第4話 自主練
翌日。
会社へ行くと、昨日の事故の話でもちきりだった。
当然だった。
大型バスが橋から転落しかけ、乗客乗員三十二人が全員救助された。
しかも、その救助に。
へぁさんが参加した。
朝からテレビでもネットでも、そればかり流れている。
「高橋、見た?」
席に着くなり、佐々木がスマホを向けてきた。
「何を?」
「昨日のへぁさん」
「……見たよ」
見たどころか。
やった。
「これ、すげえよな」
画面の中では、川の中に立った俺が大型バスを下から支えている。
何度見ても妙な光景だった。
巨大な銀色の身体。
その手のひらの上に、大型バス。
周囲には消防車や救急車。
橋の上では、消防隊員たちが乗客を救出している。
「三十二人だろ?」
「らしいな」
「全員助かったって」
「……よかったな」
「今回は普通にヒーローじゃん」
「今回はって何だよ」
「前二回見てみろよ」
「…………」
何も言えない。
佐々木が動画を少し進めた。
バスを支えている俺の姿が映る。
最初はいい。
問題は、その少し後だった。
「ここ」
佐々木が止める。
「何?」
「こいつ、めちゃくちゃ辛そうじゃね?」
「…………」
画面の俺は、川の中で膝を曲げ、腰を落とし、片腕を伸ばしている。
その姿勢のまま。
ほとんど動いていない。
「バス重いんじゃないの?」
「いや……」
「ん?」
「……あの大きさなら、そんな重くないんじゃないか?」
「まあ、そうか」
佐々木が再生する。
しばらくして。
画面の俺が、ほんの少し腰を動かした。
『へぁぁ……』
「ほら」
「…………」
「これ絶対、腰だろ」
「…………」
正解。
「四十五メートルになって腰やるのかよ」
「やってねえだろ」
「なんで分かるんだよ」
「……見た感じ」
危ない。
佐々木は笑いながら、さらに動画を進めた。
全員の救助が終わる。
拍手。
そして。
ズブッ。
『へぁっ!?』
右足が沈む。
踏ん張る。
左足も沈む。
『へぁへぁへぁ!』
水が大きく動く。
「ここ好きなんだよな」
「…………」
「せっかく格好よかったのに」
「仕方ないだろ」
「だからなんでお前が庇うんだよ」
「…………」
佐々木はもう一度再生した。
ズブッ。
『へぁっ!?』
笑う。
「自分の身体なのに、全然使えてねーじゃん」
「…………」
その一言が。
妙に引っかかった。
◇
仕事中も。
その言葉が頭に残っていた。
自分の身体なのに、全然使えてない。
「…………」
事故受付の内容をパソコンへ入力しながら考える。
最初に巨大化した時。
しゃがんだ。
土砂の流れを変えて、道路に被害を出した。
飛んだ。
旅客機と接触した。
二回目。
光線を撃った。
あれはもう思い出したくない。
三回目。
川を歩いた。
川底に足を取られた。
バスを支えた。
中腰で死にそうになった。
帰りは飛んだ。
「…………」
まともにできたこと。
何かあったか?
「高橋?」
「はい?」
「これ、確認お願い」
「あ、はい」
書類を受け取る。
仕事へ戻る。
数分後。
「…………」
また考える。
もし。
また昨日みたいなことが起きたら。
銀色のアレを持っている以上、俺はたぶん迷う。
そして。
助けられると思ったら。
たぶん。
また使う。
だったら。
毎回ぶっつけ本番の方が危ないんじゃないか。
「…………」
佐々木の声が蘇る。
『自分の身体なのに、全然使えてねーじゃん』
「…………腹立つな」
「何が?」
「何でもない」
◇
その日の夜。
俺はパソコンの前に座っていた。
地図を開く。
「…………」
練習。
そう決めたものの。
問題は場所だった。
四十五メートル。
千二百トン。
そんなものが歩いたり、しゃがんだりしても問題のない場所。
「…………どこだよ」
山。
第1話。
却下。
海。
第2話。
却下。
川。
昨日。
却下。
市街地。
論外。
地図を縮小する。
北海道。
「…………」
広い。
確かに広い。
でも。
人がいないように見える場所にも、道路はある。
農地もある。
牧草地もある。
山林だって誰かの土地だ。
「勝手に入って壊したら……」
請求。
「…………」
今、一番聞きたくない言葉だった。
できるだけ建物から離れている。
周囲に大きな道路がない。
地面が比較的安定している。
送電線がない。
少なくとも、何か壊した時に被害が広がりにくい。
衛星写真と地図を何度も見比べる。
「巨大ヒーローって……」
マウスを動かす。
「練習場所探すだけで、こんな大変なの?」
当然。
誰も答えなかった。
◇
休日。
朝早く。
俺は車を走らせていた。
街を離れ。
さらに走る。
念のため、途中で何度か周囲を確認した。
ようやく目的の場所へ着いた時には、家を出てからかなり時間が経っていた。
「…………」
車から降りる。
周囲を見る。
遠くまで開けている。
少なくとも近くに住宅はない。
大きな道路もない。
人影も見えない。
「ここなら……」
鞄から銀色のアレを取り出す。
今日やることは決めてある。
走らない。
跳ばない。
光線は撃たない。
飛ぶとしても、ほんの少し。
「歩く」
まず、それだけ。
今まで。
歩くことすら、まともに練習したことがない。
「よし」
構える。
閃光。
身体が一気に巨大化する。
視界が高くなる。
「…………」
『へぁ……』
やっぱり怖い。
でも。
今日は慌てない。
足元を見る。
地面。
自分の足。
「まず、一歩」
右足を上げる。
普段と同じように出しかけて。
止めた。
「ゆっくり」
そっと前へ。
踵が地面へ触れる。
ズン。
「…………」
『へぁ……』
地面がわずかに沈んだ。
「踵から行くと、そこに集中するのか?」
今度は。
できるだけ足裏全体で荷重を受けるように下ろしてみる。
ズ……ン。
「…………」
さっきより。
いい気がする。
もう一歩。
歩幅も小さくする。
ズン。
もう一歩。
ズン。
「…………」
四十五メートルの銀色巨人が。
小股で歩いている。
「格好悪……」
『へぁ……』
でも。
地面への衝撃は、さっきより小さい。
「格好はどうでもいい」
人を助けに行って。
また別の事故を起こすよりはいい。
何度か往復する。
次は。
しゃがむ。
第1話では、何も考えず一気に腰を落とした。
今日は違う。
「ゆっくり……」
膝を曲げる。
腰を落とす。
「ゆっくり……」
『へぁぁ……』
さらに。
ゆっくり。
「…………」
しゃがめた。
「できるじゃん」
立つ。
もう一度。
しゃがむ。
立つ。
しゃがむ。
「…………」
『へぁぁ……』
立つ。
「…………」
膝に手をついた。
「普通にスクワットじゃん……」
『へぁぁ……』
巨大化したからといって。
スクワットが楽になるわけではないらしい。
「次」
片足を上げる。
第3話で足を取られた。
バランスを崩した。
なら。
バランスの練習。
両腕を広げる。
「…………」
左足だけで立つ。
「お」
いける。
ほんの少し。
身体が傾いた。
「あっ」
『へぁっ!?』
慌てて右足を下ろす。
ズン!
「…………」
『…………へぁ』
今のは。
ちょっと強かった。
「もう一回」
今度は慎重に。
片足を上げる。
両腕を広げる。
「…………」
耐える。
少し揺れる。
戻す。
「よし」
その時だった。
ピコン。
「…………」
胸を見る。
ピコン。
ピコン。
「もう?」
『へぁ?』
急いで車の位置から離れる。
人の姿へ戻った。
「…………」
すぐスマホを見る。
変身する直前にタイマーを動かしていた。
「二分……五十八」
画面を見つめる。
約三分。
「三分……」
短すぎるだろ。
「…………」
昔よく見た。
アレ。
「アレと一緒じゃん」
思わず苦笑した。
◇
車へ戻る。
水を飲む。
少し休む。
ノートを開いた。
活動限界。
約三分。
歩行。
歩幅を小さく。
足を叩きつけない。
しゃがむ時はゆっくり。
急な片足荷重は危険。
「…………」
書いていて。
思った。
「取扱説明書じゃん」
自分の身体の。
ペンを置く。
銀色のアレを見る。
「…………」
もう一つ。
分からないことがある。
「これ……」
手に取る。
「何回使えるんだ?」
一回変身したら終わりなのか。
一日に何度でも使えるのか。
間隔が必要なのか。
何も知らない。
「…………」
第2話までの俺なら。
たぶん。
すぐ試した。
でも。
今は少し考える。
「…………」
もう一度だけ。
無理そうなら。
すぐやめる。
時計を見る。
一回目から、しばらく時間は空けた。
「よし」
銀色のアレを構えた。
閃光。
視界が再び高くなる。
「お」
『へぁ』
なれた。
「二回はいける」
身体の状態を確認する。
今のところ。
変な感じはない。
「じゃあ……」
次は。
力加減。
近くに転がっている大きめの石を見る。
人間なら。
持ち上げるのは無理そうな大きさ。
今の俺なら。
指先で扱える。
「掴まない」
昨日のバスを思い出す。
親指と人差し指で。
そっと挟む。
「…………」
持ち上がる。
「お」
『へぁ』
軽い。
少し力を入れた。
ボロッ。
「…………」
『…………へぁ』
石の一部が崩れた。
「人じゃなくてよかった……」
そっと戻す。
今度は別の石。
さっきより力を抜く。
持ち上げる。
戻す。
「…………」
もう一度。
少しずつ。
力加減を覚える。
「これ、結構大事だな」
昨日。
バスが軽かった。
だからこそ怖かった。
今の身体なら。
助けようとして握っただけで。
壊してしまうかもしれない。
「持つんじゃなくて、支える」
『へぁ』
ノートには後でそう書こう。
そして。
最後。
「…………」
空を見る。
飛行。
一番やりたくない。
でも。
昨日みたいに。
飛ばなければならない時もある。
「浮くだけ」
『へぁ』
飛ばない。
移動しない。
まず。
地面から少しだけ。
「五十センチ」
腕を前へ。
身体が。
ふわりと浮く。
「…………」
『…………へぁ』
足の裏が地面から離れる。
すぐ下に地面はある。
「大丈夫」
一度降りる。
次。
「一メートル」
浮く。
「…………」
大丈夫。
降りる。
少し迷って。
「三メートル」
身体が浮く。
足の裏から。
地面が離れていく。
一メートル。
二メートル。
三メートル。
「…………」
支えるものが。
何もない。
四十五メートルの身体が。
完全に宙に浮いている。
思わず。
下を見た。
「高っ――!」
『へぁっ!?』
即座に降りた。
ズン。
「…………」
『…………へぁ』
心臓が速い。
「三メートルだぞ……」
『へぁ……』
でも。
怖いものは怖い。
「今日はここまで」
無理する必要はない。
少しずつ。
覚えればいい。
◇
その時。
遠くで。
何かが光った。
「…………?」
目を凝らす。
道路。
車が数台。
「…………」
人。
こっちを向いている。
その手には。
「…………スマホ?」
『へぁ……』
いつから?
さらに向こう。
また車。
「…………」
増えてない?
嫌な予感がした。
ピコン。
胸も鳴った。
「帰ろ」
『へぁ』
今日は飛ばない。
その場で活動限界を迎え。
人の姿へ戻った。
◇
帰宅。
シャワーを浴び。
夕飯を食べた。
食べた。
「…………」
まだ腹が減っている。
冷蔵庫を開ける。
「なんかないかな……」
残っていたご飯を温める。
食べる。
「…………」
まだ。
少し足りない。
「二回目だから?」
分からない。
ただ。
一回目より。
明らかに疲れている。
ソファへ座る。
ノートを開いた。
活動限界:約三分。
一日二回までは変身可能。
二回目、疲労・空腹強め。
三回目以降――不明。
「…………」
銀色のアレを見る。
三回目。
試す?
「いや」
ペンを走らせる。
三回目以降――試す必要なし。
「これでいい」
スマホを取った。
何となく。
ニュースを見る。
「…………」
固まった。
トレンド。
#へぁさん
#へぁさん自主練
#へぁトレ
「…………」
嫌な予感しかしない。
恐る恐る開く。
動画。
『本日午前、北海道内で撮影された映像です』
「…………」
俺だった。
四十五メートルの俺が。
小股で歩いている。
「…………」
次。
ゆっくりしゃがむ。
立つ。
またしゃがむ。
『へぁぁ……』
「…………」
次。
片足立ち。
グラッ。
『へぁっ!?』
「…………」
次。
三メートル浮く。
下を見る。
『へぁっ!?』
即着地。
「…………」
スマホを伏せた。
「全部撮られてるじゃん……」
もう一度。
見る。
コメントは。
とんでもない勢いで増えていた。
【へぁさん、謎の自主練を開始】
1:名無し
何してんのこいつw
2:名無し
散歩
3:名無し
散歩にしては慎重すぎる
4:名無し
小股www
5:名無し
前回川荒らしたからだろ
6:名無し
学習してて草
7:名無し
へぁさん自主練始めた?
8:名無し
スクワットしてるぞ
9:名無し
45mのスクワット誰得だよ
10:名無し
本人はめちゃくちゃ真剣なのが余計笑う
11:名無し
世界最大のリハビリ
12:名無し
やめろwww
「…………」
スクロールする。
31:名無し
片足立ちもしてる
32:名無し
前回川でコケかけたからじゃね?
33:名無し
あ
34:名無し
歩幅小さくする
ゆっくりしゃがむ
片足でバランス取る
35:名無し
全部前回の失敗対策じゃん
36:名無し
こいつ結構考えてる?
37:名無し
考えてるだろ
少なくとも俺よりは
38:名無し
お前と比べるな
「…………」
さらに。
52:名無し
飛行練習きた
53:名無し
50cmくらい浮いた
54:名無し
降りた
55:名無し
また浮いた
56:名無し
慎重すぎるw
57:名無し
3mくらい行ったぞ
58:名無し
へぁっ!って言って即降りたwww
59:名無し
なんでだよwww
60:名無し
こいつまさか
61:名無し
高所恐怖症?
62:名無し
空飛べる奴が高所恐怖症なわけないだろ
63:名無し
でも初回も飛びながら
へぁぁぁぁぁ!って叫んでたぞ
64:名無し
昨日も
65:名無し
あれ雄叫びじゃなかったの?
66:名無し
悲鳴説
67:名無し
wwwww
「…………」
スマホを伏せた。
「バレた……」
いや。
まだ確定じゃない。
ネットが勝手に言っているだけだ。
もう見ない。
そう思った。
でも。
見た。
91:名無し
笑ってるけどこれ結構重要じゃね?
92:名無し
何が?
93:名無し
前回の事故を明らかに反省してる
94:名無し
歩き方変えてるし
急にしゃがまない
バランス練習
飛ぶのも低い所から
95:名無し
つまり学習してる
96:名無し
知能高いんじゃね?
97:名無し
人間並みに見える
98:名無し
もしかしてネットも見てたりして
99:名無し
へぁさん見てるー?
100:名無し
へぁ!
101:名無し
へぁ!
102:名無し
へぁ!
「…………」
画面を見る。
「見てるよ」
誰にも聞こえない。
118:名無し
へぁさんへ
光線だけは練習しないでください
119:名無し
これはマジ
120:名無し
全国民からのお願い
121:名無し
海「お願いします」
122:名無し
漁師「お願いします」
123:名無し
保険会社「お願いします」
「…………」
「撃たねえよ」
最後の一つだけ。
そう思ってスクロールした。
147:名無し
変身時間測った奴いる?
148:名無し
何を目指してるんだよ
149:名無し
今回の動画
出現から胸が点滅するまでほぼ3分
150:名無し
俺も測った
だいたい3分
151:名無し
マジ?
152:名無し
身長45m
銀色
飛べる
光線
胸ピコンピコン
活動時間約3分
153:名無し
…………アレじゃん
154:名無し
アレだな
155:名無し
昔よく見たアレ
156:名無し
偶然だろ
157:名無し
偶然とは
「…………」
スマホを置いた。
机の上には。
今日書いたノート。
活動限界、約三分。
その横には。
銀色のアレ。
「…………」
俺は。
もう一度スマホを取った。
画面には。
小股で歩く俺。
スクワットする俺。
片足でふらつく俺。
三メートル浮いて。
慌てて降りる俺。
「…………」
人を助けるために。
真面目にやった。
真面目にやったはずなのに。
コメント欄を見る。
188:名無し
なんかへぁさん好きになってきた
「…………」
その下。
189:名無し
分かる
190:名無し
危ないけどな
191:名無し
危ないから練習してるんだろ
192:名無し
次はもう少し上手くやれるといいな
「…………」
少しだけ。
指が止まった。
昨日。
三十二人を助けた。
今日。
その次に備えて練習した。
笑われている。
それでも。
「…………まあ」
悪い気は。
しなかった。
スマホを閉じる。
ノートを開く。
今日覚えたことを、最後に一つ書き加えた。
――練習場所。
もっと探す。
「…………」
たぶん。
それが一番難しい。




