97 バッグ、なおしておいで
ここなら、ルートから少し外れるだけだ。ただ、沢を渡ることになる。
渡れるところがあっただろうか。
その思いも見越されていたのか、守衛の指がまた動いた。
「確か、このあたりで渡れますよ。石伝いに、ですが」
守衛に礼を言い、外で待っていたランを呼んだ。
猫のような俊敏さを見せて、飛んでくるラン。
「さ、行こう。バッグ、なおしておいで。その辺の共用ロッカーに」
紅焔山と呼ばれているが、頂を持つ山ではない。
表六甲の一つの尾根と両側の谷を指して、山と呼ばれている。
さほど急峻ではない。
昭和の終わりごろに大学敷地となってからは、いわゆる里山ではなくなり、人の手が入ることはない。
それこそ、施設管理部の職員や守衛が見回りのためにごくまれに足を踏み入れるだけだ。
おのずと、以前は網の目のようにあったであろう山道は消え、右側の谷筋にある小さな滝とその畔に祀られた祠への道がかろうじて通じるのみだ。
今日も、その径を行く。
山への登り口。
十二号館の裏、倉庫や空調機の群れや焼却炉などが並ぶバックヤードの脇。
山との境にフェンスが張り巡らされてある。
学生たちが足を踏み入れることはない。
フェンスの端、申し訳程度のゲートがあり常に施錠されている。
フェンスは乗り越えることはできない。
不審者の侵入というより、獣の侵入を防ぐためのものだ。高さがあり、かつ頑丈。縦格子で足がかりもない。
崖から谷川の急斜面に沿って隙間なく張り巡らされてある。
それでも、冬になれば猿や鹿が学内を歩き回ることもあるし、イノシシの出没はよくあること。
借りてきた鍵を挿し、フェンスの扉を開けた。




