたちに続いていく。(何のために分かれたのか? 意味がなくなった気がしないでもない)
何とも緊張感に欠けるヴィオレ修道騎士団であったが、いよいよテュラノ、そして竜人たちとの戦いに入っていく。これはアッシュの人を食った余裕ある態度とは裏腹に、余裕など全くない戦いとなるはずであり、そんな戦いを知るものが見れば、アッシュの態度は余裕というより空しさすら感じるものなのかもしれない。
今は騎士団、そしてカノンの健闘を祈るしかない――。
読んでいただきありがとうございます!
次回で、竜人戦も終わりの予定です。