杯よりこぼれしもの
影の魔術師ウィンドウからまさかの…突然のキス!想定外の事態にフリーズする俺!なんとそこに…先輩⁉ 走り去る先輩を追う俺!なんだこの展開っ!シナリオ書いた奴出て来いっっ!この手の修羅場のノウハウゼロで…取り戻せるか?先輩からの信用を‼
RPGっぽい異世界なう。
あまりのことに硬直する俺。
え⁉あの!ちょっ!ウィンドウ!…さん⁉これ…どういう?
ああああっ!
ぎゅうううっ!って…。
ウィンドウの体に俺の体が密着する。触れた部分は冷たくも温かくもなく…でも女性特有の丸さというか柔らかさというか…生身の感触は影のローブ越しに感じられた。意外にさらっとした髪からは甘いお香のような匂い。
ってか、こら!一回ストップ!お前!
「ヒロ…」
はぁ…、とウィンドウのため息が耳たぶをくすぐる。
わわっ!顔が赤らむのを感じる。体温が上がり、心臓がばっくんばっくん音高く鳴る。
「わたし…」
ウィンドウが何か言いかけたその時。
がさっ、と砂浜に何かが落ちる音がした。見るとそこには…。
先輩!
先輩は信じられない、という表情で一歩ニ歩後ずさりする。
何か言いかけて開いた唇が、なんの言葉も紡がずに閉じ、噛み締められた。
そのまま何も言わずに基地の方に向かって駆け出す。
待って!先輩!
俺はウィンドウを振りほどく!
…ウィンドウ!後でキッチリ説明してもらうからなっ!
俺から視線を逸らしてうなだれるウィンドウを残し、俺は先輩を追う。
先輩の立っていた場所に、倒れた三つの紙コップ。砂にこぼれた湯気を立てる液体の染み。コーヒーかなんかか?…ウィンドウの分まで…ちいぃぃぃっ!
にしても先輩、足速えっ!
けどこのまま行かせるわけには…!
ぬおぉぉっ!根性っっ!
大きくなる先輩の背中!
ダッシュ!ラストスパートッッ‼
ぐっ!と先輩の肩を掴み強引に引き止める!
先輩っ!待って!違うんです!
…ああ我ながら安っぽい台詞!けど他になんて言う?
ばっ!と振り向いた先輩の髪からほのかに石鹸の匂いがした。
よく見れば髪、濡れてる?米軍の誰かに上手いこと頼んでシャワー借りたんだな。で、コーヒーまで…。こんな時だが流石先輩。たぐい稀なネゴシエーション能力。
「離してっ!何が違うのよ‼」
…そりゃそうだ。
ウィンドウに実験するから眼を閉じて立ってろって言われたんです!そしたらあんなことに…。
「ドキドキしたんでしょ‼」
それは…あんなことされてすんなつうのが無理ですよ。
きっ!と先輩が俺を睨む。
その眼は涙で一杯だ。
「なんですぐ突き飛ばさないのよ!されるがままで!馬っ鹿じゃないの‼」
俺もパニクって…頭真っ白になってどうしていいかわかんなかったんですよ!
「邪魔して悪かったね!あたしが来なけりゃもっと先まで進めたのに!」
やめて下さい!そりゃウィンドウのことは嫌いじゃないけど、仲間として上手くやって行きたいと思ってるだけで…そういうんじゃないです!
「不本意にあんなことされたなら、なんであんな影女の肩持つの⁉ 少しは怒ったら⁉」
あいつの立場になったら…ひどく怒ったりできませんよ。あいつこの探索が無事終わったらまた…何十年か何百年か…とにかくすごく永い間、また塔のあの部屋で一人ぼっちなわけでしょ?誰かを好きになったりしたら、限られたチャンスに対してナリフリ構っちゃいられないんでしょうし。
「だから何されてもされるがままでいいっていうの‼」
そうじゃないですって…。俺はあいつの気持ちには応えてやれません。それはあいつも分かってると思うんです。だから「実験」だ、なんて騙し討ちしたんだろうし。
「聴きたくない!離してっ!離してよっ‼」
先輩…。
「先輩なんて呼ぶなって言ってるでしょ‼ 影女には無かった名前まで付けて名前で呼んでるクセに‼ 」
……。
もなみはぽろぽろと涙を流す。
「だから…だから嫌なのよ。清水君のそばは。あなたのそばにいると、あたし…嫌な女になる!あたし自身が嫌う、聞き分けのない、感情的な人間に!分かる?…こんな…人前で怒り散らしたり、泣きわめいたりしたくないの。けど…あなたの近くにいると…そんな自分の生臭い所がどんどん出てきちゃうのよ!だから…だから…。…ほら、気持ちの整理もできない。あたしがあたしじゃなくなる。清水君の言うことは分かる。けどイヤなの!我慢できないの!あの女と清水君がしたことが‼」
…ごめん。俺に隙があったからだ。ウィンドウの気持ちにもっと早く気づいて、身構えとくべきだった。
「違う違う!悪いのはあたし!あたしがあたしを許せないし、
気持ち悪いの!頭で考えればニブいあなたが魔女に騙されて唇奪われるくらいのことはあって当たり前と分かるの!でも納得しないあたしがいるのよ!あたしの中に!だからしばらく独りにして!今のあたしを見ないで!あたしのことは放っておいて‼」
もなみは俺の手を振りほどくと基地に向かって駆けて行った。
俺は掛ける言葉も見つからず去って行く彼女を見送った。
もう一度追いかけて捕まえても…今のもなみに、なんて言っていいやら見当もつかん…。
もなみがあんな風になるなんて…声荒げて怒って、ぼろぼろ泣いて…。そういやファムももなみもウィンドウが俺にちょっかい出そうとした時はえらく感情的になってたな。彼女たちは早い段階でウィンドウの気持ちに薄々気づいてたのか。にしても…ウィンドウ。あいつ…。
「…ヒロ。」
おうわっ!ウィンドウ!
「ごめんなさい。こんなことになって…。」
…ああ。それはもういい。過ぎたことだ。こぼれた水はコップには戻らねーからな。それよりお前からきちんと聞きたい。なんであんなことしたんだ?
「…わたし、最初はあなたが…ヒロが不思議な何かを持っているんだと思った。普通じゃない何かを。それを解き明かすつもりだった。前に言った通り、あなたに質問したり観察したりして。」
ああ、それに協力するって約束はした。けどお前…あれは…。
「分かってる。ごめんなさい。普通じゃないのはわたしだった。あなたに今日した質問は、わたし自身の状態を確かめる為のもの。あなたの答えは…わたしには頷ける内容ばかりだった。あなたを目で追って、あなたとの会話が忘れられず、あなたのことばかり考えて…。」
……。
「手間暇かかるのねって、あの時あなたには言ったけど、わたしもそうだった。そんなはずない、好きになったりしないって。だってわたしは…人間じゃ…ない。ウェルトゥを護る塔の管理人。何万年もの時を生きる、魔術師の影。誰であろうと人間を好きになって、結ばれるわけ、ない。」
ウィンドウ…。
「だけど確かめずにはいられなかった。そうなのか、そうじゃないのか。もし確かめないまま、あなたと離れ離れになったら…わたしは疑問と自己嫌悪を抱えたまま、永遠とも言える時間を生きることになる。」
…その為の実験、か。
「そう。結果は想像以上だった。あなたを抱き締めて、唇を重ねた瞬間…今まで抱いたことのない感情がわたしを包んだ。熱い何かが湧き上がって、抑えが効かなかった。あなたの体温と唇の感触、汗の匂い、心臓の鼓動…わたしの中にあなたが溢れて、あの瞬間…あなたが世界の全てになった。」
…ウィンドウ、俺は…。
「その先は言わないで。分かってるから。あなたとどうこうなろうって気はないの。始めからね。でも…それでも言わせて。わたしは、あなたが好き。これまで出会った誰よりも。そして多分、これから出会う誰よりも。影をくれなんてもう言わないわ。わたしはウィンドウ。あなたのくれた名前。あなたのおかげで魔法で生み出された影だけのわたしが人間と同じか…それ以上の脈打つような心を持てた。この任務が終わってあなたが去っても…あなたのくれた名前と心は残る。管理室で独りきりでも、もう寂しくないわ。わたし自身に、あなたの『かけら』が…宿っているから。」
……。
「…なんて顔してるの?ふられたのはあなたじゃないのよ?」
……ああ。
「大丈夫。言うこと言ったらすっきりしたわ。あなたに質問してよかった。確かにこれを言わずにいたら、永遠に管理室の床をのたうちまわらなきゃいけない所だった。誇張抜きに、ね。」
くすくすっと悪戯っぽく笑うウィンドウ。
無理して強がってる様子はない。
が…なんて言っていいやら。
「あなたが悩むことじゃないわ。わたしがわたしの中で解決すべきテーマ。わたしのことなんかより、もなみのこと、考えてあげて。彼女には悪いことをしたわ。まさかあのタイミングであの場に居合わせるなんて。」
ほんとに…。明日どんな顔して会えばいいんだ?
「とにかく…わたしが言うのもなんだけど、もなみに対して今日あなたができることはもうないわ。」
そうだな。無理に話し合おうとかしてもこじれそうだ。
「ならもう眠ったら?勇者様。体を休めるのも勇者の務めの一つ。明日から森と砂漠の二つの魔境を越えるんだし。疲れてるんでしょ。…ひどい顔よ。十日くらい徹夜でもしたような。」
ああ。全くその通りの気分だ。
はぁぁ…。なんて日だ、今日って日は。内容が濃すぎる。何もかも忘れて、ほんと十日くらい眠り続けてえよ…。




