第17話 ガイドライン
その日。
政府から、新たな方針が発表された。
『政府は本日、巨大人型存在、通称へぁさんに関する対応ガイドラインの策定を開始すると発表しました』
「……。」
昼休み。
俺は会社のテレビを見る。
『これまで、へぁさん出現時の対応については、その都度、警察、消防、自衛隊などが個別に判断していました』
『しかし先日の工場事故を受け、関係機関の連携や現場での対応を統一する必要があると判断したものです』
「ガイドラインねえ。」
隣で佐々木が、弁当を食べながら言った。
「とうとう取扱説明書できるじゃん。」
「俺のじゃねえよ。」
「ん?」
「……へぁさんの。」
「ああ。」
危ない。
『具体的には、へぁさん出現時の周辺住民の避難、航空管制、現場指揮官との意思疎通方法などが検討されます』
「まあ……これはあった方がいいよな。」
「だろうな。」
『また、へぁさん自身が負傷した場合の対応についても――』
「……。」
箸が止まった。
会見場で、一人の記者が手を挙げる。
『へぁさんが負傷した場合、具体的にどのような治療を想定しているのでしょうか?』
政府担当者が少し黙る。
『……今後、検討します』
『医療機関への搬送は?』
『……。』
『へぁさんは推定四十五メートルとされていますが』
『承知しています』
『病院には入りませんよね?』
『……承知しています』
「……。」
佐々木が呟く。
「どうすんだろ。」
「知らん。」
「巨大な絆創膏とか?」
「治療なめんな。」
◇
ガイドライン策定の発表から数日。
テレビでは、へぁさんの扱いについて連日のように議論が続いた。
◇
『そもそも、人間側の対応だけを定めるというのはおかしくありませんか?』
夜。
俺は自宅で討論番組を見ていた。
『へぁさん側にも、一定の行動基準を求めるべきだと思います』
画面には、これまでの映像。
最初の山。
崩れた斜面。
『道路を寸断した事例』
「……はい。」
次。
海。
『船舶への被害』
「……はい。」
次。
光線。
『さらに、詳細不明の高出力エネルギーを放出する能力も確認されています』
「……。」
「ビームじゃないからな。」
何なのか。
俺も知らないけど。
『海外での活動が外交問題へ発展したこともあります』
「……はい。」
司会者が資料を見る。
『こうして並べてみると、確かに相当な影響が出ていますね』
「並べんなよ……。」
『善意で活動しているからといって、これほどの力を持つ存在が自己判断だけで行動していいのでしょうか』
「……。」
反論しようとして。
やめた。
最初の変身で山を壊した。
海では船に被害を出した。
戦争を止めようとして、勝手に飛んだ。
光線まで撃った。
「……まあ。」
「それはそうなんだよな。」
◇
今度は、反対側の専門家が口を開いた。
『ですが、そもそも誰がへぁさんに救助義務を課したのでしょうか?』
「……。」
『へぁさんは警察官でも消防職員でもありません。政府との雇用関係もない。当然、報酬も受け取っていません』
「そうだよ。」
『先日の工場事故では、本人が負傷したとみられる状態で、一度離脱した後、再び現場へ戻っています』
「そう。」
『それでもなお、足りなかった、もっとやるべきだった、と我々は要求するのでしょうか?』
「……そうだよ。」
少し。
声が小さくなった。
『我々は、へぁさんに助けてもらっている側です』
別の出演者が反論する。
『しかし、能力を持っている以上、一定の社会的責任は発生するのではありませんか?』
「……。」
出た。
能力を持っている以上。
『例えば、目の前で人命が失われようとしている。それを救える能力が自分にしかない。そういう状況で「義務はありません」で済ませていいのでしょうか』
「……。」
工場事故が浮かぶ。
三回目。
あの日。
俺は戻らなかった。
後から。
戻れたことを知った。
『だからといって、死ぬまで救助を続けろということですか?』
『そうは言っていません』
『では、どこまでです?』
『……。』
『二回なら十分で、三回なら不足ですか? 負傷しても続けるべきですか? 本人の生命に危険が生じた場合は?』
『ですから、その基準を――』
『誰が決めるんですか?』
「……。」
答えが出ない。
◇
『私は、へぁさんは英雄だと思います』
「……。」
『これまで多くの人命を救ってきました。自ら負傷してまで救助を続けた。少なくとも、その行為は称えるべきです』
「……英雄。」
自分を見る。
部屋着。
テーブルには、食べ終わった弁当。
明日も仕事。
係長。
「……俺が?」
『へぁさんに責任を求めるべきではありません。本人が助けたいと思った時に、助けてもらえばいいのです』
「……。」
今度は、それにも引っかかった。
「好きな時だけ……。」
銀色のアレを見る。
それでいいのか。
目の前で誰かが死にそうになっている。
自分なら助けられる。
それを知っていて。
「今日は気分じゃないから。」
そう言って。
飯を食えるのか。
「……無理だろ。」
たぶん。
俺にはできない。
でも。
爆発は本当に痛かった。
熱い瓦礫も。
離したかった。
怖かった。
俺だって。
死ぬかもしれない。
「……。」
テレビでは、まだ議論が続いている。
『力を持つ以上、責任がある』
『本人の善意に社会が依存しているだけだ』
『危険な存在であることも事実です』
『しかし実際に多くの命を救っています』
『だからといって自由な活動を無条件で認めるのですか?』
『では、ルールに従わないなら助けに来るなと言えるんですか?』
『そういう話ではありません』
『事故が起きた時だけ助けを求め、終わったら責任を問う。それは都合が良すぎませんか?』
『善意だからこそ危険なんです』
「……。」
リモコンを取る。
テレビを消す。
静かになった。
「……どっちなんだよ。」
否定派の言っていることも分かる。
俺は実際に壊した。
擁護派の言っていることも分かる。
俺は頼まれて、これをやってるわけじゃない。
でも。
俺自身。
どっちなのか分からない。
「……。」
銀色のアレを摘まむ。
ヒーローなのか。
違う。
危険な存在なのか。
それも、なんか違う。
ただ。
放っておいたら人が死ぬ。
それが分かってしまったら。
「……行くしかねえだろ。」
それだけだった。
◇
数日後。
『巨大人型存在に関する対応ガイドライン』
政府が正式に発表した。
うちにも関係資料が回ってきた。
保険会社だから無関係ではない。
むしろ最近。
ものすごく関係ある。
『本ガイドラインは、へぁさんの活動を許可、または禁止するものではありません』
「……。」
『へぁさん出現時には、警察、消防、自衛隊、自治体等が情報を共有し、必要に応じて統一された指揮系統を構築する』
「うん。」
『救助活動時には、現場指揮官が可能な範囲で活動場所を提示する』
「うん。」
『意思確認については、原則として○及び×による回答を用いる』
「……。」
俺のせいで。
国のガイドラインに。
○と×が入った。
「マジかよ……。」
『航空機との接触を防止するため、出現確認時には関係機関が速やかに航空管制当局へ情報を共有する』
「……すいません。」
『高出力エネルギー放出現象が確認された場合――』
「だからビームじゃねえって。」
いや。
高出力エネルギー放出現象。
そっちの方が怖い。
最後。
『なお、へぁさんに対しても、安全確保のため、本ガイドラインへの可能な範囲での協力を求める』
「……。」
可能な範囲。
その言葉に。
少しだけ安心した。
◇
その日の記者会見。
『へぁさん本人は、このガイドラインに従うのでしょうか?』
政府担当者は少し黙った。
『……分かりません』
『では、従わなかった場合は?』
『……。』
『粘り強く、協力をお願いしていくことになると考えています』
「……。」
少し笑った。
「大変だな、政府も。」
コーヒーを飲む。
テーブルの上。
銀色のアレ。
「……。」
「俺のせいか。」
◇
【速報】政府「へぁさん対応ガイドライン」発表
1:名無し
ついに法律できてて草
2:名無し
法律じゃない
3:名無し
ガイドライン
4:名無し
何が違うん
5:名無し
知らん
6:名無し
誰も分かってなくて草
7:名無し
○×正式採用されてて草
8:名無し
日本政府
45mの巨人との意思疎通方法
○
×
9:名無し
文明レベル下がってない?
10:名無し
むしろこれで意思疎通できてるのすごい
11:名無し
へぁさん側からしたら
日本政府との会話が全部二択なの草
12:名無し
政府「我が国との友好関係についてどうお考えですか?」
へぁ「○か×で答えられる質問にしろ」
13:名無し
草
◇
47:名無し
へぁさん側に罰則ないじゃん
48:名無し
当たり前だろ
どうやって逮捕すんだよ
49:名無し
警察「止まりなさい!」
50:名無し
へぁ
51:名無し
飛んで逃げる
52:名無し
無理ゲー
53:名無し
そもそも手錠ない
54:名無し
そこからかよ
55:名無し
でも規制は必要だろ
56:名無し
なんで
57:名無し
飛べます
謎の光線撃てます
正体分かりません
山壊してます
58:名無し
こう書くと普通に怖いな
59:名無し
しかも海外まで行こうとしました
60:名無し
やべえ奴で草
61:名無し
でも人助けてる
62:名無し
それで全部チャラになるの?
63:名無し
ならん
64:名無し
じゃあ来なくていいんだな?
65:名無し
そういう話じゃない
66:名無し
出たwww
そういう話じゃない
67:名無し
事故発生
↓
へぁさん助けて!
↓
救助成功
↓
ところで壊した物の責任なんですが
68:名無し
ブラック企業かな
69:名無し
へぁさん労基行け
70:名無し
労働者じゃねえ
◇
112:名無し
擁護派もおかしくね?
113:名無し
何が
114:名無し
「へぁさんは英雄!
好きな時だけ助ければいい!」
これも違うだろ
115:名無し
義務ないだろ
116:名無し
じゃあお前が瓦礫の下にいても?
117:名無し
助けてほしい
118:名無し
草
119:名無し
正直でよろしい
120:名無し
結局みんな
自分が瓦礫の下にいたら
へぁさん来いって言うんだよ
121:名無し
そりゃそう
122:名無し
でもへぁさんが怪我しても知らん
123:名無し
それは酷い
124:名無し
じゃあどこまで怪我していいんだよ
125:名無し
知らん
126:名無し
本人に決めさせろ
127:名無し
本人が一番困ってそう
128:名無し
それはちょっと思う
「……。」
スマホを見る。
「分かってんじゃん。」
◇
177:名無し
ガイドラインに
へぁさん負傷時の対応ってあるぞ
178:名無し
どうやって治療するんだ
179:名無し
巨大絆創膏
180:名無し
まだ言ってんのか
181:名無し
救急車何台必要?
182:名無し
運ぶな
183:名無し
病院に入らない
184:名無し
医者が行け
185:名無し
医者「痛いところあります?」
186:名無し
へぁ
187:名無し
医者「分かりません」
188:名無し
診察終了
189:名無し
○×使えよ
190:名無し
医者「ここ痛いですか?」
191:名無し
○
192:名無し
いけるじゃん
193:名無し
日本の医療始まったな
「……。」
「診察はできそうだな。」
いや。
問題は。
そこじゃない。
◇
234:名無し
ていうか英雄扱いもキモくね?
235:名無し
なんでだよ
236:名無し
本人一回も
「俺ヒーローです」
なんて言ってないだろ
237:名無し
喋ってないからな
238:名無し
へぁしか言ってない
239:名無し
英雄「へぁ」
240:名無し
危険存在「へぁ」
241:名無し
国際問題「へぁ」
242:名無し
災害救助者「へぁ」
243:名無し
全部同じで草
244:名無し
本人からしたら
勝手に肩書き増えてるだけなんだよな
245:名無し
現在の肩書き
巨大人型存在
英雄
危険存在
国際問題
災害救助要員
謎の光線保有者
246:名無し
忙しすぎる
247:名無し
本業あったりして
248:名無し
また会社員説かよ
249:名無し
係長な
250:名無し
なんで係長で定着してんだよ
「……。」
スマホを見る。
「……。」
「なんで係長で定着してんだよ。」
◇
303:名無し
結論
304:名無し
何
305:名無し
へぁさんは規制すべき
306:名無し
反対
307:名無し
危険だろ
308:名無し
助けてもらってるだろ
309:名無し
それとこれとは別
310:名無し
じゃあ助け求めんな
311:名無し
それとこれも別
312:名無し
無敵かよ
313:名無し
英雄だから自由にさせろ
314:名無し
それも違う
315:名無し
じゃあどうすんだよ
316:名無し
知らん
317:名無し
政府に任せる
318:名無し
政府も分からんから
ガイドライン作ったんだろ
319:名無し
詰んでて草
320:名無し
へぁさん本人は
どうしたいんだろうな
「……。」
指が止まった。
その書き込みを。
しばらく見ていた。
危険な存在。
英雄。
災害救助要員。
謎の巨大人型。
どれも。
俺のことらしい。
「……。」
銀色のアレを見る。
俺が。
どうしたいのか。
「……。」
「俺が聞きてえよ。」




