第14話 もう一度
昼過ぎ。
社内の空気が。
一瞬で変わった。
「うわ……。」
誰かが声を漏らす。
俺も。
パソコンから顔を上げた。
休憩スペースのテレビ。
【速報 工場で大規模爆発】
『本日午後、工業地区にある工場で大規模な爆発が発生しました』
画面が切り替わる。
「……。」
黒煙。
炎。
建物の一部が。
完全に崩れている。
『現在、消防による消火、救助活動が行われていますが、工場内には複数の従業員が取り残されている可能性があり――』
ドン。
映像の奥で。
小さな爆発。
消防隊員たちが一斉に下がる。
『二次爆発の危険もあり、救助活動は難航しています』
「これ……ヤバくね?」
佐々木が呟く。
「……ああ。」
その時。
スマホが鳴った。
俺だけじゃない。
社内の。
あちこちで。
同時に鳴る。
「何?」
「防災情報?」
俺もスマホを見る。
【政府 巨大人型存在「へぁさん」へ緊急協力要請】
「……。」
『政府は先ほど、へぁさんに対し、救助活動への協力を要請しました』
テレビにも。
同じ速報。
『へぁさんがこの放送を確認している場合、現場の消防指揮本部と連携し、人命救助への協力を――』
「すげえな。」
佐々木がテレビを見る。
「マジで呼んでる。」
「……。」
「来るかな。」
俺は。
立ち上がった。
「ちょっと出てきます。」
上司が振り返る。
「どこへ?」
「現場周辺です。」
「……。」
「へぁさんが来た場合、損害確認も必要になりますよね。」
上司もテレビを見る。
「そうだな。」
「行ってこい。」
「ありがとうございます。」
鞄を掴む。
「高橋。」
佐々木。
「何?」
「最近、仕事熱心だな。」
「係長だからな。」
「それ、気に入ってるだろ。」
「うるさい。」
◇
車を走らせる。
ただし。
現場には向かわない。
人の少ない方へ。
現場近くで変身なんかしたら。
どこから現れたのか。
調べられる。
解除も同じだ。
「……ここなら。」
道路から外れる。
さらに進む。
車を停める。
周囲。
誰もいない。
スマホで現場を確認。
「……。」
黒煙が。
遠くに見える。
銀色のアレを取り出す。
「頼むぞ。」
握る。
「へぁ。」
◇
巨大化。
すぐに。
地面を蹴る。
飛ぶ。
市街地を避ける。
低く飛ばない。
現場へ直接降りない。
今まで。
散々やらかした。
だから。
「今回は……。」
「何も壊さない。」
黒煙が。
近づいてくる。
◇
『来た!』
『へぁさんです!』
現場が動く。
俺は。
工場から十分に距離を取って。
着地。
ズン。
「……。」
地面が揺れた。
「これは許して。」
『へぁさん! 聞こえますか!』
消防指揮本部。
大型の拡声器。
俺は。
○
『救助活動への協力をお願いします!』
○
『正面の建物には近づかないでください! 二次爆発の危険があります!』
○
『右手側の倒壊した建物! 瓦礫の下に複数名が取り残されています!』
右を見る。
「……あれか。」
○
ゆっくり。
近づく。
俺が走れば。
それだけで危ない。
『その瓦礫です!』
指示された場所。
手を伸ばす。
その時。
ドンッ!!
「っ!?」
すぐ近く。
足元で爆発。
炎と破片が。
右足首へ叩きつけられた。
「痛った!!」
反射的に。
足を上げる。
「熱っ!」
数歩下がる。
『へぁさん!』
「痛って……。」
右足首を見る。
「……マジか。」
ズキズキする。
「めちゃくちゃいてーじゃん……。」
海に入った時。
寒かった。
感覚があることは。
分かっていた。
でも。
「爆発も普通に痛えのかよ……。」
ふと。
頭に浮かんだ。
戦争を止めようとして。
飛んでいった時。
地上に並んでいた。
戦車。
「……待てよ。」
あの時。
もし。
撃たれてたら。
「……。」
右足を見る。
今ので。
これ。
「戦車の砲弾なんか食らってたら……。」
少し考える。
「普通に死んでたんじゃね?」
「……。」
急に。
怖くなった。
「俺……。」
「よく行ったな……。」
『へぁさん! 救助を継続できますか!』
「……。」
声で返しても。
意味がない。
右足を。
地面につける。
「痛っ……。」
いける。
歩ける。
俺は。
○
『救助継続!』
「……やるよ。」
◇
倒壊した建物へ。
右足を庇いながら近づく。
『その下に二名確認されています!』
「これ?」
瓦礫を指差す。
『はい!』
手を伸ばす。
触れた。
「熱っ!」
反射的に。
手を離した。
「……。」
瓦礫を見る。
火災の熱で。
焼けている。
「いやいや……。」
もう一度。
触る。
「熱っ!」
また離す。
「無理だって……。」
熱い。
普通に。
熱い。
『へぁさん!』
「……。」
瓦礫の下。
人がいる。
俺が。
これを持ち上げないと。
消防隊員は。
入れない。
「……くそ。」
もう一度。
手を伸ばす。
掴む。
「熱っ……!」
離したい。
手のひらが。
焼ける。
「熱いって……!」
でも。
離さない。
持ち上げる。
『救助隊! 進入!』
消防隊員たちが。
瓦礫の下へ走る。
「……っ。」
熱い。
痛い。
「早く……。」
『一名確認!』
「……。」
『搬送!』
まだ。
一人。
「早く……!」
手が。
限界。
でも。
ここで離したら。
下にいる人が。
死ぬ。
「……我慢しろ。」
歯を食いしばる。
「三分だろ……。」
「三分くらい我慢しろ!」
『二人目確認!』
「……!」
『救出!』
消防隊員が。
人を運び出す。
『離してください!』
「っ!」
手を離す。
ドン。
瓦礫が落ちる。
「熱っ……!」
手を見る。
痛い。
右足も。
ズキズキする。
「……ヒーローって。」
「もっと楽だと思ってた。」
◇
その時。
『西側作業棟! 一名取り残されています!』
無線が飛ぶ。
『東側にもまだ要救助者!』
『西側、火が回ります!』
俺は。
東。
西。
交互に見る。
消防指揮官が。
すぐに判断した。
『へぁさん! 西側をお願いします!』
「……。」
『東側は我々が入ります!』
○
「分かった。」
右足を踏み出す。
「痛っ……。」
もう一歩。
身体が。
右へ傾く。
「……。」
足を引きずる。
それでも。
進む。
◇
西側。
二階。
窓際に。
人影。
「いた。」
炎が迫っている。
手を伸ばす。
掌を。
窓へ近づける。
「乗れ!」
『へぁ!』
男性が。
俺を見る。
怯えている。
「大丈夫だから!」
『へぁ!』
「……。」
「そりゃ怖いよな。」
四十五メートルの銀色が。
手を出してる。
俺でも嫌だ。
「でも早く!」
男性が。
意を決して。
掌へ乗る。
「よし。」
ゆっくり。
下ろす。
消防隊員が駆け寄る。
『救出!』
「……。」
ピコン。
胸が。
光った。
「来たか。」
東側を見る。
まだ。
救助は続いている。
ピコン。
ピコン。
「一回……。」
「戻る。」
地面を蹴る。
『へぁさん離脱!』
飛ぶ。
◇
現場から。
離れる。
もっと。
もっと。
人のいない場所へ。
ピコン。
ピコン。
ピコン。
「まだ……。」
山間部。
道路なし。
建物なし。
「ここ。」
着地。
光に包まれる。
◇
「……っ!」
人間に戻った瞬間。
右足に。
鋭い痛み。
「痛ってぇ……!」
座り込む。
ズボンを捲る。
「……。」
右足首。
赤く腫れている。
手のひらも。
ヒリヒリする。
「戻っても残るのかよ……。」
知らなかった。
また。
知らなかった。
スマホを見る。
現場。
まだ。
救助活動中。
「……。」
銀色のアレを見る。
一回目。
終わった。
二回目。
これは。
できる。
分かっている。
「……。」
右足は。
痛い。
手も。
痛い。
「……まだいるんだろ。」
銀色のアレを。
握った。
「へぁ。」
◇
『来た!』
『へぁさんです!』
『戻ってきた!』
再び。
現場へ。
着地する。
ズン。
「……っ。」
右足に。
痛み。
やっぱり。
治ってない。
一歩。
ズン。
もう一歩。
ズン。
右足を。
引きずる。
『……へぁさん、負傷している可能性があります!』
「……バレたか。」
『活動継続できますか!』
俺は。
○
『東側! まだ救助が必要です!』
○
「行く。」
足を。
引きずりながら。
進む。
◇
瓦礫。
一つ。
退かす。
「熱っ……。」
もう一つ。
退かす。
『一名発見!』
「……。」
『生存しています!』
「よし。」
さらに。
奥。
『まだ反応があります!』
「どこ?」
『その下です!』
手を伸ばす。
ピコン。
「……。」
瓦礫を。
持ち上げる。
『もう少し!』
「分かってる……!」
ピコン。
ピコン。
手が。
痛い。
足も。
痛い。
『救助経路確保!』
「……!」
『こちらで行けます!』
「頼む!」
ピコン。
ピコン。
ピコン。
限界。
俺は。
地面を蹴った。
◇
また。
離れる。
誰もいない場所まで。
飛ぶ。
着地。
解除。
「……っ。」
地面に。
座り込む。
スマホを見る。
救助活動は。
まだ。
続いている。
「……。」
銀色のアレ。
一回。
二回。
ここまでは。
分かっている。
三回目。
「……。」
手を伸ばす。
止める。
できるのか。
できないのか。
分からない。
もし。
何か起きたら。
今度こそ。
救助どころじゃない。
「……。」
スマホでは。
消防隊員たちが。
走っている。
銀色のアレを。
握る。
「……。」
離す。
俺は。
三回目を。
使わなかった。
◇
多くの人が。
助かった。
へぁさんが。
直接助けた人。
瓦礫を退かしたことで。
消防が救助できた人。
消防隊員たちが。
助けた人。
でも。
全員ではなかった。
◇
数日後。
『今回のへぁさんの救助活動について、どう評価されていますか?』
「……。」
俺は。
自宅のテレビを見ていた。
討論番組。
そして。
「またお前かよ。」
西村。
『まず、負傷しながら二度現場へ戻ったことについては、評価すべきだと思います』
「……。」
「お?」
『実際、へぁさんがいなければ救えなかった方もいたでしょう』
「……。」
俺は。
少しだけ。
姿勢を直した。
『ただ』
「……。」
「来たよ。」
西村が。
資料を見る。
『僕、一つ分からないことがあるんですよね』
「絶対ろくなことじゃねえ。」
『へぁさんは、二回連続で活動できることを以前から把握していた可能性があります』
「……。」
『今回も二度出現していますから』
「そうだよ。」
『今回まで時間ありましたよね。なんで三回目を試してないんですか?』
「……。」
俺は。
黙った。
司会者が。
口を挟む。
『ただ西村さん』
「そうだ。」
『へぁさんはここ最近、政府との意思疎通や外交問題などもありましたし……』
「そうそう。」
『多忙だったのでは、と考えられませんか?』
「その通り!」
テレビを。
指差した。
「分かってるじゃん!」
西村が。
少し首を傾げる。
『忙しいって、言い訳ですよね?』
「……。」
『別に毎日確認しろって言ってるわけじゃないんですよ』
「……。」
『一回ですよね?』
「……。」
『三回目ができるかどうか。一度試せばいいだけですよね?』
「……。」
『何か月ありました?』
「……。」
『そんなに忙しかったんですか?』
「忙しかったんだよ!!」
立ち上がる。
「係長だぞ!!」
『政府との意思疎通と言っても、実際にへぁさんが活動していたのは数分です』
「仕事してんだよ!」
『外交問題についても、へぁさん本人が日常的に対応していたわけでは――』
「朝から夕方まで働いてんだよ!」
『それと事前の能力確認は別問題ですよね』
「うるせえよ!」
右足。
まだ。
少し痛む。
「こっちは足やられてんだよ!」
手のひらを見る。
「手ぇ焼きながら瓦礫持ってんだぞ!」
テレビの中の。
西村を指差す。
「それでも一回戻ってんだよ!」
「お前テレビで座って喋ってるだけだろうが!」
西村は。
当然。
俺の声なんて聞こえない。
『今回、へぁさんが負傷しながら救助を続けたことは評価すべきだと思いますよ』
「……。」
『でも、それと事前に三回目を確認していなかったことは別問題です』
「……。」
「分けんなよ!」
「今だけは一緒にしろよ!」
『僕だったら、三回目でどうなるか分からない方が怖いですけどね』
「こっちだって怖えよ!」
『だったら、なおさら確認しておくべきだったんじゃないですか?』
「……。」
止まった。
『別に、へぁさんを責めたいわけじゃないんですよ』
「……嘘つけ。」
『ただ、自分に何ができるのか分からないまま人命救助をすること自体、危険じゃないですか?』
「……。」
西村は。
淡々と続ける。
『もし三回目の活動が可能だったとしたら』
少し。
間が空いた。
『救えた人がいたかもしれない』
「……。」
『その可能性は、否定できませんよね』
「……。」
テレビでは。
司会者が。
別の出演者へ話を振った。
でも。
もう。
耳に入らなかった。
テーブルの上。
銀色のアレ。
一回。
二回。
三回目は。
分からない。
「……。」
西村には。
腹が立つ。
ものすごく。
腹が立つ。
でも。
間違っているとも。
言い切れない。
「……。」
俺は。
銀色のアレを見つめた。
「どこまでやれば……。」
右足が。
まだ。
少し痛い。
「いいんだよ。」




