第19話 訪れただけでは終わらない
7月も残り僅かになり、体育祭の仕事も事細かな雑用が増えてこれからが本番ってな感じになりつつ、心の片隅には夏休みのことも考えなくもなかったりな僕。
夏休みはどう過ごそうかと貧相な想像と言うなの翼を広げながら廊下を歩く。
今日は風紀取締委員に用があり、その割り当ての委員室に向かっている。
――コンコン
着いたところで扉を軽く小突く。
「あ、はい。どうぞ」
今日は西田さんじゃないんだなと思いつつ、扉を開ける。
「いらっしゃいませ。悠人先輩」
笑顔で出迎えてくれたのは一年生の日笠日和さんだ。
まだ一年生だというのに、先輩にも慕い慕われ、その誰にも隔てがない性格から買われて風紀取締委員の期待のホープとかわいがられている。
「えっと、西田さんいる?」
「いえ。今は所要で出掛けています」
その西田さんも実際は一年生でしかも委員長なんだけどね。
「……そっか」
「今日はどのようなご用件でしょうか」
「あぁ、うん」
えっとね……。と呟きながら持っていたA4の封筒を見せる。
「体育祭用のアンケート用紙が集まったから、それの大丈夫そうなのをまとめてもらおうかと思って……」
「風紀取締委員が認める内容であれば、それだけを案件にして、また生徒会に渡せばいいんですね?」
さすがだ。こうも要件をまとめられるとは。
賞賛に値する。って、そんな偉そうなことは言えないんだけどね。気分だけでも、ね。
「うん。そうしてくれると助かるよ」
というかそうしないとまた西田さんが会長の所に行きかねないからな。そうしたら西田さんが会長に問題ないか訊く、会長がちゃちゃを入れながら話をうやむやにする、今度は西田さんが会長に憤慨する――というサイクルが出来上がるわけだ。それだけは阻止しないと。
「わかりました。後日届けますので、安心して待っていてくださいね」
「あ、うん」
しかし、こうして見ると……本当に風紀取締委員に所属してたんだな。
知ったのが先月なのだが、今でも慣れないでいる。風紀取締委員の存在も先月なんだけどね。知ったのが。
「?」
見られているのが不思議なのか、かわいらしく首を傾げる日和さん。
「あ、いや。本当に委員会に入ってたんだなって、今さらながら実感したっていうか……」
「ふふ。何度もこちらへ来てるのに、変な悠人先輩です」
こっちにイラっとさせない微笑みは、むしろ癒しを与えてくれる。
完璧なまでに相手とのやり過ごし方を心得ているな。
「ということは……今、日和さん一人だけ?」
「はい。そうなりますね」
そうか。だとすると、初めてじゃないか?日和さんと二人切りというのは。
いつも僕が来る時は西田さんがいるからこういうことはあまりない。
「あら。私と二人切りだからって、変なことしようとしてます?」
「……え?――て、いやいやいや。しようしてないから。なに言ってるのさ」
「冗談です」
くすくすと手を口元に寄せて笑う。
その仕草はかわいらしいものだが、言うことは心臓にわるい。
「もう、からかわないでくれよ」
「だって悠々先輩の反応が私を楽しませてくれるものですから、つい」
ついのところで舌を出すが、それが嫌味に聞こえないのが日和さんの女の子らしさの特権なのだろうか。それどころか、むしろかわいいと思える。
「先輩は毎日お仕事お疲れ様です」
日和さんは労いの言葉を忘れずに……というか、素の本心で言うのだ。素直に尊敬する。
「そう言う日和さんこそお疲れ様」
「いえ。私は毎日ではなく、手が空いてる時に手伝わせていただいてるだけですので。そんなに大したことしてないんです。……でも、ありがとうございます」
日和さんは慎み深いというかなんというか。自分に対しては割と厳しい。そんなところに惹かれるのだろうけど。
というか、それだと僕は年中暇な人みたいじゃないか。違いはしないんだけどね。……悲しい。
「僕だって休みの日くらいあるさ。でも、日和さんの方が役に立つんだから。謙遜なんてしなくていいのさ」
「そんな、私なんてまだまだですよ。それに、私がやりたくてやってるんです。それを盾にしたりなんかできません」
この台詞をどこぞの会長さんに聞かせてやりたい。聞かせてやりたい。大事なことなので二回言いました。
「さすがだね。僕もその心意気を見習わないと」
「ふふ。悠々先輩にそういっていただいて光栄です。私も頑張りたいと思います」
「うん。頑張ってね。応援してる」
「私も悠々先輩のこと応援してます」
互いに応援し、笑い合う。気持ちが通じ合ったみたいで、なんとなく気持ちがいい。
「それじゃあ、僕はもう行くね」
「はい。名残惜しいですけど、さよならです」
「はは。僕もだよ。さよなら」
手を振ってから部屋から出た。
生徒会室へ向かう足取りは意外と軽かった。




