44 思っていることを話しなさい 自分から
ノーウェ。
乃生恵。
授業を受けていた卒業生で、サークル出身者。
思い出の多い学生の一人だった。
もちろん、素晴らしい思い出が。
半年前。
この京都競馬場でいつも開かれている再生財団のPRイベント中に死んだ。
イベントマスコット「ケイキちゃん」の着ぐるみの中で。
階段を降りようとして足を踏み外して。
そのはずみで着ぐるみ内に張り巡らされたワイヤーの一本が外れ、首に絡まって。
あの悪夢の日は今でも思い出す。
昼飯時のスタンド。
冷めた串カツにかぶりつこうとしたとき、フウカが走りこんできたのだった。
先生! 大変! ノーウェ先輩が!
発見が遅れたのか、階段の中ほどで発見されたノーウェはすでに息がなかった。
AEDも、心肺蘇生処置もむなしく、帰らぬ人となった。
状況から見て、事故死との判断。
講師として顧問として警察の事情聴取を受けたが、卒業後のノーウェとの付き合いはない。
イベント関係者として競馬場に来ていることは聞いていたし、遠くから姿を見かけることもあった。話した機会はごくわずかだったし、それさえ挨拶程度。
ジーオと違って、サークルOGとして一緒に競馬を楽しんだり、ミーティングに参加することはなかった。
警察に話せることは何もなかった。
居住まいを正したフウカ。
「リオンから聞いたんですけど、先輩のこと」
誰もが座り直し、次の言葉を待った。
「事故死、一旦はそうなったんだけど」
ジーオの目が険しくなった。
ノーウェの友人として、あの事故を最も悲しんだ人だ。
「疑義があるらしくて、再捜査になったそうなんです」
一旦、事故死という結論になったものを再捜査。
そんなことがあるのだろうか。
よほどの理由があるのか、何か圧力があったのか。
あるいは新たな情報が寄せられたのか。
「警察の事情は何も知らないけど」
フウカはあっさり、結論に持っていこうとする。
「私たちも、協力できないかなって」
「協力……」
「警察の捜査に」
「協力要請とか?」
ジンは、リオンからの、とは言わなかったが、それが滲んでいたのか、
「協力じゃなくてもいい。私たち自身でも、もう一度考えてみようかなって」
と、言い直したフウカ。
ジーオは「確かに」と応じたものの、瞳には不安が浮かんでいた。
大勢は、フウカの提案に賛成、ということになった。
反対できる空気ではないし、その理由もない。
サークルとして、「公式に」取り組むことではない。
ただ、心の中では、ノーウェという名、そして懐かしむ気持ちは確実に大きくなっていた。
「先生」
呼びかけてきたフウカ。
「先生」
と、促してくるジーオ。
ジンの目も、ランの目も。
メイメイだけが眉間に皺をよせている。
目をつぶり、心の内を見せまいとしている。
彼女の胸に去来したものが何か、分かりはしない。
ハルニナが、黙って立ち上がった。
えっ、帰るのか、と目を向けるジン。
キッチンに向かったハルニナ。
誰と目を交わすでもなく、一旦は冷蔵庫にしまい込んだものを取り出した。
サークルの顧問として、言わねばならぬのだろう。
「皆がそう思うのだったら、そうしよう」
ジーオが目を輝かせた。
彼女を悼む気持ちがあるから。
当たり前のこと。
言わずもがなのこと
だが、つい口が滑った。
「参加不参加は、自由。強制はしない」
これを聞いて、じゃ、私は抜けます、という人はいない。
強制と同じだ。
依然、難しい顔のメイメイ。
メイメイ、どうする? という言葉は飲み込むしかない。
学校でのメイメイ。
勝気な娘。
ハルニナとだけは仲がいいようだが、他の同級生とは決して群れない。
授業ではいつも最後列に一人で座っている。
だが、問えば、きっとこう言わせてしまう。
参加します、と。
「フウカ、で?」
バトンを戻そう。
すでに考えてあったのだろう。しっかりした声で話し出した。




