第9話:観測者
ここから、視点が少しだけ外側に移ります。
当たり前だったはずの光景が、
別の角度から見え始める回です。
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市場は、止まらない。
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誰も足を止めない。
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誰も迷わない。
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流れるみたいに、
人が動いている。
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売り声が混ざり、
笑い声がそれに重なる。
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賑わっている。
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それだけは、分かる。
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その隣で、
人が売られている。
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「……」
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視線が止まる。
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縄で繋がれた人たち。
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見慣れている。
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何度も見てきた光景だ。
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膝をついたまま、
並んでいる。
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声も出さない。
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動きもしない。
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——いつもと同じだ。
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なのに、
今日は妙に引っかかる。
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「……いつもより、変だな」
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思わず、口に出た。
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理由は分からない。
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それでも、
引っかかる。
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「……」
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そのとき、
視界の端で動いた。
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二人。
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一人は女。
もう一人は、
男。
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男は、
何もしていない。
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ただ、
見ている。
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それだけなのに、
目が離せない。
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「……」
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女が足を止める。
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「……変だと思う」
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小さく言う。
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「どこがだ」
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「……分かんない」
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「でも、変」
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その言葉に、
理由はない。
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それでも、
妙に残る。
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「……ねえ」
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「嫌じゃないのかな」
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誰に向けたものか、
分からない。
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だが、
その一言で、
何かが引っかかった。
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「……」
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女の指が動く。
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何かを掴もうとするみたいに。
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でも、
掴めていない。
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空を掴んでいるみたいに、
わずかにずれている。
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「……」
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男の視線が、
その指に落ちる。
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一瞬だけ。
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何も起きていない。
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それでも、
何かがズレた気がした。
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「……行くぞ」
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短い言葉。
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それだけで、
場が切り替わる。
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「……」
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残ったものが、
元に戻らない。
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同じはずなのに、
同じに見えない。
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「……なんだ、あいつ」
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気づけば、
足が動いていた。
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理由は分からない。
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それでも、
追っていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
“見慣れているはずのもの”に違和感を覚えたとき、
それはすでに何かが変わり始めているのかもしれません。
次話では、その違和感がさらに明確な形を持ち始めます。




