第8話:触れても、そこにない
違和感は、
気づいたときにはもう遅い。
足が、止まる。
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理由は分からない。
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ただ、
動けなかった。
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視線が、
あの場所に向く。
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縄で繋がれた人たち。
膝をついたまま、並んでいる。
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さっきと同じ光景。
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何も変わらない。
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それでも、
違う。
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「……」
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さっきの戦いが、
頭に残っている。
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倒したはずなのに、
その過程が思い出せない。
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どこで、
何をして、
どう終わったのか。
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繋がらない。
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「……」
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そもそも、
“戦った”という認識自体が、
曖昧だった。
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一歩、近づく。
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誰も止めない。
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誰も見ていない。
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それが、
余計におかしい。
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手が、動く。
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無意識だった。
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伸びる。
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人ではなく、
縄に向かっていた。
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なぜそっちに伸びたのか、
分からない。
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指先が、わずかに震える。
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触れる。
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その瞬間。
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――何も、起きなかった。
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「……」
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おかしい。
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何かが、
決定的に。
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触れたはずなのに、
触れていないみたいな感覚。
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確かに、そこにある。
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でも、
実感がない。
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指先を見る。
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何も残っていない。
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まるで、
最初から触れていなかったみたいに。
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「問題はそこじゃない」
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九条の声は、静かだった。
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「お前は“触れた”と認識している」
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「だが、それは確認されていない」
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「成立しているのは、
“触れたという前提”だけだ」
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「……え」
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理解が追いつかない。
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「結果は成立している」
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「ならば、それで完結している」
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「……」
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言葉が、入ってこない。
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視線が、下に落ちる。
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足元。
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影。
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……わずかに、
ずれている気がした。
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気のせいかもしれない。
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市場の喧騒は続いている。
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売り声が飛び交い、
笑い声が混ざる。
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焼けた肉の匂いと、
甘い果物の香り。
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どこにでもある、
ありふれた光景。
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それなのに、
噛み合っていない。
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「……」
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理解できない。
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だが、
何かが違うことだけは分かる。
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「……行くぞ」
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九条の声。
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振り向く。
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何も変わらない顔。
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何も、
気にしていないみたいに。
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言葉が出ない。
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聞きたいことがあるはずなのに、
形にならない。
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「……行くぞ」
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もう一度。
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今度は、
足が動いた。
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振り返らない。
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それでも。
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指先の感覚だけが、
消えないまま残っている。
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触れたはずなのに、
触れていない。
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それだけが、
消えない。
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「……」
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視線が、
勝手に戻る。
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あの場所。
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縄で繋がれた人たち。
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さっきと同じ光景。
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何も変わらない。
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——それなのに。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
違和感は、
理解される前から存在しています。




