泣き虫ですが何か?
戦いは終わった。しかし失われたものは帰らない。ホセ・アントニオ・バティスタ…俺は、俺たちは君を…忘れない。絶対に。
RPGっぽい異世界なう。
硝煙の…花火の後のような臭い。
夏の澱んだドブ川のような臭い。
焼ける下草と木の発する煙の臭い。
うめき声。嗚咽。
ぶつぶつと英語で垂れ流される…多分罵りのスラング。
腐汁の沼。宙に漂う魚の死体。
そこかしこから立ち昇る煙。
立ち尽くし、座り込み…。
思い思いの有様で呆然とする米兵。
俺は戦いの最中の記憶を頼りに、ふらふらと彼を探した。
…居た。
充血した眼を見開いたまま。
口元を、大量の血で朱黒く染めて。
茂みに半分引っ掛かって、半分は地面にだらしなく倒れる。
俺は黒人の兄ちゃんの上半身を抱き上げる。…軽い。一泊分の手荷物のような軽さ。地面の半分と整えて人の形に。
投げ出された手を胸の上で組ませ、開かれたままの瞼に触れて、そっと閉じさせる。
冷たい。触った肌は…生命感のない、何かの素材…材料のようだった。
剣を抜き、さっ、と一度下段に払って両手の掌と親指で挟む。
そのまま掌は剣を伝って距離を狭め、剣を挟んだまま合掌の形になる。
眼を閉じ、頭を垂れ…俺は黒人の兄ちゃんの冥福を祈った。
ごめん。
ごめんな、黒人の兄ちゃん…。
こういうことにならない為に、俺たちが同行してたのに
俺が最初から…もっと用心してたら。
俺があの時、そばにいれば。
はなから迷わず…腐敗の剣にしておけば。
化けザリガニのハサミから、きっと助けてやれたのに。
歳だって…俺と変わんねえよな。
ジャーキー食って「ハード!」なんつって笑ってさ。
彼女とかいんのかな?
親御さんや兄弟は?
地元の友達は?
今からやりたいことだって…。
一杯…一杯あっただろうに…。
俺は胸を締め付ける感情が堪えられなかった。
ぅわあぁぁぁぁっっ‼
ひぃぃぃ…ん‼
なんで…なんで、こんな事に…!
無惨な遺体の隣に、立って居られずに膝を折る。
兄ちゃんの胸の上の手に自分の手を重ね、血と埃まみれの顔を見る。
うううう…っ!
ぇえぇぇぇぇ…んんっ‼
俺は勇者の立場も恥も外聞も忘れて溢れる気持ちのままに泣き叫んだ。
その肩をぽん、と叩く者がいた。
…ipodの兄ちゃん。
彼は胸の前で十字を切ると、両掌を組んだ。仲間の死を悼む為に。
ぷりーず。ひず・ねーむ…。
「Jose…。Jose Antonio … Bautista。」
ホセ・アントニオ・バティスタ….。
忘れねえよホセ。あんたのこと。
こんな狂ったような世界でも、異世界人に分け隔てなく接して、チョコまでくれるような陽気なホセを。俺は忘れない!
絶対忘れない!
気が付くと眠るホセの周りには、いつの間にか何人もの米兵が集まり輪になってそれぞれの神に彼の為の祈りを捧げていた。
「…ヒロ。」
肩に止まる黒い鳥。
俺は呼吸を整えて涙を拭った。
ホセに一礼して剣を鞘に納める。
ウィンドウ…ありがとうな。
お前の魔法がなかったら…もっととんでもないことになってたよ。
さっきはゴメンな。
頭に血が登って…仲間のお前を斬るなんて口走って。
お前の力で…ウィンドウのお陰で俺たちは今こうして生きてるってのに。
「…いいのよ。あなたの力になれて…嬉しいわ。…ヒロ。」
うん?
「あまり…気を落とさないで。彼の死は、あなたのせいじゃない。」
…ありがと。でも…全然気にしないってのは到底無理だ。
「でも…。」
…分かってる。いつまでもメソメソしてみんなに迷惑は掛けねーよ。
「ヒロ…。」
ファム。怪我はないか?
「うん。…大丈夫?ヒロ。なんか…ぼろぼろやで?」
そこかしこ痛いが…まあ死ぬような怪我じゃない。平気さ。
「……。」
ファムは何も言わずに俺に抱きつく。
俺は柔らかく彼女を抱き締めると、彼女の髪の匂いを胸一杯に吸い込んだ。
ファム…。
米兵たちの負傷者の様子を見て来てくれ。
癒し、まだ残ってたよな?
「…でも、ヒロに…。」
兵隊たちが元気ならな。
見た目はひでえし、どこも痛くないっつったら嘘になるけど…歩いたり戦ったりできなくなるよな怪我はねえよ。
「分かった。回数が残ったら、必ずな。」
ああ、楽しみにしてる。
あ、ヴァリー。
さっきはありがと。ゴメンね。乗り物に使って。
「いや…ヒロを乗せてあの化け物に向けて駆けた時、不思議と全く怖く無かった。不思議だが気持ちが盛り上がって…気持ち良かったんだ。」
流石、本職の騎士。俺は正直怖かったよ。
「…違う。奴を倒すという思いに燃えたお前が一緒にいたからだ。俺一人ではあんな怪物に立ち向かおうなんて…できなかったさ。ヒロ。お前が望むなら俺は何度だってこの背中にお前を乗せよう。勇者の騎馬として、共に戦場を駆けよう。改めてこの命、お前に預ける。…ですって。」
…お互い様だ。俺の命もヴァリーやみんなに預ける。俺たちは一つだ。厳しい道行きになりそうだが、助けあって…生き残ろうな。何がなんでも。
ヴァリーはシャベリンを胸の前に立てて騎乗の礼をすると、だっちゃ姉さんの方に去っていった。
「ヒロ。」
アベさん…怪我とか無さそうですね。流石っす。
「こちらの世界のメンバーではお前が一番重症だ。脇腹の傷…血止めして貰え。化けガニの背から…肩から落ちたように見えたが、大丈夫か?」
新しい鎧…肩当てがあったからまだなんとか。昔の胴鎧だったら肩外れるか折れるかしてたでしょうね。商魂逞しくもいい仕事してる武器屋の大将に感謝っす。
「さっきのは…魔法か?」
ええ。ウィンドウの。かなりヤバイでしょ?当たったら問答無用で発動らしくて。自分や仲間に当たったらシャレにならない…。ウィンドウは危ないからやめろって渋ったんですが…今回は上手く行きました。運が良かったです。
「ン・ティガ・ポがこの場にいたら新たな英雄譚が生まれてたのにな。」
逆にいなくて良かったです。
仲間を死なせたこんな戦いで英雄扱いなんかされたら…絶対に胸くそ悪いし。
「そうか…あまり自分を責めるな。過ぎた責任感は重荷になるだけじゃない。時として人の命を奪う。俺にとって…お前は、その…息子みたいなもんだ。あまり無茶をして、心配を掛けるな。…だそうよ。」
アベさん…ありがとうございます。
ヤケにならずに、拾った命、大事にします。
「口ではいつもそう言うのよね!」
あれ?ファム…じゃなくて、もなみ?
「いざと言う時は抜群の逃げ足を見せよう、なんて言ってた癖に。一度死んだらいいのよ!馬鹿!」
また…怒ってる。
あの…米兵の治療は…?
「女性兵士の他にもう一人、ザリガニの突進に巻き込まれて肋骨を折って内臓を傷めた人がいたけど…完治してる。けど癒しは品切れよ。あとは大した怪我人はいない。元々メダカだけならなんとかなってたのよ。」
…っすね。
「大体あなたは…」
「Thir.hiro.」
あ、海兵隊の隊長さん。
「我々の部隊はあなたに救われた。我々の装備は…残念だがこの世界の魔法に護られた怪物に無力だと分かった。情けない話だが…改めて協力をお願いする。これからも共に戦って欲しい。…って。」
もなみ…ありがと。
勿論そのつもりです。
ミスター・ホセは…残念な事をしました。力が及ばず…悔しいです。
「海兵隊を志した時から皆、任務で命を落とす覚悟はできている。あんな非常識なモンスター相手に、死者が一人だったのは逆に奇跡と言っていい。だが、それでも…。」
それでも?
「部下の為に涙を流してくれてありがとう。この先、我々の部隊は…勇者ヒロとその仲間たちの為に、自分の身を顧みるような事はないだろう。ブラザーフッド…同胞として。」
ありがとうございます、中尉。
もなみ…。
「何よ。」
心配してくれてるとこ、重ねて悪いんだけど…。
「だから何?」
ちょっと俺…気ぃ失うわ。
すまん、あと…たの
「ひろ坊…。」
「ママ…。」
「泣かないで…。」
「うん…。」
誰かに頭を撫でられている感触。
夜風?涼しいな…。
薄っすら目を開けると…夜だ。
夜の森。木々のざわめき。虫の声。俺の顔を覗き込む女の子のシルエット。
…膝枕、されてるのか?
あー…ダメだ。頭がはっきりしない。
もう一撫で…久しぶりだな。
頭、撫でられるなんて。
…もなみ?
「……。」
ありがと。介抱…してくれてたのか?
「…うちやで。もなみは寝とる。」
嘘ばっかり。どう見ても…もなみじゃん。高校の頃、俺がどんだけもなみのこと見つめてたと思ってんだよ。バレバレだ。
「……。」
…もなみの言う通りだった。
米兵とのコミュニケーションの打ち合わせ…してなかったから話しかけられて焦ったよ。
「……。」
結果的にないがしろにして…ごめんな。
「…目を閉じて。眠りなさい。あなたは…頑張り過ぎよ。もっと仲間を…あたしを頼って。」
…ああ。
体は鉛のように重い。
抗えない眠気。
人肌の温もりに身を委ねる安心感。
俺の唇に柔らかい何かが当たった感覚?
あれ?なんだ…?
そこで再び意識は途切れた。




