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怪獣のいない世界〜偶然アレに変身できたけど一切使い道がない件〜  作者: 大福


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6/20

第6話 社会現象


 世界平和を諦めてから。


 数日。



「へぁっ!」


「へぁぁぁぁぁ!」



「…………」



 通勤途中。


 公園の横を通った。



「俺、へぁさん!」


「じゃあ俺も!」


「二人いたらおかしいだろ!」


「へぁっ!」



 一人が。


 大きく足を開く。


 腰を落とす。



「いーち!」


「にー!」


「さーん!」



 スクワット。



 もう一人は。


 両腕を広げ。


 片足を上げた。



「見ろ! 片足立ち!」


「すげー!」


「次、飛ぶ!」



 両足で。


 ぴょん。



「へぁぁぁぁぁぁ!」


「高い高い!」


「三メートルまで!」


「なんでだよ!」


「高所恐怖症だから!」


「怖い怖い怖い!」


「降りろ! 降りろ!」



「…………」



 俺は。


 足を止めずに。


 その横を通り過ぎた。



 子供は。


 残酷だと思った。



     ◇



「高橋。」



 会社へ着くなり。


 佐々木がスマホを持ってきた。



「これ見た?」


「何?」


「へぁさん。」


「……また?」


「また。」



 画面を見せられる。



「…………」



 Tシャツ。


 銀色の巨大な人型。


 その下に。



『へぁ。』



 次。


 マグカップ。



『世界最大のリハビリ』



 キーホルダー。


 ステッカー。


 パーカー。


 タオル。



「……早くない?」


「めちゃくちゃ出てる。」



 佐々木が画面をスクロールする。



「これなんか見て。」



『へぁトレ 毎日三分』



「……何これ。」


「トレーニングウェア。」


「三分しかやらないの?」


「へぁさんリスペクト。」


「それで痩せるのか?」


「知らん。」



 佐々木が笑った。



「本人、一円も入んねーな。」


「…………」


「かわいそうに。」


「……まあ。」



 かわいそうだった。


 かなり。



     ◇



 昼休み。



 休憩室のテレビをつける。



『今、全国で巻き起こっている〝へぁさんブーム〟――』



「…………」



 チャンネルを変える。



『こちら、へぁさんが自主練を行ったとされる場所です!』



 変える。



『専門家によりますと、四十五メートルという巨体で片足立ちを行うには――』



 変える。



『へぁさんによる経済効果は、関連商品や観光需要を含め――』



「…………」



 消した。



「逃げられないね。」



 隣で弁当を食べていた佐々木が言った。



「何が?」


「へぁさん。」


「……そうだな。」


「海外でも動画回ってるって。」


「……海外?」


「ほら。」



 スマホを見せられる。



 英語。


 よく分からない。



 でも。


 動画だけは分かった。



 俺だった。



 片足で。


 立っていた。



「…………」



 世界進出していた。



 本人は。


 北海道から出られなかったのに。



     ◇



 午後。



 会議室。



「最近、お客様から問い合わせが増えています。」



 上司が資料を机へ置いた。



「例の巨大人型存在に関連する損害についてです。」



「…………」



 資料を見る。



『巨大人型存在に関する問い合わせ事例』



 嫌な予感しかしない。



「例えば、自宅を踏まれた場合、火災保険の対象になるのか。」


「…………」


「駐車中の自動車を踏まれた場合、車両保険は適用されるのか。」


「…………」


「飛行時の風圧によって窓ガラス等が破損した場合はどうなるのか。」


「…………」



 全部。


 あり得る。



 ものすごく。


 あり得る。



「現時点では、実際に被害に遭ったという問い合わせではありません。ただ、契約者から事前に確認したいという相談が増えています。」



 一人が手を上げた。



「約款上はどうなるんですか?」


「現在、本部で確認中です。」


「自然災害ではないですよね。」


「少なくとも、地震や台風とは違います。」


「じゃあ第三者による損害ですか?」


「そこも問題になっています。」



 上司が資料へ目を落とす。



「そもそも、あの存在を法的にどう扱うのかが定まっていません。」



「動物とか?」


「四十五メートルの?」


「でも、人間ではないでしょう。」


「それも分からないんじゃないですか?」


「知性はありそうですよね。」


「バス助けてるし。」


「自主練もしてる。」



「…………」



 やめてほしい。



 本人の前で。


 本人の分類について。


 真面目に話し合わないでほしい。



「本人に請求すりゃいいじゃん。」



 隣から。


 小声が聞こえた。



 佐々木だった。



「……何を?」


「損害賠償。」


「…………」


「最初の山とか。」


「……払えると思う?」


「無理だろ。」



 即答だった。



「八千七百万だぞ。」


「……だよな。」


「普通に人生終わる。」


「…………」



 もう。


 一回。


 終わりかけた。



「でもさ。」


「ん?」


「あいつ、住所あんのかな。」


「…………」


「請求書、どこに送るんだ?」


「知らない。」


「だよな。」



 佐々木は資料へ視線を戻した。



 俺も。


 戻した。



     ◇



 仕事帰り。



 コンビニへ寄った。



「…………」



 レジの横。



『へぁさん饅頭』



「…………」



 手に取る。



 銀色っぽい包装。


 描かれているのは。


 何となく。


 俺っぽい何か。



「……似てない。」



 戻した。



 その隣。



『へぁさん 3分タイマー』



「…………」



 手に取る。


 ボタンを押した。



『へぁっ!』



「…………」



 戻した。



 雑誌コーナー。



『徹底検証! へぁさんの正体』


『へぁさんは宇宙人か!?』


『専門家が分析 推定体重1200tの謎』


『なぜ北海道に現れる?』



「…………」



 全部。


 違う。



 正体は。


 高橋直人。


 三十五歳。


 独身。


 会社員。



 身長。


 百七十五センチ。



 北海道に現れる理由は。



 住んでいるから。



「…………」



 弁当だけ買った。



     ◇



 家に帰る。



 テレビをつけた。



『こちらでは〝へぁさんの聖地〟として観光客が急増しています』



「聖地?」



 映っていたのは。


 自主練をした場所だった。



『あそこでスクワットしたんですよね?』


『そうです! 昨日、東京から来ました!』


『実際に来てみて、どうですか?』


『思ったより普通の場所でした!』



「普通の場所だから選んだんだよ。」



 テレビへ言ってみる。



 当然。


 届かない。



 画面が変わった。



『そして、へぁさん人気の高まりとともに、新たな問題も出てきています』



 スタジオ。


 弁護士が真面目な顔で座っている。



『いわゆる〝へぁさんグッズ〟です。現在、多数の商品が販売されていますが――』


『そもそも、へぁさんに肖像権はあるのでしょうか?』



「あるだろ。」



 思わず。


 口から出た。



『非常に難しい問題です。まず、この存在に法的な人格が認められるのか――』



「俺だぞ。」



『そもそも、人間なのかという点も分かっていません』



「人間だよ。」



『人間であることを確認する手段がありませんからね』



「…………」



 確かに。



     ◇



 翌日。



 ニュースでは。


 街頭インタビューが流れていた。



『へぁさんについて、どう思いますか?』


『かわいいですよね。子供が大好きです。』


『自主練の動画、毎日見てます。』


『バスを助けたのはすごいと思います。』


『一度、生で見てみたいですね。』



 好意的な意見が続く。



 しかし。



『では、ご自宅の近くに現れても大丈夫ですか?』


『え?』



 女性が少し考えた。



『……それは、ちょっと。』


『なぜですか?』


『だって。』



 女性が笑う。



『千二百トンなんですよね?』


『そうですね。』


『家の横には来てほしくないです。』



「…………」



 次。



『助けてくれるなら、ありがたいですよ。』



 年配の男性。



『でも実際、あんな大きいのが歩いてきたら逃げますよ。』



 次。



『怖いです。』


『バスを救助していますが?』


『だから安全ってことにはならないでしょう。』



「…………」



 正論だった。



 俺だって。


 自分の家の前に。


 千二百トンの何かが立っていたら。



 逃げると思う。



     ◇



 その夜。



『緊急討論――巨大人型存在〝へぁさん〟は人類の味方なのか?』



「……大袈裟だな。」



 そう思いながら。


 見ていた。



『これまでの行動を見る限り、敵対的な存在とは考えにくいでしょう。』


『しかし、最初の出現では実際に被害が出ています。』


『それは意図的だったのでしょうか?』


『意図的かどうかは問題ではありません。四十五メートル、推定千二百トンです。存在するだけで危険なんです。』



「…………」



『一方で、バスの救助活動も確認されています。』


『だからといって、次も助けてくれる保証はありません。』


『自主練をしているということは、自身の行動を改善しようとしているとも考えられます。』


『それすら我々の勝手な解釈でしょう。』



「…………」



 味方。


 敵。



 危険。


 安全。



 宇宙人。


 新種の生物。


 兵器。



 好き勝手に。


 言われている。



 俺は。


 コンビニ弁当を食べながら。


 それを見ていた。



 誰も。


 知らない。



 画面の向こうで。


 真剣に議論されている存在が。



 今。



 割り箸で。


 唐揚げを食べていることを。



「…………」



 最初は。


 ネットで笑われているだけだった。



 それが。


 いつの間にか。


 商品になった。



 観光客が来た。



 保険会社が。


 約款を確認し始めた。



 弁護士が。


 人格について議論し始めた。



 俺が何もしていない間にも。



 へぁさんという存在だけが。



 俺を置いて。



 どんどん。



 大きくなっている。



『そして、新たな動きです。』



「……?」



 画面がニュースへ切り替わった。



『政府が、これまで北海道内で確認されている巨大人型存在について、関係省庁による情報共有と対応の検討を本格化させたことが分かりました』



「…………」



 画面下。



『政府 巨大人型存在への対応を本格検討』



「……政府?」



『政府関係者によりますと、これまでの行動や映像を詳細に分析し、安全保障上の観点も含め、今後の対応について検討を進めるということです』



「……そこまで?」



 箸が。


 止まった。



 さっきまで。


 笑って見ていた。



 でも。



 政府。



 その二文字だけは。



 笑えなかった。



     ◇



 少しして。



 俺はスマホを開いた。



 案の定。



 もうスレッドが立っていた。



【速報】政府、へぁさんへの対応を本格検討



1:名無しの一般人


とうとう国が動いてて草



2:名無しの一般人


遅くね?



3:名無しの一般人


どこの省庁が担当すんだよ



4:名無しの一般人


防衛省



5:名無しの一般人


環境省だろ



6:名無しの一般人


厚労省じゃね



7:名無しの一般人


巨大生物省つくれ



8:名無しの一般人


>>7


大臣誰だよ



9:名無しの一般人


捕獲するの?



10:名無しの一般人


>>9


どうやって



11:名無しの一般人


1200t用の手錠作れ



12:名無しの一般人


税金の無駄遣いで草



13:名無しの一般人


そもそも捕まえる必要ある?



14:名無しの一般人


バス助けてるしな



15:名無しの一般人


でも最初に山壊してる



16:名無しの一般人


自主練してるから許してやれ



17:名無しの一般人


法治国家をなんだと思ってんだ



18:名無しの一般人


まず話してみればよくね?



「…………」



 指が止まった。



「話す……。」



 考えてみる。



 話せる。



 少なくとも。


 俺は普通に日本語を話せる。



 問題は。



 変身すると。



『へぁ』



 しか聞こえないことだ。



「…………」



 でも。



 身振りなら。


 バスの時も通じた。



 文字だって。


 書けるかもしれない。



 何より。



 政府が本気で俺を探し始めるなら。



 その前に。



 こっちから名乗った方が。



「…………」



 いや。



 待て。



 名乗る?



 高橋直人です。


 三十五歳。


 会社員です。



 あれに変身できます。



「…………」



 その後。


 どうなる。



 警察。


 政府。


 自衛隊。



 会社。



 家。



 たぶん。



 今までの生活には。



 戻れない。



「…………」



 無理。



 まだ。



 無理だ。



 掲示板へ目を戻す。



 少し迷って。



 書き込んだ。



19:名無しの一般人


多分普通に話通じると思う



 送信。



 すぐに。



20:名無しの一般人


>>19


なんで知ってんだよ



21:名無しの一般人


専門家きた



22:名無しの一般人


へぁ語学者



「…………」



 違う。



 俺だ。



 もう一度。



23:名無しの一般人


へぁさんも普通の人間かもしれないだろ



24:名無しの一般人


>>23


45mの普通の人間とは



25:名無しの一般人


本人キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!



26:名無しの一般人


へぁさん降臨してて草



「…………」



 本人。



 その文字を見る。



 少し。



 腹が立った。



「……本人だよ。」



 勢いで。



 打った。



27:名無しの一般人


俺がへぁさんだけど質問ある?



 送信。



「…………」



 やった。



 数秒。



28:名無しの一般人


身長は?



「…………」



 身長。



 なんで。



 最初の質問がそれなんだ。



 でも。



 嘘をつく理由もない。



29:名無しの一般人


175cm



 送信。



 すぐに。



30:名無しの一般人


解散



31:名無しの一般人


設定くらい合わせろ



32:名無しの一般人


へぁさん45mなんだが



33:名無しの一般人


175cmのへぁさんで草



34:名無しの一般人


一般男性じゃねーか



35:名無しの一般人


せめて4500cmって書けよ



36:名無しの一般人


偽物乙



「…………」



 スマホを閉じた。



 政府は。



 本物の俺を探し始めた。



 ネットでは。



 本物の俺が。



 偽物になった。

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