第12話:普通という空白
当たり前だったものほど、
疑いにくい。
だからこそ、
崩れたときに気づけないことがあります。
足音が、遠ざかる。
何事もなかったかのように。
「……」
騎士らしき女は、動けなかった。
「……守る……」
言葉が、出ない。
ついさっきまで、迷いなく言えていたはずなのに。
「……何を……守る……」
続かない。
「……おい」
傍観していたルイが口を開く。
「大丈夫か?」
答えは返らない。
視線の先。
縄で繋がれていたはずの人間たち。
もう、商品ではない。
だが、人間としても、定義されていない。
もう一人の女の指が動く。
わずかに、何かを掴もうとしている。
だが、掴めない。
「……なんだ、それ」
ルイが眉をひそめる。
女は何も言わない。
指だけが、もう一度動く。
騎士らしき女は、それを見る。
意味が、分からない。
「……普通はさ」
ルイが言いかけて、止まる。
「……普通って、なんだ?」
沈黙。
誰も答えない。
そのとき、一人がゆっくりと立ち上がる。
ほんの一瞬、遅れた。
「……今の」
ルイが低く言う。
「……止まったよな」
「……ええ」
騎士らしき女が、かすかに返す。
だが、すぐに言葉が詰まる。
「……でも」
「何と比べてるんだ?」
答えが出ない。
比べる対象が、存在しない。
「……ちゃんと動けよ」
商人の声が響く。
「……」
ルイが小さく息を吐く。
「……ちゃんとって、なんだよ」
言葉だけが残る。
意味が、ついてこない。
もう一人の女の指が止まる。
空を掴むように、わずかにずれている。
騎士らしき女の手が、剣に触れかけて止まる。
「……守るって……」
その言葉が、わずかに揺れる。
九条が歩き出す。
——迷っていないのは、こいつだけだった。
誰も、止めなかった。
少し遅れて、ルイたちも動く。
振り返らない。
それでも、何かが残っている。
言葉と、意味と、現実が。
一致しないまま、進んでいる。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この段階では、まだ“何も起きていない”ように見えます。
ただ、少しだけ、
言葉と現実の噛み合いがズレ始めています。
気づくかどうかは、人それぞれかもしれません。




