【C】―3 ー7
10月の中旬、蒼くんの学校は中間テストだった。私は「もう少し居てもらえないかな」と聡志さんにお願いされ、引き続き彼の家での生活を続けていた。そんなある日。休憩時間にケータイを見てみるとメールが来ていた。
“今日中間テスト返ってきて、数学と英語が学年二位でした”
「すごい!」と思わず口に出してしまいそうになった。私は自分のことのようにうれしくてメールを返信した。
“おめでとう!!
お祝いに今晩、蒼くんが食べたいもの作ってあげる! なにがいい?”
少ししてから返事が来た。
“乃々さんが得意な料理”
私の得意な料理……
パチクリパチクリと目をしばたたかせる私。私の得意な料理が食べたいもの? て、うれしいんだけど……。顔がぽーっと熱くなる私だった。
「今日はずいぶん豪華だね?」
帰宅した聡志さんがキッチンを覗いて言った。私は調理台と食卓の上に道具や材料を並べて、料理の下ごしらえをしていた。食卓の上に調味料に付け込んで袋に入れた鶏手羽肉、スライスしたじゃがいもが並んでいる。私は調理台に置いていた冷凍パックから、海老を取り出して片栗粉で揉み洗いしながら言う。
「蒼くんが中間テストで学年二番だったんで、そのお祝いなんです」
「へ〜え、それはがんばったなぁ」
その蒼くんはまだ帰宅していなかった。どうしたんだろう。いつもなら私より早いのに。メールも来ていない。そんなことを考えていると奥で物音がした。
「ただいま」
初めて聴いた。蒼くんが帰ってきた時の声だった。海老の背腸を取りながら、胸がソワソワした。すぐにでも出ていって「お帰りなさい」と言いたくて。でも……
「油撥ねるから気をつけてね」
優しい言葉を残して去って行く、聡志さんの後ろ姿を見て罪悪感を覚えた。
「……」
私は出て行くのをためらい、意識を料理することに移した。早く終わらせないとっ。せかせか海老の背腸を取っていると制服姿の蒼くんがやって来た。
「お帰りなさい」
「ただいま」
私が作業しているテーブルのほうにやって来る蒼くん。彼はその上に乗った、まだ途中工程にある食材を見て微笑すると出て行った。張り切って2パック買ってきたので、私が手こずっていると
「?」
部屋着に着替えて戻ってきた蒼くんが手伝い始めた。
「こうですか?」と見様見真似で背腸を取った海老を私に見せる。
「うんうん、そんな感じ。上手上手」
褒めてあげると蒼くんは、包丁と爪楊枝を器用に使ってひょいひょいと背腸を取っていった。私より早いし。
「ありがとう、あとはやっとくからもういいよ」
全部終わったのでそう言うが「最後まで手伝います」と断られた。
「でも、蒼くんのお祝いなのに蒼くんが作るのって……」
「衣って何から付けるんでしたっけ?」
「粉から。粉、たまご、パン粉の順番で付けて」
あ。結局その工程もやらせてしまった。ま、いっか。それからキャーキャー(私だけ)言いながら、食材を油で揚げていく。
「あっ」
私が着ていた服のたくし上げていた袖が下がってきた。粉やらで手が汚れている私が焦っていると、?――さっと蒼くんが横に来て、清潔な手で袖を捲ってくれた。
「ありがと……」
「こっちも捲っときますね」と反対の袖に手を伸ばす。うわ、顔が熱い。なんかいちいちドキッとする。捲られる自分の袖を眺めながら顔を上気させていると
「わぁ、いい臭いだね」
ふいに聡志さんの声がして、私の心臓がびくっと跳ねた。腕まくりしてもらいながら振り向くと、キッチンに入って来る聡志さんの姿が目に入った。
「……」
言葉がすぐに出てこなくなる。胸がざわざわした。視線が互いの顔を捕らえながら、意識が私の腕を捕らえている。腕まくりをし終わって、蒼くんの手が私の腕から離れた。
聡志さんが開口する。
「出来上がったら呼んでね」
そう言ってキッチンを後にした聡志さんの背中が少し寂しそうに見えた。




