【C】―3 ー4
週明けの月曜日。10月に入りそろそろあったかいものが恋しくなるこの頃。今晩のおかずは豚汁に決定〜だなっ。男の子が好きそうなメニューだし。蒼くんの喜ぶ顔が見たくて(たぶん見れないけど)、バイトが終わるとウキウキしながらスーパーで食材を買って帰った。
「いただきま〜す」
蒼くんと二人で食卓を囲んだ。今日のおかずは豚汁とアジのひらきと、大根のツナマヨサラダ。食後には鍋で温めた甘酒を出すことにしていた。
初豚汁だけど、どうかな? 私の豚汁の味付けは、味噌を濃いめになるように入れて、最後に牛乳を合わせてまろやかに仕上げる。ちょっとクリーミーでほんのり甘い。私は蒼くんの反応が気になって、お茶碗片手に豚汁を啜りながら、キョロリまなこでチラり。蒼くんは静かに豚汁を啜ると茶碗を口から離してモグモグ咀嚼した。黙々黙々……。見ながら胸がソワソワする私。そうやっていつも感想を促すように見詰めてくる私の視線にも慣れたのか、蒼くんはまっすぐに見詰め返して言った。
「おいしいです」
キラン。
私は瞳を輝かせた。やったッ! 蒼くんの「おいしいです」が聞けてうれしくなる。これが聞きたくて毎日お料理がんばってるようなものだもんね。うん、よかったよかった。啜り泣くようにしみじみ豚汁をすする私。今日の豚汁は胸に染みるわ。こりゃ、演歌だな……ズズ。
「あの」
ふと蒼くんが切り出した。
「ん?」
「明後日、弁当お願いしてもいいですか?」
「お弁当? いいけど」
なんで? と問うようにちょこんと首を傾げると、蒼くんが説明してくれた。
「最近食中毒が流行ってるじゃないですか。それで明後日学校に保健所の人が来ることになって、検査するのでその日だけ学食が食べられないんですよ」
「そうなんだ」
「近くにコンビニでもあればいいんですけど、うちの学校、周りは畑しかないような所にあるんで」
「そっか、じゃあ仕方ないね」
私はう〜んと言って考え込む。
「でも私、人にお弁当作ったことないからうまくできるかわかんないよ?」
「見た目とか気にしないんで、適当に詰めてくれたらいいですから」
ニヤリ。私は企むように邪悪な笑みを浮かべた。
「じゃあ、日の丸弁当でもいい?」
「それはちょっと……」
本気にしたのか、蒼くんは表情を曇らせた。
「冗談だよ」
「はあ」
あらら、またツンとしちゃった。からかいすぎたかもと私は舌を出してプチ反省。
「ちゃんとおかずも入れとくから安心して」とフォローした。
「はあ」
私は空気を換えるように切り出した。
「先に聞いておきたいんだけど」
「なんですか?」
「嫌いなものとかあったら教えて。入れないようにするから」
「嫌いなもの」と首を傾げる蒼くん。
「――はとくにないです」
「そっかそっか」と頷く私。じゃあ自分のと同じ感じでオッケーかな。ふふん♪ 二人分のお弁当かぁ……ほわ〜〜〜〜ん。と妄想に浸る私。
蒼くんは茶碗を持って立ち上がった。
「乃々さんは、お代わりいいですか?」と聞かれてようやく現実に戻る私。
「あ、するっ」
蒼くんがお茶碗を受け取り、私の分も豚汁を入れてきてくれた。彼は戻ってきて食卓にそれを置くとまた席に着いた。
「ごめんね、本当は私がやってあげなくちゃいけないのに……」
「別に、気付いたほうがやればいいだけのことですから」
ズバッ! クールに両断。私は「そうだね……」と苦笑い。よ〜し、今度こそぉ。
「あのさぁ」
「なんですか?」と言うように顔を向ける蒼くん。
「甘酒って飲んだことある?」
「甘酒、ですか? ありますけど」
「買ってきたから、食後に飲まない?」
「じゃあ少し」
あまり気が進まなそうな返事だったが、食べ終わったところで私はさっそく冷蔵庫に向かった。甘酒、甘酒っと♪ 冷蔵庫の中からスーパーで買ってきた密封パック入りの甘酒を取り出した。それをハサミで開封して鍋に開け、同量の水と一緒にグツグツ煮込み、煮えたところで火を止めて掻き混ぜる。これを蒼くんと一緒に飲みたかったんだよね〜むふふ。甘酒をマグカップに入れて蒼くんが待つ食卓まで運んだ。
「おまたせ」と。私は席に着いて両手で温かいマグカップを包み込んだ。ゆらゆらとやわらかい湯気が立ち上る。ズズっと蒼くんは一口啜った。
「?」
瞳がパチッと軽く見開かれた。
「おいしい」
「でしょ〜?」
啜りながら頷く蒼くんが、かわいかった。
水曜日、蒼くんにお弁当を持たせてあげた。乃々さん弁当お口に合うかな。夕飯でダメ出しされたことないから多分大丈夫だとは思うけど……
「長倉ちゃん、何遠い目してんの?」
「ぇ……」
昼の休憩時間中、箸を持つ手を止めてぼんやり考え事をしていたら、バイト仲間の主婦――鈴木さんに声をかけられた。パチクリパチクリ瞬きして一時停止を解除する私。
「あ、ああ、ちょっと考え事してました」
「考え事? もしかして……」
含みを持たせる鈴木さん。
「恋の悩み?」
「はあ!? 違いますよ〜」
「怪しいィ」
「怪しくありませんっ!」
「怪しい、怪すぃー、怪スイーツ」
「はいはい、おもしろいおもしろい」
陽気に囃し立てる鈴木さんを、私は軽く受け流す。やれやれとミニトマトを箸で摘んだ。ポロっ。コロコロコロコロ。
「あっ……」
それは箸の間を摺り抜け、テーブルの上を転がり、取ろうとした手の下を通過して床に落下した。やだ。何動揺してんだろ、私……
床に落ちたのはさすがに食べたくないので、席を離れ後ろのごみ箱にそのトマトを廃棄した。ごめんよ、トマト一号(←二個あった)。ストンと落ちる様を見送る。と突然、背後からブーーーッと唸る振動音が響いた。
「長倉ちゃん、ケータイ鳴ってるよ」と鈴木さんが私を呼んだ。
「はーい」と急いで私が駆け付けると
「あ、なんかメールが来たみたいよ」と鈴木さん。私はケータイを手に取ると目を瞠った。“蒼くん”? 意外な人物の名前がディスプレイに表示されていたので一瞬戸ってしまった。なんだろう? と思いながらメールボックスを開くと
“ごちそうさま”
というメッセージが。その下に空のお弁当箱の画像が添付してあった。
……うわうわうわうわうわうわうわ、る、涙腺がっっ。なにこれ――
嬉しい。
蒼くんてこんな粋なことしてくれる子だったの? いつもツンツンしてて、何考えてるのかわかんないけど、こんなのサプライズだよ。嬉しすぎるんだけど〜〜っっ!?
時が止まったみたいに、私はしばらくケータイの画面を見詰めていた。




