95 「私、一緒に行っても」「いいよ」
先鋭色彩技術論の授業のために、いろいろな工夫をしている。
授業名にある通り、色が人の行動や心理にどのような影響を与えるか、人によって感じ方は違うのか、そしてそれを空間計画にどう活かすか、がテーマの授業だ。
座学だけでは、学習は深まらないし、また退屈極まりない。
そこで、多くのフィールド学習を取り入れていた。
フィールド学習といっても、教室を出て学内を歩き回るだけ。
学外に出ることも大学としては推奨していたが、それは表向き。手続きが面倒すぎる。
それに例えば、ショッピングセンターなどでフィールド学習でもしようものなら、二、三十人の女子学生を規律ある集団としてまとめ上げるのは至難の業。
おのずと学内で済ませることになる。
ただ、来週の授業は違う。
裏山で自然の木々や草花を観察し、心に響く何かを感じ取る訓練だ。
それに、後期授業も半ばで、気持ちがダレてくるころ。
ちょっと足を延ばし、軽いハイキングまがいの時間はいい気分転換になる。
半期十五回の授業にも、計画的にリフレッシュは必要だ。
「あ、そうなんですね」
「一応、下見。毎年、行ってるけどね。念のため」
実際、下見は必須。
どこまで行くかも例年通り、小さな滝の祠のあたりまでと決めてある。
いわばハイキングの目標地点。
しかし、大雨で増水していたり、山肌が崩れて通行できなくなっていたり、スズメバチの大きな巣が行く手を阻んでいたり、不安な要素も多々ある。
大切な学生に怪我をさせるわけにはいかない。
じゃ、とランに軽く手を振って、正門をくぐり、守衛室に向かった。
落胆し、キラキラする目を伏せて歩き始めたランを見て、気が変わった。
今からの用は、授業準備だ。
学生に手伝えと言って、咎を受けることはない。
ランはデニムにスニーカー。いつものように軽快な服装。
運動神経も見るからに抜群。
大丈夫だ。
「裏山に行く。来週の授業のために」
と、声をかけた。
「えっ、じゃ」
ゴールデンアイが見引かれ、輝きだした。
目の下の二つほくろも、大きくなった気がする。
「私、一緒に行っても」
「いいよ」
そう言ってしまってから、気がついた。
「あれ、ラン、五限は。授業は?」
「サボリです」
「おいおい」
「へへ」
ま、いっか。




