第18話 絵描きでは終わらない
空を見上げると、小鳥が飛び交い囀ずり、天気は快晴で雲一つない青空だ。
その光景を見てると、心が安らぎ落ち着きをくれる。
僕は外の風景から目を外し、真っ白な紙に線を何本も引いて一つのイラストへと変えてゆく。
顔の輪郭、身体の間隔、背景の位置、それぞれ決めて線を入れる。頭にあるイメージからそれを描き出す。
今僕は体育祭のイメージ画を作成している。
もちろん僕が進んで描いているわけもなく、会長から直々に任された。
ちゃんと体育祭実行委員とか担当がいるのだから、そういうところに任せればいいのに。なんて思うが、それは会長だって馬鹿ではない。ちゃんと理由があるのだろう。会長なりの。
「……あってほしいな」
なかったら泣けるよ。
「なにがあってほしいのかな?」
教室後ろの出入り口の方から声が聞こえた。
僕がその声に反応して振り向くと、そこには綾未麻瑠さんが扉に手をかけて立っていた。
「綾未さん……」
「やっほ。んでんで、なにをしてるのかな?時峰君は」
僕の席まで来て机の上を覗き込む。
「わ、時峰君、絵がうまいんだね」
「そんなことないと思うけど」
「いやいや、謙遜しなくてもいいのだぞ。この私にはわかる……時峰君は絵が上手だとっ」
うんうんと首を縦に振りながら褒めてくれるのが、照れて、僕は赤くなった部分を削ぐように頬を掻く。
ちょっと大袈裟な気もするけど、素直にお礼を言う。
「綾未さん、ありがとう」
「うむうむ」
僕のお礼の言葉に満足気な綾未さん。
「それで、なんの絵描いてるの?」
そして目が丸くなり、口の形がωになる。
「あぁ、体育祭のイメージポスターだよ。実行委員に任せればいいのに、会長ってば、僕に押し付けるんだ」
あははと笑って見せる。
「でもそれって、時峰君のことを信頼してるってことだよね」
「そうかな?」
「そうだよ。信頼してない人に仕事を任せる人だとは、私には思えないかな」
僕は意外と人のことを見ている綾未さんに驚き、根からすごいと思えた。
「綾未さんって……」
「ん?」
「ただノリがいいだけと思ってたけど、見てるとこは見てるんだね」
「それ、どういう意味かな?」
口を尖らせ頬を膨らまして怒った素振りを見せる綾未さん。
けど目元が笑っているので本気ではないとわかる。
「私はね、時峰君」
口調が少し真剣味を増した。
「ただ怖いんだよ」
なにが?そう言葉にしようとしたら、綾未さんはいつもみたいな笑顔を作り、僕に発言をさせなかった。
「人の視線が。……ううん。それだけじゃない。他にも言葉、反応、思い、仕草、挙動……相手が私のことをどう見て、どう思うか。人と接して嫌われないか、離れたりしないか。そんなありふれた生活の中のできごとすべてが怖いんだ……私は。そんな私は臆病で…怖がりで」
そんなことはないと言ってあげたかった。
けど、寂しげな表情する綾未さんを見ていると、とても軽い言葉を言えはしない。
「だから他人のことは嫌でも見てしまうんだ。時峰君はどうかな?こんな私をどう思う?私は卑怯なんだ。毎日人の目を気にして、取り入ってもらおうと躍起になって差し当たりのない選択をする。そんな私は、嫌い……かな?」
「……」
なんて悲しい、寂しい表情をするんだ。
いつも綾未さんとは違う、裏の綾未さんみたいな……そんな雰囲気。
「僕は…」
綾未さんにどんな言葉をかけてあげればいい?
僕は、どんな……。
「ごめんね。いきなりこんな話して。大丈夫だよ。私は知ってるから、時峰君が優しい人だって。だから迷ってるんだよね。今の私にどんな言葉が一番いい結果をもたらすのか」
――私はそんな困った顔をする時峰君が好きだよ
僕は結局なにも言えない。
「あ、私行くね。またね、時峰君」
スカートをひるがえし、振り返ることなく教室から出て行く綾未さん。
僕は大事な時程なにも言えなくなる。
どうしてなのだろうか……。
その日、僕は絵を描くことができなくて、翌日に持ち越した。
そして次の日、綾未さんは変わらずのテンションと明るさをみんなに振る舞っていた。