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本山家の五兄弟

「――何ともまあ、かわいらしく大きな目だ。……うん、うん、その目でじっと兄を見てくれているのだな。いい子だ、大和(やまと)。私がいちばん上の兄だぞ、よぉくおぼえておきなさい」


 ともすれば自身の初子ともいえる年齢差がある暁久は、さすがは長兄という慣れた手つきでまだ首も据わらぬ末弟を心底愛しく抱き、終始顔をほころばせたまま。


「ふふ、この顔立ちは母さん似ですね。穏やかそうで、これは兄さんそっくりな男の子になるかな?」


 と、指先で優しく頬に触れ、その指を片方の手全部できゅっとにぎる末弟のしぐさとぬくもりが愛しくて、蔽九郎(へいくろう)も微笑んだまま。

 一二三が生まれたときは自分もまだ幼かったので、当時の末弟を熱心にかわいがったのか、それとも双子の弟である十七郎(とおしちろう)と喧嘩に夢中だったのか、当時の記憶は正直あいまいだが、それだけにいまこうして小さな赤子を腕に抱いていると、ほんとうに愛しくて、愛しくてたまらない。


「大和。まちがっても十七郎や一二三のような男になるんじゃないよ」


 ――この愛らしい末弟が、まずは()()()()()()()に見て()()とは。


 ()()でしかない……。

 蔽九郎はすでに重要な問題に直面したことに気がつく。

 末弟のそばに自分がいま居られないことが、心底悔やまれる。

 一二三は最初、自分が名付けた末弟の愛らしさに心底よろこぶ兄たちを見て何やら誇らしかったが、ほんの数か月前まで兄たちの寵愛を独占していただけに、一二三はすこしだけ兄たちの関心を自分にも向けてほしく、


「ボクね、大和のいろんなお世話をしているし、おしめだってうまく替えているんだよ」


 と、日々の手伝いを報告し、


「それにね、物語を聞かせてあげたり、歌も歌ってあげているんだ!」


 兄らしくなったところを主張。

 それを長兄が心底褒めてくれるのが嬉しくて、けれども同居している大人たちがおもしろおかしく一二三の報告を笑うのがすこしだけおもしろくなくて、一二三は「がんばっているもん」と頬を膨らます。

 そんななか、長兄にかわって末弟を抱いていた次兄が何かに気がつく。

 一二三の日ごろの成果を見ようと、泣きはじめた小さな弟を優しく撫でながらあやす。


「一二三、どうやらおしめのようだね」

「うん、まかせて!」

「長座布団の上まで運ぼうか?」

「だいじょうぶだよ、ボクが抱っこしていくから」


 すでに慣れた手つきで一二三が末弟を抱き受けて、襖つづきの座敷に運ぶが、そのあやす姿もはじめて見る長兄と次兄ははらはらと見やる。

 まだ幼い子どもが赤子を抱く姿はどうも落ち着かない。


「弟ができたといって、子守りにはりきっていた十七郎が一二三を落としたことがあるのをここでふと思い出すとは……」

「ああ、そんなこともありましたね」


 そんな一二三と入れ替わるようにして、畑から戻ってきた十七郎が姿を見せる。

 父方の本山(もとやま)家はもともと古くから武士の家系。

 明治維新後もそのまま軍人の家系として務めてきた。

 なので、普段から相応に身なりをきちんとととのえていたが、母の生家……この郊外に来てからは、周囲はのどかな田畑、気負う必要のない近所付き合いや土まみれに遊べる自然が広がっているため、一二三も十七郎も伯父や祖父の古着を仕立て直したものを着て毎日飛びまわっている。

 従姉や近所の娘たちが蔽九郎のように十七郎に騒がないのは、そういった背景があるのかもしれない。

 むろん、十七郎もそれを気にかける性格ではない。

 半ば駆けてきた十七郎は息を弾ませながら目をせわしく動かして、どこにも災難を負ったようすのない長兄と双子の片割れを見ながらようやくほっと息を吐き、


「――ふたりとも、無事で何よりだ」


 そう声をかけると、暁久もうなずき、


「あの日、私も蔽九郎も横須賀にいたからね。幸い、あの夜は帝都にはいなかったが……」


 けれども、と一拍置いて詫びてくる。


「ただ……家のほうは残念ながら。近所ともども全焼してしまった。何も残せずすまない」

「べつにかまわないさ。兄貴たちが無事で、俺たちも無事なら」


 ――こうして生きて会えたのだから、それでいい。


 十七郎も返すようにうなずくと、蔽九郎が思い出したようにポケットにしまっていた紙を一枚取り出し、十七郎に手渡す。


「でもね、これだけは奇跡的に無事だった。隠しておくぐらいたいせつなものだったのだろ?」

「?」


 受けとった十七郎は何だろうと思い、たたんであるそれを開いて目にし、とたんに顔色を変える。


「な……っ!」


 ぎょっとする十七郎に、蔽九郎はくすくすと笑い、


「ヘタに隠したのが仇になったね。おかげで大火の難からは逃れたようだけど」

「な、ななっ」


 十七郎の顔色があからさまに変わるのを見て、蔽九郎がなお楽しそうに笑う。


「見たのかっ」

「見ないと何なのか、確認がとれないだろ?」

「~~~っ!」


 ――十七郎が見る、それ。


 いまは母の里帰り出産に同行するため一時休学の手続きをとったが、帝都で通っていた中学校のテスト採点結果の用紙とこんなかたちで再会するとは思ってもみなかっただけに、十七郎の表情は落ち着かない。

 叱られるのか、それとも呆れられているのか。

 ちらりと複雑な思いで長兄を見やると、暁久は何とも言えないようすで小さな苦笑いをこぼしている。

 それが十七郎には顔色が変わるほど怖かった。

 十七郎は頭の回転が速く、口達者で弁も立ち、物事にもよく精通しているのだが、このテストの採点数を見るかぎりでは、机上の学問においては達者とはいいがたく、苦戦する面が多いようすがうかがえる。

 長兄にかわり、蔽九郎が呆れたように目を細めてくる。


「隠していたってことは、父さんには見せていないんだろ?」

「う……っ」

「かわりにおじいさんに見られて、こってりしぼられるといいよ」


 外見だけは差異のない双子ではあるが、それでも次兄という兄のぶんだけ余裕があるのか。

 そんなことを言う蔽九郎に、


「蔽九郎っ、これは血を分けた俺に対する嫌がらせかっ!」


 十七郎は怒鳴ってみたものの、蔽九郎はけろりと、


「何の。この世で唯一無二の十七郎に対する愛情表現だよ」

「どこがっ」

「それとも、あの大火から唯一被害を免れた本山家の思い出として額縁に入れて、本家のおじいさまに――この場合は父方のほうにあたる祖父――お渡しすればよかったかな?」


 と言って、周囲につかの間の笑いを与えた。

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