第5話 世界平和
自主練から数日。
へぁさんは。
完全にネットのおもちゃになっていた。
動画サイトを開けば。
俺がいる。
検索欄に「へぁ」と入れただけで。
『へぁトレ』
『へぁさん自主練』
『へぁさん高所恐怖症』
『へぁさん飛行』
勝手に候補が出てくる。
「……。」
試しに。
一番上を押した。
俺が歩いていた。
小股で。
慎重に。
その横には。
『世界最大のリハビリ』
という文字。
「……。」
次。
スクワット。
『45m、1,200tでも膝は辛い』
次。
片足立ち。
『自分の身体と和解中』
次。
低空飛行。
地面から少し浮いた俺が。
3メートルほどの高さで。
『へぁっ!』
すぐ降りる。
『高所恐怖症説、濃厚』
「……。」
スマホを閉じた。
見なければいい。
分かっている。
分かっているのだが。
気になる。
もう一度開く。
『前回の飛行中の雄叫び、実は悲鳴だった説』
「……。」
閉じた。
これは。
見なかったことにしよう。
◇
その日の夜。
夕食を食べながら。
テレビを見ていた。
『――現地では依然として激しい戦闘が続いています』
画面が切り替わる。
黒煙。
崩れた建物。
道路を走る人々。
大きな荷物を抱えた家族。
泣いている子供を。
父親らしい男が抱えている。
『今回の衝突による被害は拡大しており、多くの住民が避難を――』
「……。」
箸が止まった。
また。
爆発。
画面が揺れる。
遠くで。
黒い煙が上がる。
「……戦争か。」
怪獣はいない。
宇宙人も攻めてこない。
巨大ロボットも現れない。
俺が子供の頃に見ていたような。
分かりやすい敵なんて。
この世界にはいない。
でも。
人間同士は戦う。
そして。
人は死ぬ。
「……。」
スマホを手に取った。
ニュースを検索する。
そこから。
関連する掲示板を開いた。
【海外】○○地域で戦闘激化
318:名無しの一般人
また始まったのか
319:名無しの一般人
普通にヤバいな
320:名無しの一般人
へぁさん出番だぞ
321:名無しの一般人
««320»»
それだ
322:名無しの一般人
行ってこいへぁさん
323:名無しの一般人
世界平和頼んだ
324:名無しの一般人
45mあるんだから戦車くらい止められるだろ
325:名無しの一般人
ミサイル掴んで投げ返せ
326:名無しの一般人
««325»»
どこに返すんだよ
327:名無しの一般人
へぁさん参戦で終戦
328:名無しの一般人
その前に3m以上飛べるようになれ
329:名無しの一般人
草
「……好き勝手言いやがって。」
スマホを置いた。
当然。
行くつもりなんてなかった。
戦争だぞ。
俺は会社員だ。
軍人でもない。
外交官でもない。
戦争のことなんて。
ニュースで見るくらいしか知らない。
そもそも。
行って。
何をする。
片方を殴るのか。
もう片方を殴るのか。
戦車を壊すのか。
基地を壊すのか。
そんなことをしたら。
俺も。
戦争に参加したことになる。
「……無理だろ。」
テレビへ視線を戻す。
避難する人々が映っていた。
老人。
女性。
子供。
その後ろでは。
煙が上がっている。
「……。」
俺は。
もう一度。
スマホを見た。
『45mあるんだから戦車くらい止められるだろ』
「……戦車。」
想像した。
戦場。
進んでくる戦車。
その前に。
俺が降りる。
45メートル。
1,200トン。
道路を塞ぐように。
立つ。
「……。」
戦車が。
止まる。
たぶん。
止まる。
俺が何者なのか。
世界中がまだ分かっていない。
そんなものが。
突然。
目の前に降りてきたら。
普通は。
一度くらい止まるんじゃないか。
「……いけるか?」
いや。
待て。
戦車だけじゃない。
銃。
砲弾。
ミサイル。
あの身体が。
どこまで耐えられるのか。
俺自身。
知らない。
撃たれたら。
普通に痛いかもしれない。
というか。
死ぬかもしれない。
「……。」
駄目だ。
怖い。
でも。
別に。
戦車を壊す必要はない。
その前に。
立つだけなら。
進めなくなる。
反対側にも。
行けばいい。
両方の間に。
立つ。
「……。」
頭の中に。
勝手に映像が浮かんだ。
荒れ果てた街。
向かい合う兵士。
その間へ。
空から降りる。
巨大な銀色の身体。
銃声が止まる。
戦車が止まる。
兵士たちが。
俺を見上げる。
世界中のニュースが。
その光景を映す。
誰も。
撃たない。
誰も。
進まない。
その間に。
住民が逃げる。
俺は。
ただ。
立っている。
「……。」
なんだ。
それなら。
できるんじゃないか。
戦争を終わらせるなんて。
そんなことは無理でも。
少しの間。
止めるくらいなら。
できるんじゃないか。
3分。
たった3分。
でも。
3分あれば。
逃げられる人がいるかもしれない。
瓦礫の下に。
人がいたら。
助けられるかもしれない。
崩れそうな建物を。
支えられるかもしれない。
「……。」
少し。
胸が高鳴った。
初めてだった。
この身体を。
本当に。
役に立つかもしれないと思った。
山では。
壊した。
海では。
余計なことをした。
川では。
バスを助けられた。
でも。
自分の身体すら。
まともに扱えなかった。
だから。
練習した。
歩いた。
しゃがんだ。
片足で立った。
飛ぶ練習もした。
もし。
そのためだったとしたら。
「……。」
馬鹿みたいな考えだ。
分かっている。
俺は。
ヒーローじゃない。
ただ。
たまたま。
変身できるようになっただけだ。
それでも。
もし。
俺にしかできないことが。
あるなら。
「……紛争地帯なら。」
口に出してみた。
急に。
現実味が出た。
スマホを手に取る。
地図を開く。
北海道から。
現地まで。
「……。」
画面を見る。
「……遠いな。」
数千キロ。
当たり前だった。
海外なんだから。
飛行機でも。
何時間もかかる。
「……。」
そこで。
気づいた。
「俺って。」
考えたことがなかった。
「どれくらいの速さで飛べるんだ?」
分からない。
最初に飛んだ時は。
そんなことを考える余裕なんてなかった。
旅客機に近づいて。
怖くなって。
逃げた。
自主練では。
50センチ。
1メートル。
3メートル。
そこで。
怖くなって降りた。
速さなんて。
測っていない。
「……。」
地図を見る。
現地を見る。
北海道を見る。
「飛行機より。」
「速かったりして。」
あり得る。
そもそも。
俺は。
どうやって飛んでいるのかすら分からない。
だったら。
飛行機より速くても。
おかしくない。
たぶん。
「……測ってみるか。」
行けるかどうかは。
それから考えればいい。
◇
休日。
人や建物から十分に離れた場所まで来た。
周囲を確認する。
道路。
建物。
人。
問題なし。
飛ぶ方向も確認した。
できるだけ。
何もない方へ。
スマホで。
現在地を確認する。
ポケットへ戻した。
「……よし。」
銀色のボールペンを握る。
少しだけ。
緊張していた。
今日は。
ただの練習じゃない。
もしかしたら。
この先。
本当に。
あの場所まで行くかもしれない。
「……。」
光が。
身体を包んだ。
視界が。
一気に高くなる。
地面が遠ざかる。
巨大な銀色の身体。
45メートル。
1,200トン。
俺は。
ゆっくりと膝を曲げた。
『へぁ……。』
飛ぶ。
身体が。
地面から離れた。
『へぁっ!』
一瞬。
降りそうになった。
駄目だ。
今日は。
3メートルで降りるために来たんじゃない。
少しずつ。
高度を上げる。
5メートル。
10メートル。
もっと。
足の裏に。
何もない。
身体を支えているものが。
何もない。
『へぁ……。』
怖い。
やっぱり。
怖い。
前を見る。
進む。
身体が。
加速した。
『へぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
速い。
想像していたより。
ずっと速い。
地上の景色が。
後ろへ流れていく。
森を越える。
山を越える。
道路が。
細い線に見える。
『へぁぁぁぁぁぁ!!』
怖い。
ものすごく怖い。
でも。
飛べている。
前とは違う。
自分で。
飛んでいる。
もっと。
速く。
身体を前へ。
景色が。
さらに速く流れる。
『へぁぁぁぁぁぁぁ!!』
これなら。
もしかしたら。
本当に。
行けるんじゃないか。
あの場所へ。
戦場へ。
突然。
俺が現れたら。
世界中が。
驚く。
戦車も。
止まる。
兵士も。
止まる。
そして――。
ピコン。
ピコン。
ピコン。
『……へ?』
胸を見る。
赤い光が。
点滅していた。
ピコン。
ピコン。
ピコン。
『へぁっ!?』
もう!?
早い。
早すぎる。
慌てて。
速度を落とす。
下を見る。
道路。
建物。
駄目だ。
少し先。
何もない場所。
あそこ。
身体を傾ける。
高度を落とす。
『へぁぁぁぁぁっ!!』
地面が。
猛烈な勢いで近づいてくる。
怖い。
速い。
怖い。
足を伸ばす。
着地。
ズン。
地面が。
揺れた。
『……へぁ。』
立っている。
転んでない。
周囲を見る。
壊してない。
たぶん。
大丈夫。
その直後。
光が。
身体を包んだ。
◇
「……。」
人間に戻った。
周囲を見る。
「……どこだ、ここ。」
知らない場所だった。
当然だ。
飛んできたんだから。
ポケットへ手を入れる。
スマホ。
ある。
「よかった……。」
画面を開く。
現在地を確認する。
「……。」
出発地点。
現在地。
距離を確認する。
「……これだけ?」
人間なら。
とんでもない距離だった。
たった数分で。
ここまで来た。
普通なら。
あり得ない。
でも。
指で。
地図を縮小する。
北海道。
日本。
さらに。
縮小する。
紛争地域。
「……。」
さっきまで。
俺が飛んだ距離。
地図の上では。
ほとんど。
誤差だった。
「……無理じゃん。」
思わず。
口から出た。
もう一度。
地図を見る。
どう考えても。
届かない。
仮に。
もう一度変身できたとして。
また3分。
さらに。
その次も変身できる保証なんてない。
しかも。
日本を出れば。
海。
「……。」
想像した。
海の上。
胸が鳴る。
人間へ戻る。
周囲。
全部。
海。
「……無理だ。」
即答した。
さっきまで。
頭の中では。
戦車の前に立っていた。
世界中から。
注目されていた。
戦争まで。
止めかけていた。
現実の俺は。
北海道の知らない場所に立っている。
「……。」
地図を見る。
まず。
車を置いた場所まで。
「……。」
経路検索。
表示された時間を見る。
「遠っ……。」
空を見る。
「…………」
もう一回。
変身すれば。
すぐ戻れる。
たぶん。
「…………」
銀色のアレを見る。
二回目は。
明らかに疲れる。
腹も減る。
それに。
今の飛行だけでも。
十分怖かった。
「……やめとこ。」
スマホを見る。
徒歩。
無理。
公共交通機関。
「…………。」
乗り継ぎ。
さらに。
そこから。
車まで。
「……帰ろ。」
少しだけ。
飛んだことを。
後悔した。
◇
その夜。
ようやく家へ戻り。
風呂から上がった。
スマホを見る。
「……。」
嫌な予感がした。
検索する。
すぐに。
出てきた。
【速報】へぁさん、飛ぶ
1:名無しの一般人
自主練の成果出てて草
2:名無しの一般人
飛べるじゃん
3:名無しの一般人
3mでへぁっ!してた奴とは思えない
4:名無しの一般人
««3»»
成長してて草
5:名無しの一般人
どこ行くんだ?
6:名無しの一般人
例の紛争じゃね?
7:名無しの一般人
««6»»
俺も思った
8:名無しの一般人
へぁさん参戦キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!
9:名無しの一般人
世界平和頼んだ
10:名無しの一般人
いや待て
あいつ高所恐怖症じゃなかったか
11:名無しの一般人
めちゃくちゃ叫びながら飛んでるぞ
12:名無しの一般人
へぁぁぁぁぁぁぁ!!
13:名無しの一般人
««12»»
やめろwwww
14:名無しの一般人
【悲報】
へぁさん降りる
15:名無しの一般人
は?
16:名無しの一般人
もう?
17:名無しの一般人
まだ北海道なんだが
18:名無しの一般人
草
19:名無しの一般人
世界平和終了
20:名無しの一般人
活動時間短すぎんだろwww
21:名無しの一般人
海外どころか北海道から出られなくて草
22:名無しの一般人
誰だよ紛争止めてこいって言った奴
23:名無しの一般人
««22»»
俺です
24:名無しの一般人
まず道内制覇しろ
25:名無しの一般人
次回
へぁさん北海道脱出
26:名無しの一般人
««25»»
打ち切りになりそう
27:名無しの一般人
そもそも何しに飛んだんだよ
28:名無しの一般人
飛ぶ練習だろ
29:名無しの一般人
じゃあ成長してるじゃん
30:名無しの一般人
世界最大のリハビリ継続中
「……。」
スマホを閉じた。
俺が。
本気で。
紛争地帯まで行けるか考えていたことを。
こいつらは。
知らない。
「……寝よ。」
こうして。
俺の世界平和計画は。
北海道から出ることなく。
終了した。




