第8話 コンタクト
政府が。
巨大人型存在との意思疎通を検討する。
その方針が発表されてから。
三日。
早速。
問題が発生していた。
「……で。」
会議室。
一人の担当者が。
資料を見ながら言った。
「どうやって話すんです?」
「……。」
誰も。
答えなかった。
◇
「まず。」
「出現場所が分かりません。」
「はい。」
「出現時刻も分かりません。」
「はい。」
「次に出現するのが。」
「明日なのか。」
「一週間後なのか。」
「一か月後なのかも分かりません。」
「はい。」
「そして。」
担当者が。
資料を置いた。
「連絡先がありません。」
「……。」
当然だった。
電話番号。
なし。
住所。
なし。
メールアドレス。
なし。
SNS。
不明。
「呼び出す方法もありません。」
「そうなります。」
「……。」
一人が。
腕を組んだ。
「ネットは?」
「ネット?」
「これまでの行動を見る限り。」
「報道やインターネット上の情報を認識している可能性はありませんか?」
「根拠は?」
「自主練です。」
大型モニターに。
例の映像が出る。
スクワット。
片足立ち。
低空飛行。
「最初の事案以降。」
「自身の行動が社会的に注目されていることを。」
「認識している可能性があります。」
「……。」
「直近の飛行についても。」
「海外で武力衝突が大きく報道された直後です。」
「報道を見ていた?」
「可能性の話です。」
「なら。」
「テレビで呼びかけるということですか?」
「それも一つの方法でしょう。」
「しかし。」
「テレビを見るんですか?」
「分かりません。」
「スマートフォンは?」
「分かりません。」
「インターネットは?」
「分かりません。」
「……。」
分からない。
何も。
分からない。
◇
その日の午後。
さらに。
接触方法の検討が続いた。
「大型の電光掲示板は?」
「どこに設置するんです?」
「出現頻度の高い地域です。」
「北海道全域のどこに出るか分からないんですよ。」
「では。」
「ヘリコプターから呼びかける。」
「接近して問題ありませんか?」
「旅客機との異常接近事例があります。」
「……。」
「拡声器。」
「距離は?」
「安全を考えれば数百メートル以上。」
「聞こえますか?」
「分かりません。」
「手旗信号。」
「……手旗?」
「視認性は高いかと。」
「向こうが手旗信号を知らなければ意味がありません。」
「モールス信号。」
「同じです。」
「巨大な文字を書く。」
「……。」
全員が。
一度。
黙った。
「それなら。」
一人が言った。
「読めるかどうかも確認できます。」
「日本語を?」
「はい。」
「……。」
議長が。
考える。
「テレビ等で広く告知した上で。」
「人家から十分に離れた場所を指定する。」
「同時に。」
「上空からでも確認できる大きさで。」
「メッセージを表示する。」
「来れば。」
「少なくとも。」
「こちらの呼びかけを認識していることになる。」
「来なければ?」
「……。」
「分かりません。」
◇
翌日。
政府から。
異例の発表が行われた。
『政府は、巨大人型存在に対し、意思疎通を試みる方針を明らかにしました』
「……。」
俺は。
会社の休憩室で。
テレビを見ていた。
『これまでの行動から、高度な知性を有している可能性があるとして――』
「高橋。」
「ん?」
隣から。
佐々木。
「政府、へぁさんと話すって。」
「……みたいだな。」
「話せんの?」
「さあ。」
「何語だろうな。」
「……日本語じゃない?」
「なんで?」
「北海道にいるし。」
「北海道にいる熊は日本語喋らねーぞ。」
「……。」
確かに。
テレビへ視線を戻す。
『政府は、巨大人型存在に向けて、次のようなメッセージを発表しました』
画面が。
切り替わった。
『あなたと話がしたい』
「……。」
読める。
『こちらの言葉が理解できる場合、指定する日時に、指定地点へ来てください』
「……。」
日時。
場所。
全部。
分かる。
佐々木が。
笑った。
「これで来たら日本語読めるってことか。」
「……そうなるな。」
「来ると思う?」
「……。」
俺は。
テレビを見た。
指定日時。
二日後。
「さあ。」
◇
その夜。
自宅。
「……。」
テーブルの上に。
銀色のボールペン状の器具。
テレビでは。
まだ。
政府の呼びかけについて報道している。
『指定された場所では、安全確保のため一般人の立ち入りが規制される予定です』
「……。」
行く。
行かない。
選択肢は。
二つ。
「……行かなくていいだろ。」
政府だぞ。
怖い。
何を聞かれるか分からない。
そもそも。
捕まったりしないだろうか。
「……。」
いや。
捕まえるのは。
無理か。
でも。
正体がバレたら。
生活が終わる。
会社にも。
行けなくなる。
それに。
「……8,700万。」
国会で。
聞いた。
復旧費。
原因者への求償。
「……。」
行った瞬間。
『初めまして』
『8,700万円お願いします』
そんな可能性だって。
ゼロではない。
「……行かない。」
決めた。
◇
翌日。
「高橋。」
「ん?」
「へぁさん、来ると思う?」
また。
佐々木だった。
「知らない。」
「ネットだと来る派が多い。」
「へえ。」
「来ない派は?」
「ビビってる。」
「……。」
「政府にビビるへぁさん。」
「……。」
「高所に続いて政府も怖い。」
「……。」
「弱点増えたな。」
「うるさいな。」
佐々木が笑った。
「お前、へぁさんに厳しいよな。」
「そう?」
「本人が見たら傷つくぞ。」
「見てねーだろ。」
「……。」
見てる。
隣で。
◇
指定日の朝。
「……。」
俺は。
銀色の器具を見ていた。
行かない。
昨日。
そう決めた。
スマホを見る。
【本日】政府、へぁさん待ち
126:名無しの一般人
今日か
127:名無しの一般人
来るかな
128:名無しの一般人
来るだろ
129:名無しの一般人
来なかったら草
130:名無しの一般人
へぁさん逃げて
131:名無しの一般人
政府怖いもんな
132:名無しの一般人
高所
政府
133:名無しの一般人
弱点一覧作るな
134:名無しの一般人
来なかったら政府恐怖症確定
「……。」
スマホを置いた。
「行くよ。」
誰に言うでもなく。
立ち上がった。
◇
指定地点。
広大な土地。
周辺道路は。
既に規制されていた。
政府関係者。
警察。
消防。
離れた場所には。
自衛隊。
さらに遠方。
報道陣。
空からでも読めるように。
地面には。
巨大な文字。
『あなたと話がしたい』
その前に。
政府関係者が待っていた。
「現在、予定時刻の五分前です。」
「周辺に異常なし。」
「航空管制との連携は?」
「完了しています。」
「自衛隊は?」
「指定位置で待機。」
「接近させないでください。」
「了解。」
時計。
予定時刻。
誰も。
喋らない。
一分。
二分。
三分。
五分。
「……来ませんね。」
「もう少し待ちましょう。」
十分。
二十分。
「……。」
三十分。
報道陣にも。
少しずつ。
緩い空気が流れ始めた。
「やはり。」
「呼びかけを認識していない可能性も――」
「待ってください。」
「?」
一人が。
空を見る。
「……あれ。」
全員が。
同じ方向を見た。
遠く。
空に。
小さな。
銀色。
「来た……。」
◇
『へぁぁぁぁぁぁぁ……!』
怖い。
やっぱり。
高い。
でも。
今日は。
ちゃんと。
目的地がある。
下を見る。
いた。
人。
車。
いっぱい。
『……。』
近づきたくない。
絶対。
何か壊す。
速度を落とす。
さらに。
落とす。
指定地点。
その手前。
いや。
もっと手前。
もう少し。
『へぁっ!』
着地。
ズン。
「……。」
政府関係者が。
俺を見上げている。
「……遠いですね。」
「安全を優先したのでしょうか。」
「それとも。」
「……着地が怖かった?」
「憶測は控えてください。」
◇
拡声器。
大きな音が。
こちらへ届いた。
『巨大人型存在へ。』
「……。」
『我々の言葉が理解できますか?』
「……。」
分かる。
俺は。
頷いた。
◇
「……!」
「今、頷いた?」
「映像確認!」
「頷いています!」
「日本語を理解している可能性が高い!」
「記録してください!」
一気に。
周囲が騒がしくなった。
『もう一度確認します。』
『我々の言葉が理解できますか?』
俺は。
もう一度。
頷いた。
「間違いありません!」
「言語理解能力あり!」
「日本語です!」
歴史的瞬間だった。
らしい。
俺としては。
普通だった。
◇
『我々は、あなたと意思疎通を希望しています。』
「……。」
『敵対する意思はありません。』
「……。」
『あなたにも、我々に対する敵意はありませんか?』
首を。
横に振る。
「否定!」
「敵意なし!」
『人命が危険にさらされている場合。』
『今後も、救助する意思はありますか?』
「……。」
少し。
考えた。
できるなら。
助けたい。
頷く。
「肯定!」
「救助意思あり!」
「……。」
なんか。
面接みたいだ。
◇
『ありがとうございます。』
『では。』
『あなた自身について、いくつか質問します。』
「……。」
来た。
『あなたは。』
『何者ですか?』
「……。」
何者。
普通の。
人間。
会社員。
高橋直人。
35歳。
独身。
「……。」
答える。
いや。
待て。
名前は。
駄目だ。
普通の人間だと。
それだけ。
言えばいい。
口を開いた。
『……へぁ。』
「……。」
政府関係者が。
黙った。
「……今。」
「発声しましたね。」
「はい。」
「記録を。」
『もう一度、お願いします。』
「……。」
俺は。
ゆっくり。
言った。
人間。
『へぁ。』
「……。」
「同じ発声です。」
「音声解析を。」
「開始しています。」
「……。」
違う。
そうじゃない。
俺は。
もう一度。
口を開く。
俺は。
人間。
『へぁぁ……。』
「……。」
「発声が変化しました。」
「何らかの言語でしょうか?」
「現時点では不明です。」
「……。」
俺は。
改めて。
思い知った。
喋れない。
◇
『確認します。』
『我々の言葉は理解できますね?』
頷く。
『あなたは、我々に敵意を持っていない。』
頷く。
『人命を救助する意思がある。』
頷く。
『あなたは何者ですか?』
『へぁ。』
「……。」
『どこから来ましたか?』
「……。」
北海道。
いや。
ここも北海道。
『へぁ。』
「……。」
『日本に住んでいるのですか?』
「!」
頷く。
「肯定しました!」
「日本国内に生活圏がある可能性!」
「質問を続けてください!」
『北海道ですか?』
「……。」
頷く。
「北海道!」
「やはり北海道です!」
「居住しているという意味かはまだ分かりません!」
「断定しないでください!」
『普段はどこにいるのですか?』
「……。」
家。
『へぁ。』
「……。」
駄目だ。
全然。
進まない。
◇
『では。』
『質問方法を変更します。』
「……。」
『はい、の場合は頷いてください。』
『いいえ、の場合は首を横に振ってください。』
「……。」
なるほど。
最初から。
それでいい。
『あなたは生物ですか?』
「……。」
生物。
まあ。
人間だから。
頷く。
『地球上で生まれましたか?』
頷く。
政府関係者が。
ざわつく。
『日本で生まれましたか?』
頷く。
「日本!?」
「記録!」
『あなたは人間ですか?』
「……。」
来た。
俺は。
頷こうとした。
その時。
ピコン。
「……。」
ピコン。
ピコン。
「……へ?」
◇
「胸部が点滅!」
「何だ!?」
「これまでの映像にもあります!」
「警戒!」
「自衛隊へ連絡!」
「待ってください!」
「刺激しないで!」
ピコン。
ピコン。
ピコン。
『へぁっ!?』
「発声!」
「動きがあります!」
「何をする!?」
◇
やばい。
もう。
三分。
「……。」
待って。
今。
ものすごく。
大事なところだった。
俺は。
両手を前に出す。
「待って。」
『へぁ!』
「……。」
伝わらない。
手を振る。
「違う。」
『へぁ! へぁ!』
「発声回数増加!」
「胸部の点滅も加速!」
「下がってください!」
「違う!」
『へぁぁぁぁ!』
光が。
身体を包み始める。
「消失します!」
「映像記録!」
「待て!」
『へぁぁぁぁぁ……!』
そして。
俺は。
消えた。
◇
「……。」
静寂。
政府関係者。
警察。
消防。
自衛隊。
報道陣。
全員が。
巨大な人型が立っていた場所を。
見ていた。
「……消えました。」
「はい。」
「接触時間は?」
「約三分です。」
「……三分。」
一人が。
記録を見る。
「これまでの出現時間も確認してください。」
「了解。」
議長が。
ゆっくり。
息を吐いた。
「成果を整理しましょう。」
「はい。」
「日本語を理解する。」
「はい。」
「我々に対する敵意はない。」
「はい。」
「人命救助の意思がある。」
「はい。」
「地球上で生まれた。」
「はい。」
「日本で生まれた。」
「はい。」
「北海道と何らかの関係がある。」
「はい。」
「そして。」
「……。」
「発声による会話は。」
「できませんでした。」
「……。」
一人が。
小さく言った。
「へぁ、だけでしたね。」
「……そうですね。」
人類史上。
初めて。
巨大人型存在との。
意思疎通が成立した。
◇
その夜。
俺は。
家にいた。
「……。」
テレビ。
見たくない。
スマホ。
もっと見たくない。
「……。」
でも。
見る。
掲示板を開いた。
【歴史的瞬間】へぁさん、日本語分かる
1:名無しの一般人
分かるんかい
2:名無しの一般人
普通に頷いてて草
3:名無しの一般人
じゃあ今までの報道全部理解してたってこと?
4:名無しの一般人
ネット見てる可能性ある?
5:名無しの一般人
お前ら終わったな
6:名無しの一般人
自主練馬鹿にしてすみませんでした
7:名無しの一般人
高所恐怖症って言ってすみませんでした
8:名無しの一般人
北海道脱出できないって言ってすみませんでした
9:名無しの一般人
>>8
それは事実
10:名無しの一般人
草
「……。」
スクロール。
11:名無しの一般人
日本生まれってマジ?
12:名無しの一般人
宇宙人説終了
13:名無しの一般人
北海道関係あるっぽいな
14:名無しの一般人
やっぱ住んでんじゃね?
15:名無しの一般人
175cmの奴の説当たってて草
「……。」
俺は。
少し。
嬉しくなった。
16:名無しの一般人
でも喋れない
17:名無しの一般人
へぁ
18:名無しの一般人
へぁ
19:名無しの一般人
へぁ
20:名無しの一般人
へぁ
21:名無しの一般人
政府「あなたは何者ですか?」
へぁさん「へぁ」
22:名無しの一般人
政府「どこから来ましたか?」
へぁさん「へぁ」
23:名無しの一般人
政府「普段どこにいますか?」
へぁさん「へぁ」
24:名無しの一般人
会話成立してなくて草
25:名無しの一般人
日本語理解できるのに日本語喋れないの面白すぎる
「……。」
俺は。
書き込み欄を開いた。
26:名無しの一般人
喋ろうとはしてたと思う
送信。
27:名無しの一般人
>>26
175cmキタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!
28:名無しの一般人
本人おつ
29:名無しの一般人
お前の設定ちょっと当たってきてんの怖い
30:名無しの一般人
次の予言頼む
「……。」
予言じゃない。
本人だ。
さらに。
31:名無しの一般人
最後なんであんな焦ってたの?
32:名無しの一般人
政府にキレた
33:名無しの一般人
光線撃とうとしてた
34:名無しの一般人
いや胸ピコンピコンしてたから時間切れじゃね?
35:名無しの一般人
>>34
アレじゃん
36:名無しの一般人
アレだな
37:名無しの一般人
やっぱアレじゃねーか
38:名無しの一般人
3分で帰る巨大ヒーロー
39:名無しの一般人
政府との初会談
制限時間で強制終了
40:名無しの一般人
次回は質問3分以内にまとめとけ
「……。」
俺は。
スマホを見た。
少し考える。
そして。
書いた。
41:名無しの一般人
多分本人ももう少し話したかったと思う
42:名無しの一般人
>>41
へぁ
43:名無しの一般人
へぁ
44:名無しの一般人
へぁ
45:名無しの一般人
へぁ
「……。」
スマホを閉じた。
「……日本語で喋りたかったよ。」




