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大日本帝国海軍の軍人さん

 このようなことを表立って口にするのは、当然憚れる。

 しかし、どちらにどのような印象があるのかを問われると、どちらも等しく大日本帝国の軍人であることにちがいはないが、その帝国陸軍海軍には明暗が露骨に分かれるほどの印象差があることもまた否めない。


 ――現在の大日本帝国では、とにかく帝国陸軍の軍人権威が目につく。


 誰もが口に出しては言わないが、平素国民に対する待遇面の要求はときとして横暴に思え、上級幹部たちに至っては政府や内閣に傲然と圧力をかけて物事を推しすすめ、いまも確実にこの国を災いの方向へと傾けている。

 黒い噂が立てばこちらにたどり着くとまで揶揄されることもあり、人々は警察官よりも帝国陸軍の軍服を見ただけで何やら緊張と恐怖をおぼえてしまうし、豪を鳴らす男たちも彼らを目にすれば末兵の軍服にさえ刹那に背を正すとさえ言われているありさまだ。


 ――その一方で。


 港町や軍港地域に住まなければほとんど目にすることもない、馴染みの浅い帝国海軍。

 彼らの生活拠点は海と艦上が中心なので、実際の厳しすぎる訓練などはなかなか一般人の耳には届かないが、


「物腰がよく、礼儀をよく知り、目先は柔和。かぎられた空間の艦上で生活をするため身のこなしが正しく几帳面、何より高潔な魂で日々心身を鍛えていて……」


 帝国民の記憶には、当時、世界最強と謳われたバルチック艦隊を日本海海戦で見事撃破した日露戦争勝利に大きく貢献した大日本帝国海軍聯合艦隊――それを見事率いた南郷大将の功績と人柄、彼とともに奮戦した名将たちの規律のよさが圧倒的に強く根づいている。

 彼らが懸命に育み、皇国の興廃をかけた戦いを経験した士官、兵員たちの意思を継いでいまも彼らとともにあるような……そんなイメージも先行し、人々に深く浸透していることもあって、帝国海軍の軍服には人となりが素晴らしく、曇りのない高潔な意志のような印象が強く、彼らに対して顔をしかめて陰で何かを語る者などほとんどいない。

 加えて。

 子どもたちには軍人に対する人物像よりも、海に浮かぶ大きな軍艦……それらの象徴ともいえる主砲、艦砲の見栄え威力たるや最高峰のあこがれでもある。ただし、この砲撃は海洋に出なければ見ることはかなわないので、日露戦争時に活躍した戦艦《三笠》に思いを馳せて帝国海軍軍人になりたいと語る明るい声はよく聞こえる。


 ――その帝国海軍士官の軍服を着た、青年と少年。

 ――襟にある階級章は、すでに佐官と尉官を表している。


 日常の風景としては海にそれほど縁がないこの地域を訪ねてきたというだけで、周囲は何やらもの珍しさに浮足立っているというのに、豪農の娘の嫁ぎ先、それが現在の聯合艦隊司令長官の長男と次男――言いかたを変えれば、この家の誉れともいえる孫たち――だと聞けばなおのこと。

 顔を拝むだけでも何か御利益があるような気もしてならないし、おまけに優しげで見栄えもいい青年と、将来有望そうな利発な少年ときているものだから、年ごろの娘や婦人たち、果ては老婆たちまでもが頬を染めて好奇に憑かれたように屋敷を覗こうとしていて、すでにちょっとした騒ぎにもなっている。

 そのいい例が、彼らをいちばん間近に見ることができる、一二三(ひふみ)にとっては従姉にあたる年ごろの娘たちだ。

 地域では比較的裕福だと言われているが、普段はどことも変わらぬ農家の娘。

 作業をきちんと勤め、着るものにもこだわりも華やかさもないのだが、この日ばかりはどこにそのようなものを持っていたのか、華やかな浴衣に着替えて茶を出して、ありがとうと微笑まれてそのまま卒倒しかけているものだから、一二三にはそれがおかしくて不思議でならない。


「……ねえ」


 一二三は従姉のひとりの袖を引っ張り、


蔽九郎(へいくろう)兄さんと十七郎(とおしちろう)兄さんはおなじ顔をしているのに、何がちがうの?」


 現在同居している十七郎に対し、従姉たちがこのように舞いあがったようすを一二三は見たことがない。

 なので、素朴な疑問を向けると「子どもには関係のないことだ」と言われて、その疑問を一蹴。

 おかげで一二三の謎はかえって深まるばかり。


 ――とはいえ。


 そんな周囲の好奇や女性たちの視線には目もくれず、いまやっとこの腕に抱ける末弟の愛らしさに暁久(あきひさ)も蔽九郎もすっかり参ってしまっているので、周囲の娘たちがどんなに熱心に騒ごうと、彼女たちにそれ以上の期待につながることはまずないようすだった。

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