腐敗の剣
旧帝国の神殿の島。不気味な森で迎える大ピンチ!銃撃の効かない空飛ぶメダカ…こんな冗談みたいな連中にやられてたまるか!対抗魔法をエンチャントした剣を手に、戦場を駆ける俺と仲間たち!そこに…さらに絶望的な脅威が現れる!巨大な…あんな奴、倒せるのか⁉ 俺‼
RPGっぽい異世界なう。
ファム!どこだ!無事かっ!
辺りは怒号と銃声、悲鳴が飛び交う戦場そのものだ。
来た!飛びメダカ‼
のたうつような泳ぎの動きで一直線にこっちに…!
がつッッ!
ぐわっ!痛ぇ!
後ろから⁉体当たりして通り過ぎてく!
って前から来る!
スピッ!
浅い‼
ヒレは落としたけど仕留め切れてねえ!
よろよろ変な動きで逃げてく!
一旦これで…。
ふぉっ、と後ろから風切り音!
咄嗟に身を屈める!
高速で飛びメダカが通り過ぎる!
痛え…さっきぶつかられた後頭部、こぶになってる。
これ一匹一匹は大したことないけど数が…。みんなは⁉
顔を上げると辺りは…死んで宙に浮く飛びメダカ、半狂乱で小銃を撃ちまくる米兵達、各々の刃を振るう異世界メンバー、ひゅんひゅんと飛び回る元気なメダカ…ヤツらの鱗が陽に輝いて時折キラッとする。…なんだこりゃ。地獄か?
息を吸い込む。叫ぶために。
カバー!イーチアザー!
エイム・ゼアアイズ!
俺は走りながら叫ぶ!
キープ・クールヘッド!
ウィーキャン!ウィン!
立ち止まっては迫るメダカを斬り捨てて!
カバー・イーチアザー!
トラスト!チームメイツ!
ファム…いた!
だっちゃ姉さんと馬ヴァリーに護られながら女性兵士に回復魔法の真っ最中。
ファムの援護に加わり、剣を構えて背を向けたまま。
ファム、無事か!兵隊さんは!
「うちは…」
ぼうわぁ!っと炎の壁!
熱っ!近いよだっちゃ姉さん!
「うちは大丈夫。この人も…施術が早かったさかい、大丈夫や。」
「ここはうちとヴァリーで足りるっちゃ!ン・アベェもン・エレンもあの様子なら大丈夫!ヒロは兵隊たちのサポートを!みな混乱してるっちゃ!」
分かった、と言おうとした時、何かに突き動かされたように俺はだっちゃ姉さんをどんっ、と突き飛ばした!
俺自身もなんでそんなことをしたのか分からない。
身体が勝手に動いたようだった。
ピュンピュンピュン!
次の瞬間、姉さんのいなくなった空間に米兵の小銃の流れ弾が!
づあっ!脇腹かすめたっっ!
姉さん側に一歩踏み込んでたからな。痛い!鎧下に血の滲みが拡がってく。危ねえなっ!ちっとズレたら致命傷だぞ!痛いぃぃっ‼誰だコンチクショ仲間撃ちやがって!いいいっ!痛えよおぅっ!
突き飛ばしてからここまで…0.2秒。
「ヒロ、ありがと!」
ああ!確かに兵隊の混乱をどーにかしねーと…!
思いっきり叫ぶ。同志討ちなんて笑えねえっ!
コーション!ウロングシューティンッッ‼
ラム姉さん!ヴァリー!
悪りいがここは任せた!
ちょっと行ってくらぁ!
「ヒロ!無理したあかんで!」
ああ、ファムもなっ!
と、振り向いて駆け出そうとした時…。
もわあっと砂埃が辺りに舞い上がった。えほっ!口に…!
なんだ⁉爆発…じゃなさそうだが⁉
モヤの中から何かが飛び出して、空中の飛びメダカを捕らえた!
あれだけいた飛びメダカの群れが、さーっといなくなる!
ハサミ…メダカを挟んでるのは巨大なハサミだ!カニ?いや!
徐々に晴れる砂埃から姿を現すそいつ!
わらわらと蠢く脚、陽光に鈍く輝く鎧の様な甲殻、尖った頭部の先から伸びる長い長い触覚、表情のない、ボーリングの玉のような目…ザリガニだっ!白い…巨大なザリガニ‼
で…でかい‼
電車くらい…いやそれより一回りでかい⁉
ヒョルルルルッッ‼
…何この音?ザリガニの…鳴き声⁉ 初めて聞いた…ってそんな場合じゃねえっ!
海兵隊が撃ちまくる。
シポッ!ッズバンッ‼
と爆発の華を咲かせるのはライフル下部オプションのグレネードランチャーだろう。
だが奴はもろともしない!
わらぁっと沢山の脚で巨体を持ち上げ、ハサミを微妙に持ち上げて…。
ザワワワッ!
速い!10tくらいはありそうなあの身体で…⁉
そうか!「理違え」…!水中の、浮力がある状態の物理法則を作り出してるのか!じゃあ甲羅も当然…!
タタタタッッ!
タタン!タタン!タタン!
シポッ!ッズバン!
やっぱり…!
タングステン・カーバイト製の5.56mmNATO弾の雨も、HNIW型高性能成形炸薬の爆轟も全く意に介さない様子。
「矢滑り」か、くそっ!
やつは感情を持たない殺戮機械のように海兵隊の列にすごい勢いで突っ込んだ!
辺りにもうもうと砂埃が舞い上がる!
…この埃の舞い方も、水中のそれだ。
あ!あいつ、ハサミで誰か挟んでるっ!
「Nooooo…‼」
スニッカーズの…黒人の兄ちゃん‼
いかん!助けないと‼
俺が駆け出そうとしたその時…‼
「エグ…!」
黒人の兄ちゃんは口から大量の血を吐いて動かなくなった。
身体が不自然に二つに折れ曲がる。
ぶらん、と服で繋がってはいるが、両断されているのは一目瞭然だった。折れ目の衣服は溢れ出た血でズブズブに紅黒く染まる。
化けザリガニはゴミのように黒人の兄ちゃんの遺体をその辺に捨てた。
立ち尽くしてそれを観ていた俺の中で何かが切れた。
頭がくらっとして、次の瞬間、全身を煮えたぎるような感情が支配した。
あいつッ!…許せん‼ あのザリガニ…ブッ殺す‼
強く指笛を吹く。
来い!ウィンドウ‼
鳥ウィンドウが肩に来る。
「ヒロ…平気?顔が真っ赤よ?」
使用者にも危険な、威力のある魔法がある、って言ったな?俺の剣に掛けろ、その魔法。今すぐ。
「腐敗の雲…でも、この魔法は…。」
いいから早くしろ!二度は言わねえ!今の俺の剣は…お前だって斬れるんだぞ!
「…分かったわ。剣を地面に置いて。鞘ごとよ。」
ウィンドウが再び俺の剣に呪文を唱える。さっきの破魔の輝きの時より、起伏のある複雑な呪文に聴こえた。…剣を納めた鞘の雰囲気が…変わった?なんか影が濃くなったような…。
「腐敗の悪魔を憑かせたわ。腐敗の雲は鞘から抜いて最初に斬ったものに発動する。例外なしに。あのバケモノを一撃で仕留めるなら…上に登って体の中心、体幹に向けて突き刺すのが確実ね。…いい?ヒロ。抜いた後の刃には絶対に触れては駄目。魔法があなた自身に向けて発動し…人一人なら綺麗に全部、酷い臭いの泥みたいになって崩れ落ちるわ。どんな魔法や奇跡でも…二度と生き返ることはできない。気を付けて。」
…分かった。
ヴァリィィィッ‼
パカタッパカタッパカタッ!
「ヒロ!」
半人半馬のイケメン騎士が駆け付ける。
俺は問答無用でその背に跨がる。
ウィンドウ!
「何?」
勢いで脅すような事言ってすまん…本気じゃなかった。
「…知ってる。さあ行きなさい勇者様!仲間の、仇を討って‼」
ありがとう!ウィンドウ!
オッグ!ヴァリー!
ヴァリーは一度前脚を持ち上げて勢いを付けると疾風となって混迷の戦場を駆け抜ける!
血も涙もない、殺戮の甲殻類に向かって!
銃声や怒号、悲鳴がドップラーしながら通り過ぎてく!
視界の中、どんどんその大きさを増して行く白い化けザリガニ。
振り上げられた巨大なハサミ!
ごう!と音を立てて振り下ろされたそれをヴァリーは巧みな脚捌きで躱し、かいくぐる!
化けザリガニとすれ違いざま、俺はヴァリーの背からザリガニの横っ腹に飛び移った。
近くで見れば甲羅の表面は太い硬質の毛が薄い密度で生えており、甲羅自体もボコボコと丸い起伏が一面にあって…考え無しに来ちゃったけど、登れる!これなら!
生理的に不快な材質の毛をむんずと掴み、わしわし化けザリガニの甲羅を登る!
黒人の兄ちゃん…。
名前も知らなかった…。
俺にチョコバーくれて…。
俺の硬いジャーキー食べて…。
一緒に、笑って…。
それを…!あんな風に…‼
甲羅の頂上。部位で言うと胸部の天辺に。
揺れる。迂闊に剣は抜けない。
よろけて自分に当たったら…ジ・エンドだ。
化けザリガニの背に掴まり、その動向に注意を払って一瞬のチャンスを待つ。
「アアアアアアッッッ‼」
下の方で誰かの悲鳴!
あ!ipodの兄ちゃん!
エスケープ‼ ハリィィィッ‼
…腰抜かして倒れてる⁉
化けザリガニはipodの兄ちゃんをそのハサミに捉えようと動きを止め、ハサミを振りかぶった!
てんめぇぇっ!させるかぁぁぁぁっっ‼
俺は腰の鞘から剣を抜く!
鞘走った剣は真っ黒な雲の尾を曳いた。
剣自体からもうもうと立ち昇る、黒い雲。
これが…腐敗の雲!
喰らえザリガニ野郎!
黒人の兄ちゃんの、仇ぃぃぃっっ‼
ズ…ン!
やらけっ!
俺の剣はバターに刺さるバターナイフのようにあっさりやつの甲羅にめり込んだ。
たちまち足元の甲羅に拡がる真っ黒な染み。
うわっ!ジュブッて…足の下からなんか煮汁みたいのが…。
ヒョルルル………ンン
化けザリガニは両のハサミを振り上げ、仰け反って、か細く鳴いた。
うお⁉ 俺は振り落とされそうになって慌てて甲羅の毛を掴んだが…それもぼそっ!と抜け落ちて、甲羅を滑るように地面に落ちた。
ぐ、えっ!
い…たっ!
すぐそばで奴の足がバタバタともがく。
っ危ねえ!
俺は痛む身体を転がして、急ぎ奴から離れた。
ぐがっ!左肩が…!落ちた時、おもっくそ打った。
いでええ…。
肩を押さえて庇いながら、何とか起き上がる。
ばさささっ、と右肩に鳥ウィンドウ。
「大丈夫?ヒロ。」
ああ…なんとか。魔法は?奴に、効いたか?
「完璧よ。見て。あれ。」
振り返って化けザリガニを見ると…そこに化けザリガニはいなかった。
黒ずんだ小山が、異臭と煮立ったようなあぶくを出しながら、ぐずぐずと崩れつつあった。汁っけの多いヘドロ溜まりを作りながら。
そのヘドロ溜まりから僅かに顔を出す二本のハサミの先だけが…数分前まで、それが確かにザリガニの形をした生き物だったことを物語っていた。
…これが、腐敗の雲の威力。
俺はこの時、ウィンドウが敵でなかったことを心から神に感謝した。




