最終話 へぁ!!
その夜。
俺は、いつも通りベッドに入った。
明日も仕事。
目覚ましをセットして、スマホを置く。
電気を消した。
「……。」
目を閉じる。
しばらくして。
意識が、ゆっくり沈んでいった。
◇
「……。」
気がつくと。
何もない場所に立っていた。
白い。
どこまでも。
何もない。
「……ここ。」
知っている。
あの時と同じ。
最初に。
銀色のアレを渡された時。
「……。」
前を見る。
いた。
銀色の男。
へぁさん。
「……。」
久しぶりに見た。
俺と同じくらいの大きさ。
いや。
ここでは、という意味だけど。
「お前……。」
聞きたいことが山ほどある。
どこから来た。
何者なんだ。
なんで俺なんだ。
あの力は何なんだ。
そもそも。
最初から、一番聞きたかった。
「ちょっと色々聞きたかったんだけど……。」
「へぁへぁへぁへぁ。」
「……。」
「へぁへぁ。」
「……やっぱり。」
駄目だ。
何言ってるか、全然分からない。
へぁさんは。
しきりに頭を下げている。
「……何?」
「へぁ。」
頭を下げる。
「いや、だから。」
「へぁへぁ。」
また頭を下げる。
「……謝ってんの?」
「へぁ。」
「何に?」
「へぁへぁへぁ。」
「分かんねえよ。」
相変わらずだった。
へぁさんは、申し訳なさそうに。
何度も。
何度も。
頭を下げる。
「……。」
なんだ。
この感じ。
嫌な予感がする。
へぁさんが。
ゆっくり俺へ手を差し出した。
「……?」
「へぁ?」
「何?」
手を差し出したまま。
「握手?」
俺も手を出す。
へぁさん。
首を横に振る。
「違う?」
へぁさんは両手の指で、細長い何かの形を作った。
「……。」
もう一度。
細長い形。
「……まさか。」
銀色のアレを思い浮かべる。
「これ?」
へぁさん。
思いっきり頷く。
「……。」
「これを返せって?」
ブンブンブンブン。
すごい勢いで頷く。
「……。」
俺は、へぁさんを見る。
へぁさんも俺を見る。
「……お前。」
「へぁ。」
「もしかして。」
「……。」
「お前、間違っ――」
「へぁへぁへぁへぁ!!」
ブンブンブンブン!
ものすごい勢いで首を横に振る。
「……。」
「へぁ!」
ブンブン。
「……嘘だな。」
「へぁ!」
「絶対間違えただろ。」
「へぁへぁへぁ!」
「分かった分かった。」
もういい。
今さらだ。
「返すよ。」
そう言うと。
いつの間にか俺の手の中に、銀色のアレがあった。
「……。」
最初に見た時と、何も変わっていない。
継ぎ目もない。
ボタンもない。
結局。
最後まで。
何なのか分からなかった。
「……ほら。」
差し出す。
へぁさんが両手で受け取った。
「へぁ。」
頭を下げる。
「へぁへぁ。」
また頭を下げる。
「もういいって。」
「へぁ。」
「……。」
へぁさんが、少しずつ後ずさる。
「へぁ。」
頭を下げる。
一歩。
「へぁ。」
また一歩。
「……。」
帰る気だ。
「待って。」
「へぁ?」
「一応、これも渡しておくわ。」
俺は思い出した。
この前まとめた。
今までの損害金額。
「……。」
そう思った瞬間。
手の中に数枚の紙が現れた。
「便利だな、ここ。」
表紙。
『へぁさん活動に伴う推定損害一覧』
「これ。」
へぁさんへ渡す。
「今までの損害金額。」
「……へぁ?」
へぁさんが紙を見る。
一枚。
めくる。
「……。」
二枚目。
めくる。
「……へぁ。」
三枚目。
「……。」
動きが止まった。
「結構な額だろ。」
「……へぁ。」
もう一度。
一枚目から見る。
「そこ、最初の山。」
「へぁ……。」
「道路も。」
「へぁ……。」
「飛行機も。」
「へぁ……。」
「海も。」
「へぁ……。」
「船も。」
「……へぁ。」
どんどん。
小さくなっていくように見える。
「……。」
俺は少し笑った。
「まあ。」
へぁさんが顔を上げる。
「結構な額だけど。」
少し考える。
海。
工場。
船。
助かった人たち。
俺には名前も知らない人が、ほとんどだった。
「でも。」
へぁさんを見る。
「助けられた人もいる。」
「……。」
「この力のおかげで。」
へぁさんが俺を見る。
「……だから。」
俺は頭を下げた。
「ありがとうございました。」
「……。」
へぁさんは、しばらく動かなかった。
「……へぁ。」
少し。
安心したように見えた。
「……。」
俺も、なんとなく肩の力が抜けた。
「でさ。」
顔を上げる。
「結局、お前――」
「へぁ!」
「え?」
へぁさんが。
いきなり飛んだ。
「……え?」
上へ。
ものすごい勢いで。
「ちょっ!」
遠ざかる。
「待て!」
「へぁぁぁぁぁ……。」
「まだ聞きたいことあるんだけど!」
小さくなる。
「お前どっから来たんだよ!」
さらに小さくなる。
「なんで俺だったんだよ!」
消えた。
「……。」
白い空間。
俺だけ。
「……。」
「なんなんだよ!」
◇
目が覚めた。
「……。」
天井。
自分の部屋。
「……夢?」
身体を起こす。
時計を見る。
午前四時。
「……。」
テーブルを見る。
銀色のアレ。
「……。」
ない。
立ち上がる。
テーブル。
床。
引き出し。
「……。」
ない。
「マジか……。」
引き出しの中。
あの紙も、ない。
「……。」
本当に。
持っていきやがった。
俺はしばらく、何もなくなったテーブルを見ていた。
「……。」
もう。
変身できない。
四十五メートルにも。
飛ぶことも。
光線を撃つことも。
できない。
「……。」
不思議と。
寂しくはなかった。
少しだけ。
肩が軽くなった。
「……寝よ。」
明日も仕事だ。
◇
数か月後。
◇
【最近へぁさん来なくね?】
1:名無し
そういや最近見ないな
2:名無し
最後いつ?
3:名無し
船
4:名無し
あれから出てない
5:名無し
死んだ?
6:名無し
やめろ
7:名無し
普通に帰ったんじゃね
8:名無し
どこに
9:名無し
知らん
10:名無し
宇宙
11:名無し
宇宙人だったの?
12:名無し
知らん
13:名無し
何も分かってなくて草
◇
87:名無し
政府に消された説
88:名無し
45mをどうやって消すんだよ
89:名無し
自衛隊
90:名無し
無理だろ
91:名無し
へぁさん普通に爆発痛がってたぞ
92:名無し
あれ衝撃だった
93:名無し
痛覚あるんだよな
94:名無し
海では震えてたし
95:名無し
寒かったんだろ
96:名無し
巨大ヒーローが寒さでガタガタ震えて
救命艇揺らしてたの今思い出しても草
97:名無し
本人必死だっただろ
98:名無し
笑うな
99:名無し
でも笑う
◇
216:名無し
ガイドラインにキレて
来なくなったんじゃね
217:名無し
それなら船助けに来てないだろ
218:名無し
確かに
219:名無し
じゃあ何で来ないの
220:名無し
事件ないからだろ
221:名無し
平和ってことじゃん
222:名無し
……
223:名無し
そう考えると
来ない方がいいのか
224:名無し
へぁさんが必要な状況って
基本ろくなこと起きてないからな
225:名無し
それな
◇
401:名無し
俺は会社員説まだ推してる
402:名無し
まだ言ってんのか
403:名無し
絶対会社員
404:名無し
根拠は
405:名無し
出現時間
406:名無し
係長な
407:名無し
なんで係長なんだよ
408:名無し
課長になったんじゃね
409:名無し
だから忙しいのか
410:名無し
昇進してへぁさん引退は草
「……。」
俺はスマホを見る。
「してねえよ。」
係長のままだ。
◇
676:名無し
結局ビーム何だったの
677:名無し
ビーム
678:名無し
本人は否定してそう
679:名無し
なんで
680:名無し
なんとなく
681:名無し
へぁさんスレも人減ったな
682:名無し
そりゃ数か月出てないし
683:名無し
そのうち忘れられるだろ
684:名無し
まあそんなもん
685:名無し
また出たら盛り上がるよ
686:名無し
出ない方がいいって
さっき結論出ただろ
687:名無し
そうだった
◇
921:名無し
もうすぐ1000
922:名無し
次スレいる?
923:名無し
いらなくね
924:名無し
本人出てないし
925:名無し
一応立てろよ
926:名無し
また来るかもしれん
927:名無し
来ない方がいい
928:名無し
でもちょっと見たい
929:名無し
分かる
930:名無し
勝手だなお前ら
◇
俺はベッドに寝転がりながら、スレを眺めていた。
もう。
銀色のアレはない。
へぁさんにもなれない。
普通の三十五歳。
会社員。
係長。
「……。」
それでいい。
◇
991:名無し
なんだかんだ面白かったな
992:名無し
被害受けた奴は笑えんけどな
993:名無し
それはそう
994:名無し
でも助かった人もいた
995:名無し
結局プラスだったのか
マイナスだったのか
996:名無し
そんなの誰にも分からん
997:名無し
結局へぁさんって
何だったんだろうな
998:名無し
分からん
999:名無し
本人はどう思ってたんだろ
「……。」
指が止まった。
その書き込みを、しばらく見ていた。
山を壊した。
道路を埋めた。
飛行機にもぶつかった。
海で光線を撃った。
世界平和なんてものにも首を突っ込んだ。
爆発は痛かった。
瓦礫は熱かった。
海は死ぬほど寒かった。
腹はやたら減った。
政府とは○×で話した。
世界中から好き勝手言われた。
会社では。
なぜか係長になった。
金も。
とんでもなくかかった。
「……。」
めちゃくちゃだった。
でも。
助かった人もいた。
名前も知らない。
もう二度と会わないかもしれない。
そんな人たちが。
今も普通に生きている。
「……。」
俺は返信欄を開いた。
少し考えて。
文字を打つ。
1000:名無し
まあ、悪くなかったよ
送信。
――このスレッドは1000を超えました。
新しいスレッドを立ててください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
『怪獣のいない世界』は、これにて完結です。
もし現実の世界で、突然巨大ヒーローになれてしまったら。
怪獣もいない。
宇宙人も攻めてこない。
そんな世界で、その力に本当に使い道はあるのか。
そんなところから始まった物語でした。
高橋の行動が正しかったのか。
へぁさんがいたことは、この世界にとってプラスだったのか、マイナスだったのか。
たぶん、答えは一つではないと思います。
ただ、高橋本人にとっては――
「まあ、悪くなかったよ」
それくらいでよかったのだと思います。
そして結局。
へぁさんが何者だったのか。
なぜ高橋にあの力を渡したのか。
……本当に間違えただけだったのか。
その辺りは、へぁさんに聞いてください。
たぶん、
「へぁ」
としか答えてくれませんが。
ここまで高橋とへぁさんを見守っていただき、本当にありがとうございました。
面白かった、へぁさん好きだったと思っていただけましたら、
感想や評価をいただけると嬉しいです。




