【C】―3 ー5
寒くなったなぁ。バイト先の工場を後にして屋外に出ると、ひんやりした空気に私は肩をすくませた。もう秋なんだなぁと感慨深げに空を仰ぐ。今晩のおかずを考えながら駅に向かった。
帰宅して玄関のドアの前までやって来る――
「……」
とそこで足が止まった。なんだか蒼くんと顔を合わせるのが、ちょっと照れ臭かった。
「ただいまー」もいつもより音量控え目になる。 食材が入ったレジ袋をカサカサ言わせながらキッチンに向かった。とそこに
「蒼くん」
がいた。食卓で頬杖を突いて……寝てるの? 近付いてみるとスースーと小さな寝息が聴こえてきた。薄く唇が開いている。なんか色っぽい。睫長いし、うらやましぃ。爪楊枝乗せたい。てゆーかずっとこの姿勢で疲れないのかな。
「スースー」
返事のように寝息が返ってきて、私はクスッと笑った。疲れてるんだね、と呟いて晩ごはんの支度に取り掛かることにした。ん? ふと視界に入った水切りラックの中に、洗って伏せて置かれたお弁当箱があった。
「洗ってくれたんだ……」
ふふと私は微笑んだ。
フライパンで肉を炒めるとジャーーっと食材の焼けるいい音と香ばしさが広がった。うーん、いい匂い。今日は定時で帰ったのでまだ6時過ぎ。お腹の時計がぐ〜っと鳴る時間だった。途中で食べたくなるけど、我慢我慢。ちなみに今晩のおかずは黒酢の酢豚。野菜を加えてジャッジャッと言わせながら炒めているとガタンと後ろで物音がした。
「乃々さん……いつ帰って来たんですか?」
目を覚ました蒼くんが伸びをしながら言った。
「うーんとちょっと前」
「うーんと……ちょっと?」
不可解そうに一拍間を置くと蒼くんは「腕、痺れた」とぼやきながら寝ぼけまなこで立ち上がった。
「何か手伝いましょうか?」
「あ、大丈夫。今日は混ぜるだけのだからもうできちゃった」
出来立ての酢豚を皿に取り分け、すでに炊けていたごはんもよそって、二人で食卓に運んだ。
「いただきまーす」
「いただきます」
こうして蒼くんと二人で食卓囲むのにも慣れたなぁ私。あまり緊張しなくなったし。目と目を合わせるのはまだドキドキしちゃうけど……
蒼くんの箸が酢豚に向かった。キャッチした肉をパクリ。野菜をパクリ。ごはんもパクリ。もぐもぐもぐ。黙黙々。麦茶を飲み、また箸が酢豚に伸びる。ごはんも一緒にもぐもぐもぐ。
何も言わないけど、おいしいのかな。でも、まずかったらこんなに箸進まないよね。そういえば蒼くんて何が好きなんだろう。
「ねぇ」
問い掛けると蒼くんが箸を止めて私に視線を向けた。
「蒼くんて好きな食べ物何?」
「好きな食べ物?」と首を傾げて考え込む蒼くん。
「なんでですか?」
「蒼くん、私が作った料理、いつも文句一つ言わずに食べてくれるけど、本当は何が好きなのかなぁと思って」
好きな物があるなら、そういうのも出してあげたいし。喜ぶ顔も見たい…… 最後の一句は胸の中で呟いた。
「ああ、それは乃々さんが作ってくれる料理に、まずいものがないからですよ」
蒼くんは涼しい顔をしてそう答えた。
それって「おいしい」ってことだよね? まずくないって「まずい」の否定形だから「おいしい」ってことだよね? 嬉しい〜ツンツンボーイに褒められちゃったーー!
「ありがとう〜」
私は嬉しすぎて泣き笑いになる。
「あの……」と蒼くんがぼそりと言った。
「ん?」
「今日、弁当ありがとうございました」
「あーあー、いえいえ〜」と私は首を振る。ついでに、お弁当箱洗っといてくれてありがとね、とお礼を言った。
「おいしかったです」
「本当ぉ? よかった〜」と歓喜する私から何故か目を逸らし、視線を卓上に落とす蒼くん。ん?? 結ばれていたその唇がゆっくり開いた。
「またお願いしてもいいですか?」
「え?」
「弁当」
「お弁当?」
蒼くんはこくんと頷いた。かわいい。私が「あんなんでよければ」と苦笑すると、蒼くんはまた、こくん。「“うまかったんで”」と目を合わせずに言った。
その時奥のほうから音楽が聴こえてきた。
「ケータイ鳴ってるみたいですけど」
言われて私は、二階に置きっぱなしにしていたケータイを見に行った。着信音は鳴っていたが、電話ではなくメールだった。
「聡志さん、明日帰ってくるって」
そのことを報せに階下に降りると、蒼くんは冷蔵庫を開けてペットボトル入りのコーラをコップに注ぎ
「そうですか」とそれを持ってリビングに行ってしまった。
あれ、なんかそっけない。どうしたんだろう。気になった私は、とりあえず食べ終わった食器を下げると洗い物は後にして、自分もコーラを入れたコップを持ってそこを後にした。
食器棚を越えてリビングに入ると、蒼くんが長い足を組んでソファにもたれていた。うわ、なんかいつもと違う雰囲気。話しかけづらい……
立ち止まって困惑していると、それに気付いたのか蒼くんが、ふと背後に首を傾けた。
「どうしたんですか、そんなとこに突っ立って。座ればいいのに」
「座り、ます……」
あれ、なんか語気もキツイような。ピリッとしたその空気にちょっとびびりながら、私は一人分くらい間を開けて蒼くんの隣に座った。慎ましく足を揃える。なんでかわかんないけど、怒ってる? 慣れたと思ったけど、やっぱりツンツンボーイの扱いって難しいな。なんか気に障るようなこと言ったのかな、私。木の実をかじる小動物のようにコップを両手で持って、コーラをちびちび飲みながら、横目でその表情をチラ見する。蒼くんはコップを傾けてコーラをゴクン……ゴクン。喉仏を二回揺らすとテーブルにコップを置いた――コトン。
「ゴクンっ」と私の喉も鳴った。
「明日、“帰っちゃうんですか?”」
「え?」
思わず私は目を瞠った。
「明日はまだわかんないけど……」
てかてか帰っちゃうんですか? って、帰ってほしくないみたいなんだけどっ!? なんでなんでそんなこと……? 私はなんだか落ち着かなくなり
「今のうちに荷物纏めてこよっかな」と腰を浮かせて退散しようとすると
「!?」
「……」
え? 蒼くんが無言で私の腕を掴んだ。強く見据えられて固まる私。睨んでる……なんで? 手を離そうとしない蒼くん。行くなってこと? どうしよう、この状況。どうすればいいのかわかんないんだけど〜〜っ! パニックに陥っていると、蒼くんの唇が動いた。
「まだ、やらなくていいですから」
と睨んだまま。
「はい」
私がおとなしく腰を下ろすと、ようやく蒼くんが手を離してくれた。




