【C】―3 ー9
◆◆最終話です。このルートはこれで完結になります。
では本編へどうぞ◆◆
翌日の日曜日聡志さんと蒼くんは、朝から用事があると言って出かけて行き、「夕方頃には帰るから」という言葉通り、その頃に帰宅した。買い物袋も持っていないし、今まで何してたんだろう。
「二人でどこ行ってたんですか?」
手ぶらで家に入る聡志さんに訊ねた。
「すぐそこのバッティングセンターと釣堀に行ってたよ」
「へ〜え、バッティングセンター楽しそう。私も行きたかったなぁ」とちょっぴり拗ねた顔で聡志さんを睨んだ。
「ごめんね」と彼は罰が悪そうに苦笑し、「じゃあ、今度は私も連れてってくださいね」と約束を取り付けるように私は言った。
「今日、ピザ焼いたんです」
そう切り出して、二人をリビングに促す。
「ちゃんと生地を捏ねるところから作ったんですよ」と付け加える。
「生地から作ったんだ? すごいね」」
食卓の上に、大皿に載せた二枚のピザが乗っていた。トマトや玉葱、モッツァレラチーズをトッピングしたものと、コーンやサラミやバジルの彩り鮮やかなもの。
「本格的だね」と聡志さん。
「うまそう」と蒼くんも褒めてくれた。
その晩は、我ながらおいしくできたピザを食べて、たわいもないおしゃべりをして過ごした。一時、一人ぼっちにさせられたような気持ちになってたけど、私の思い過ごしだったみたい。その夜、私は安心して眠りに着くことができた。
そして月曜日。三人揃った朝食の席で、聡志さんから思わぬことを言われた。深刻に見える表情で。
「帰ってきたら、大事な話がある」
「私にですか?」
この前の話かな? あの時は私には聞かせてくれなかったけど……と腑に落ちない表情で考えを巡らしていると、彼は意味ありげに微笑した。
「乃々ちゃんだけじゃなく、僕達“三人”のことで話さないといけないことがあるんだ」
「“三人”?」
て、私と聡志さんと……
聡志さんはそれ以上は何も言わず、黙々と朝食を食べ続けた。蒼くんも。
バイトを終えて帰宅するといつものように、玄関に見慣れたスニーカーが揃えて置いてあった。その横で靴を脱ぐ。蒼くん足でかっ! 比べてみて、改めてその大きさに驚く私。聡志さんの黒い革靴はなかった。まだ帰ってきてないんだ。それにしても、話ってなんだろう。それも“三人”のことでって。
今晩は、鶏肉と野菜の炊き込みご飯とシンプルに豆腐とワカメのみそ汁、それとめかぶに数日間醤油漬けにした卵黄を乗せたものにした。これがなかなか好評で、二人とも「おいしい」と言ってくれた。このまま和やかに終わってほしかったが、聡志さんの一言でその空気が緊迫したものに変わった。
「そろそろ話してもいいかな」
声のトーンが重く静かに聴こえた。明るい話題を振るトーンではないことがわかる。
「僕達三人のこれからについて」
「これから……」
ごくん、と私の喉を生唾が下りていった。
「僕と乃々ちゃんの結婚のことも今日ここで決めたいと思う」
「結婚のことも……?」
「乃々ちゃん、君に選んでもらいたい」
言うと聡志さんは、合図を送るみたいに蒼くんを見た。
「蒼、自分の思っていることを彼女に伝えなさい」
蒼くんの瞳が決意の眼差しに色を変えた。彼の一対の瞳が、まっすぐに私を見据える。
「乃々さん」
「はいっ」
緊張が走り、ビクッとして私は軽く肩を浮かせた。意味深げな沈黙に落ち、見詰め続ける蒼くん。瞬きが増える私。口の中が渇く。何、何、何? この沈黙、この視線。何なの……〜〜!? ようやく彼が言葉を紡いだ。
「俺は乃々さんのことが好きです」
え?
「ええ〜〜ッ!?」
ふざけているわけじゃないけど、私は変なリアクションをしてしまった。だって、ありえないでしょ!?
「乃々さんから見たら、俺はまだガキにしか見えなくて、恋愛対象になんかならないかもしれませんけど、俺は乃々さんのことが好きです」
……て蒼くんそれ
ありえないでしょ――――~~っっ!?
これ、ドッキリっ?
素人騙す番組っ???
周りをキョロキョロ見回してカメラがないか探してしまう。と蒼くんが
「ドッキリだと思ったんですか?」
「……」
「俺、本気ですよ」
「……?」
そんなこと急に言われても……私はなんて返したら言いのかわからなくて頭を抱えた。
「乃々さんと一緒にいると毎日いろんな発見があって、些細なことだけど、朝ごはんとか夜ごはんとか今まではただ食べるだけだったのに、乃々さんが作ってくれるようになってから、そういう時間も楽しくなってきて」
「そっか……」
楽しかったんだ。全然そんな風には見えなかったけど、なんかうれしくなった私はほっこり微笑んだ。
「そういう笑った顔も好きです」
「え……?」
「なんか癒されます」
「あは、ありがとう」
照れすぎてにやけそうになるのを必死で堪える私。もうやめて。いや、もっと言って。てどっちだ私っ?
「乃々さんの、いつもは天然なんだけど、たまにすごく頼りになるところとか、全部好きです」
「!?」
カーーッと私の顔は真っ赤に染まった。耳がチリチリするくらいだから相当だろう。好きって何回言うの!? ほんとにほんとに本気だってこと? ほんとに信じちゃうよ?
「俺の気持ち、伝わりましたか?」
「ぅ、うん、伝わりすぎるくらい……」
「よかった」
蒼くんはほっとしたように表情を緩めた。うわっ、またあの“美笑”っ!?
「乃々さん」
「はい」
「今すぐじゃなくていいですから」
「はい」
「高校卒業してからでもいいんで、俺と付き合ってください」
「はい」
あ、言っちゃった。えっと……どうしよう。
でも、ちっちゃかったから聴こえてなかったのか、頭を下げて返事を待っている彼を見てわたわたしていると
「乃々ちゃん」
今度は聡志さんが……
「僕の乃々ちゃんに対する気持ちは今も変わらない。だが、君が選んだ幸せを僕は邪魔したくない。だから君が決めてくれ。僕と結婚するか、蒼と付き合うか。それとも、そのどちらでもないのか」
「……!?」
どうしよう。心の準備がまだ出来てないのに。て、あれ? 私、聡志さんと結婚したいんじゃなかったの? なんで、どうして迷ってるの私。
心の奥では答えが決まっているのに、なかなかそれを声に出せなかった。この幸せな日常を失うのが怖くて……
やがて長い沈黙に堪えかねてか、蒼くんが顔を上げた。息子と父親ではなく、二人の“男”の瞳が一人の“女”に注がれた。
「私……っ」
選べない。選んでしまったら、もうこの生活は終わるだろう。必ず“誰か”は不幸になってしまう。そんなのやだし、残酷だよ! 私は泣きそうになって唇を歪ませた。言えないよ……。そんな私を見て、聡志さんが哀れむように言った。
「じゃあ僕たちは目を瞑っているから、君は選んだほうの肩を叩いてくれ」
「はい……」
私が涙声で答え、二人は目を瞑った。
「今までお世話になりました」
週末の土曜。その朝に、私は荷物を持って聡志さんの家を出た。これが私の出した答えだった。間違っているとか、正しいとかそんなことはわからない。でも、もう後悔はしていなかった。
「お元気で」そう彼に告げた。
「うん、君も元気でね」そう彼も言ってくれた。
「……」
もう一人、私を玄関で送り出してくれた人は、私に微笑をくれた。
「……」
それに私も微笑を返した。それが無言の返事。
言葉に変換すると……『またね』かな。
私は一人、歩いてバス停に向かった。頬に当たる朝の大気がひんやりしていて心地好い。清々しい朝だった。通勤や買い物で何度も通った道は、もう見慣れた風景になっていた。その道を“あの家”に向かって帰ることはない。今日からは……
「リリン!」
聞き覚えのある音がして、私は足を止めた。振り向くと後ろに
「蒼くん?」
彼がいた。乗っていたT字ハンドルの自転車を、片足で支えて停まっている。さっき私に微笑をくれた人。
「バス停まで送ります」
そう言って彼は微笑した。口の隙間から白い歯を零して。
私は実家に戻り、また以前のような生活が戻ってきた。
「チリンチリン」
ベルの音がして、民家の間の一般道を歩いていた私は端に寄った。その横を制服姿の女の子が、自転車で通り過ぎていく。その背中を見て私は「クスッ」と笑った。蒼くんみたい。と彼のことを思い出し……とその時バッグの中が振動した。私は肩に掛けたバッグの中からケータイを取り出す。
「もしもし」
《おはようございます》
電話越しに聴こえてくる声は、“彼”に似ていた。
「おはよう」と私は返した。まるでそれがあの日常の延長であるかのように。
《これからバイトですか?》
「うん」
《そうですか。じゃあ、気を付けて》
「うん、ありがと」
《行ってらっしゃい……》
彼は照れ臭そうに小さく言った。それがかわいくて、私はふふっと笑ってしまった。そして「行ってきます」と言って通話を終えた。
それは空に晴れ渡る蒼穹が広がった秋の日。頭上でベルの音が鳴り響いた。ベルが鳴るといつも彼の顔が浮かんでくる。あの日彼が、自転車のベルを鳴らして私の前に現れた時のことを。そして別れの瞬間を。
リーン、ゴーン。
リーン、ゴーン。
そして今この瞬間、チャペルのベルが私達を繋ぐ音になった。
大学を卒業し、就職が決まった彼と私を永遠に繋ぐ音に……
『新郎、桜庭蒼』
『新婦、乃々』
私達は、
生涯愛し合うことを――――
「誓います」
――Another Happy end――
◆◆あなたが幸せだと思うならこれも幸せな結末なのでしょう。◆◆




