第19話 出番
海難事故から。
三週間あまりが過ぎた。
へぁさんは。
その後、一度も現れていない。
◇
『あの海難救助を最後に、へぁさんの姿は確認されていません』
「……。」
昼休み。
俺は会社のテレビを見る。
『これまで突如として現れ、災害や事故現場で活動してきたへぁさんですが――』
「突如としてって。」
佐々木が弁当を食べながら言った。
「最近、全然出ないな。」
「そうだな。」
『政府がガイドラインを制定した直後ということもあり、活動を控えているのではないかとの見方も――』
「違う。」
『先日の海難救助で負傷した可能性を指摘する声もあります』
「してない。」
『また、一部では日本政府の対応に不満を持っているのではないかとの憶測も――』
「ない。」
佐々木が箸を止めた。
「……お前、詳しいな。」
「……。」
「なんで全部分かるの?」
「分かんないけど。」
「今、全部即答したじゃん。」
「勘。」
「へえ。」
テレビでは、まだ議論が続いている。
『単純に、へぁさんが必要となるような大規模事故や災害が発生していないだけではないでしょうか』
「それ。」
「……。」
佐々木が俺を見る。
「何?」
「いや。」
また弁当を食べ始める。
「お前、へぁさん好きだよな。」
「……。」
「そう見える?」
「めちゃくちゃ。」
「……。」
テレビを見る。
画面には。
海の中で旅客船を支える。
へぁさん。
「……。」
自分なんだけどな。
◇
仕事を終える。
「お先に失礼します。」
「お疲れ様でしたー。」
会社を出る。
いつもの帰り道。
車。
信号。
コンビニ。
仕事帰りの人。
学生。
いつもの街。
「……。」
ポケットに手を入れる。
銀色のアレ。
今日も。
使わなかった。
三週間。
一度も。
「……。」
最初は。
使い道がないと思っていた。
怪獣なんていない。
宇宙人も攻めてこない。
巨大ロボットも出てこない。
四十五メートルになったところで。
何をすればいいんだと。
思っていた。
「……。」
でも。
実際は。
色々あった。
山を壊した。
海で光線を撃った。
外国まで飛んだ。
工場で爆発に巻き込まれた。
船を支えた。
政府と○×で会話した。
「……。」
改めて考える。
「結構やったな……。」
そして。
結構。
壊した。
「……。」
この前まとめた損害一覧を思い出す。
「やめよう。」
思い出したくない。
信号が青になる。
歩き出す。
「でも……。」
へぁさんが。
出ない。
それは。
誰も困っていないということでもある。
少なくとも。
俺が四十五メートルにならなきゃ、どうにもならないようなことは。
起きていない。
「……。」
ポケットの中。
銀色のアレに触れる。
「使わないで済むなら。」
信号を渡る。
「それが一番だよな。」
◇
ドンッ!!
「……っ!?」
振り返る。
交差点。
車。
一台の軽自動車が。
右折してきた車と衝突した。
タイヤが浮く。
横転。
ガシャァン!
歩道近くまで滑って。
止まった。
「……!」
俺は走った。
「大丈夫ですか!」
横転した車。
運転席。
人がいる。
女性。
意識はある。
「聞こえますか!」
「……はい……。」
「動かないでください!」
周囲に。
人が集まり始める。
「誰か119番お願いします!」
「はい!」
一人がスマホを出す。
俺は車内を見る。
「他に誰か乗ってますか?」
「……いません。」
「分かりました。」
車体の前方から。
薄く煙が上がっている。
「……。」
ポケット。
手が伸びる。
銀色のアレ。
「……。」
握る。
周囲を見る。
道路。
電線。
建物。
人。
車。
これから来る。
救急車。
消防車。
「……駄目だ。」
ここで。
四十五メートルになったら。
どう考えても。
邪魔だ。
手を離す。
「エンジン止まってますか!」
「分かりません……。」
「分かりました。触らなくていいです!」
車の下。
液体が広がっている。
「……。」
ガソリンなのか。
冷却水なのか。
俺には分からない。
分からないなら。
勝手なことはしない。
「救急車、呼びました!」
「ありがとうございます!」
別の男性が近づいてくる。
「起こしますか!?」
「いや、触らない方がいいです!」
「でも中に――」
「意識あります! もう救急車来ます!」
俺だって。
専門家じゃない。
できることだけ。
「後ろから車来るんで、誰か知らせてもらえますか!」
「分かりました!」
周囲の人が動き始める。
俺は。
車内の女性を見る。
「大丈夫ですからね。」
「……はい。」
「今、救急車来ますから。」
遠く。
サイレン。
「来ました。」
少しだけ。
安心する。
◇
消防。
救急。
警察。
現場へ次々と到着した。
「運転手一人です。意識あります。車からは出してません。」
「ありがとうございます。」
消防隊員が車内を確認する。
「後はこちらで対応します。」
「お願いします。」
下がる。
救助活動が始まる。
俺は。
少し離れたところから見る。
「……。」
何もすることがない。
それでいい。
消防隊員が。
専用の器具を使う。
車体の一部を開く。
救急隊員が。
中の女性へ声をかける。
しばらくして。
運転手が。
担架へ。
「……。」
生きている。
救急車へ運ばれていく。
「よかった……。」
その時。
近くにいた男が言った。
「こういう時、へぁさん来ないんだな。」
「……。」
別の人が答える。
「これくらいじゃ来ないんじゃない?」
「そういうもんか。」
「知らんけど。」
「……。」
俺は。
二人を見る。
ポケット。
銀色のアレ。
「……来てるよ。」
「え?」
「……いや。」
「何でもないです。」
◇
帰宅。
靴を脱ぐ。
部屋へ。
「……。」
テレビをつける。
『続いて――』
ニュース。
『巨大人型未確認存在、通称へぁさんが最後に確認されてから、今日で二十二日となりました』
「数えなくていいよ。」
『ネット上では、へぁさんの安否を心配する声も――』
「元気だよ。」
リモコン。
テレビを消す。
静かになる。
「……。」
ポケットから。
銀色のアレを取り出す。
テーブルへ置く。
今日。
使わなかった。
でも。
事故現場には。
救急隊員がいた。
消防がいた。
警察がいた。
通報した人がいた。
後続車に知らせてくれた人もいた。
俺も。
少しだけ。
そこにいた。
「……。」
銀色のアレを見る。
これがなくても。
できることはある。
逆に。
これを使わない方がいい時もある。
「……。」
引き出しを開ける。
この前。
印刷した紙。
『へぁさん活動に伴う推定損害一覧』
「……。」
少しだけ。
引き出して見る。
「……。」
戻す。
閉める。
銀色のアレを手に取る。
「結局……。」
眺める。
「なんだったんだろうな、これ。」
当然。
答えはない。
「……。」
テーブルへ戻す。
椅子にもたれる。
静かな部屋。
外から。
車の音。
人の声。
いつもの夜。
怪獣はいない。
巨大な何かと戦う必要もない。
今日は。
誰も。
俺が四十五メートルになることを必要としなかった。
「……。」
「これでいいんだよ。」




