64 立ち眩みがしたからって
いかなる手続きにおいても、生年月日はもちろんのこと、職業や年齢、性別さえ聞かれることはない。
政府レベルのデータベースでは、位置情報と通称だけで、紐づいた個人データにアクセスできるからだ。
「大学で講師をしています」
隠すことはしなかった。
ただ、大学名まで明かすことはない。
話せば、フウカ達が望むと望まざるとにかかわらず、在籍中の大学名をこの看護師に知られてしまうことになる。
知られて得することは、きっと何もない。
ところが。
「紅焔?」
「……」
「懐かしいですね」
え?
卒業生ということか?
でも、なぜわかる。
「先生、お忘れになりましたか?」
「えと……」
「昨年まで、大学の保健室で働いていました」
「あ、そうだったんですか」
「先生のお顔は覚えていますよ」
「え?」
「それにこんなにかわいい娘さんたち。先生って呼ばれてますし、これは、って」
俺を診たことがあるという。
「あの時も確か、気を失われたとかで」
ん……。
そうか。
そんなことがあった。
数年ほど前に……。
「あの時も、一時的に意識を失われて倒れられた、ということだったように思います」
「そうでした……」
「立ち眩みがしたからって」
そうだ、あの時。
放課後、教室や教材の後片付けをしていた時だ。
気づいたら周りに人だかりができていて、恥ずかしかったものだ。
「やあ、いろいろとお世話になって。えっと」
「クスリユと呼ばれています」
ああ、そうだった。
一気にあの時の記憶が蘇ってきた。
いい名だと感じたことも。
「じゃ、皆さんお待ちかねのようですし」
学生たちが、中でもルリイアが深々と頭を下げた。
ハルニナが腕を組んで支えてくれた。




