迫る災厄
十二月三十日 昼。
魔導戦艦アリゾナの艦長室。
日光の差し込むたった一人の部屋で、アルカスは海を眺める。
「…」
同型戦艦のヴァージニア、フォルニア。
いずれも英雄の名を冠する魔導戦艦であり、戦力としては十分すぎる程である。
しかし…
「落ち着かない…」
理由はわからない、しかしさっきから意味もなく部屋をうろつき、何度も読んだ本を意味もなく再び開く。
御召艦として皇族の将軍を連れて気疲れしたのだと思い、気分を切り替えるためにチェックリストを片手に部屋を出る。
まずは艦の心臓部である魔導機関区画。
炉内にある爆縮された超高エネルギーの巨大な魔鉱石。
艦を十年は連続で動かせるほどの魔力。
しかし反面、何かの拍子にエネルギーが漏洩、暴発すれば一瞬で艦が沈む諸刃の剣である。
「よし、ここは問題はないな」
本来、整備士の行う魔導機関の点検。
それを本来よりもゆっくりと、時間を潰すように進めていく。
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パーラ湾竜騎兵訓練所。
「ふう」
年末休暇で竜騎兵たちが去った訓練所でアイーラは今年の総括をまとめる。
今年の新兵たちは例年よりも覚えが早く、特にリューとエスの成長には目覚ましいものがあった。
「このまま訓練を続けていけば、いつかは王国、いや大陸一の竜騎兵になれるかもしれないな」
王国竜騎兵の二ッ頭になった二人の姿を想像しながら、アイーラは今年の仕事を片付けると、パートナーのいる厩舎へと向かう。
ベルベットと名付けられた飛竜。
父から受け継いだ飛竜であり、これまで幾度もの戦いを共に乗り越えてきた。
「お疲れ、ベルベット」
訓練生にいつも向けているものとは違う、優しい声色。
ベルベットもゆっくり顔を上げてパートナーの姿を視界に収める。
年老いて白濁の始まった目。
少しでもパートナーの姿を見ようと、まっすぐ見据える。
「そろそろ、引退しよう。ベルベッド」
『麒麟も老いぬれば駑馬に劣る』
飛竜とはいえ、すでに老齢。
歴戦の竜とはいえ、今や新兵の操る飛竜についていくのが精いっぱいであり、アイーラの持つ魔法道具で身体能力を一時的に強化しているのが現状である。
「…グルゥ」
渋々頷くベルベット。
すると、そこに魔龍に乗ったリューがやってくる。
「どうした、リュー?」
「宿舎に忘れ物した」
「仕方ないやつだな、ついてこい」
宿舎のカギを取りに戻るアイーラ。
チィとベルベットだけが残る。
―――御守りも大変だな、魔龍。
―――もう慣れた。
主人すら知らない、二匹だけの会話。
「時に魔龍よ、気づいているか?」
「ああ」
「もうじきここに災厄がやってくる。
おそらく、主も、将軍も、ワシら飛竜ですら経験のしたことのない大いなる災厄」
「……」
「魔龍、悠久を生きる種よ、先達としてこれだけは言っておく。
何が何でも主を守れ。
醜態をさらしても構わぬ。
最後に生き残りさえすればそれで勝利だ」
「アンタもそうするのか?」
「いや、わしはここで死ぬつもりだ。
もう体もまともに動かぬ。
老いて朽ちるくらいならば、戦場で死ぬ。
何、主だけは何が何でも活かすさ」
「…そうか」
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「ただいま」
ダーバスにあるリューの家。
そこそこの大きさの家の庭の上に設けられた発着場に降り立つと、荷物を背負って屋上の扉を開けて家に入ると、「おかえりなさい」と両親が出迎える。
トレジャーハンターの父レンと、母のバーラ。
温かい食事を用意し、娘の帰宅を喜ぶ。
一方チィはリューが帰宅したのを確認すると、パーラ湾を一望できる山頂に降り立つ。
リューが一番のお気に入りの場所で、飛行生物でしかたどり着けない。
港にはヴァルディアの戦艦が停泊し、観覧者や戦勝を祝う人々の喧騒がひっきりなしに届く。
「・・・近づいてくる」
水平線の遥か彼方に感じる、大気中に含まれる魔力の揺らぎ。
魔力を含まない、巨大な無数の物体がゆっくりと、しかし確実にこちらへと向かってくる。
―――何が何でも主を守れ
ベルベットの言葉を反芻し、どう動くべきかを思案する。
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日が落ち、夜になる。
最期の日を前に、セストリアは特別に用意された風呂にて身を清める。
「……」
騒がしい夜。
港からは魔導戦艦の駆動音が相変わらず鳴り響き、城内の兵たちは明日への備えにせわしなく動く。
窓からは処刑の場となる城の中央尖塔が見え、月が重なる。
ふと、一匹の羽虫が格子窓をすり抜けて風呂の淵に降り立つ。
何の変哲のない、どこにでもいる虫。
しかし、最期の時が迫る彼女にとってはそれすらも愛おしく見えてしまう。
風呂から上がり、兵士の持ってきた衣服に着替える。
ボロい囚人服ではなく、綺麗に洗濯された清潔な衣服。
騎士の情けである。
「…感謝する」
名も知らない兵士に礼を述べ、中央尖塔に設けられた部屋に向かうと、用意されたベッドの上に仰向けになり、ただただその時まで待つ。
一方でリューやアルカス達も就寝し、魔龍チィは闇夜のパーラ湾をただただ見据える。
日を超えた十二月三十一日。
ついに「その時」がやってくる。




