第12話 意思疎通
翌朝。
会社へ着くなり。
佐々木が話しかけてきた。
「昨日見た?」
「何を。」
「へぁさんの討論番組。」
「……見た。」
「あの西村って奴、ムカつくよな。」
「だろ!?」
俺は即答した。
「……。」
「……。」
佐々木が俺を見る。
「なんでお前がそんな怒ってんの?」
「別に。」
「めちゃくちゃ怒ってんじゃん。」
「怒ってない。」
「昨日の実況スレにもいた?」
「いない。」
「怪しいな。」
「仕事しろ。」
佐々木は笑いながら、自分の席へ戻ろうとした。
「あ、でもさ。」
「何?」
「一個だけ、あいつらの言ってること正しいと思った。」
「……何が。」
「政府と話くらいした方がいいんじゃね?」
「……。」
「前に一回話してるけど、あれ全然足りてなかっただろ。」
「……まあ。」
「災害のたびに勝手に来られても、消防も困るだろ。」
「勝手って……。」
「ん?」
「いや。」
俺はパソコンへ目を戻した。
「どうやって話すんだよ。」
「知らね。」
「知らねえのかよ。」
「へぁしか言わねえし。」
「……。」
佐々木は自分の席へ戻っていった。
確かに。
前回の政府との接触では。
日本語を理解すること。
敵意がないこと。
人を助ける意思があること。
そこまでは伝わった。
でも。
俺が何者なのか。
どう連絡を取るのか。
災害時にどう動くのか。
何も決まっていない。
昨日もテレビで言われていた。
誰の指揮下にもいない。
いつ来るのか分からない。
何をするのかも分からない。
現場にとって。
扱いにくい存在。
「……。」
腹は立つ。
ものすごく腹は立つ。
でも。
全部が間違っているわけでもない。
前回の救助でも。
現場へ行ってから。
どこに人がいるのか。
どこが危険なのか。
消防が何をしようとしているのか。
全部確認した。
もし。
最初から分かっていたら。
「……。」
昨日のテレビが頭に浮かぶ。
『政府への連絡くらいはできるんじゃないですか?』
西村の顔まで浮かんだ。
「……腹立つな。」
◇
休日。
俺は車を走らせていた。
向かったのは。
人家から離れた広い土地。
前に政府と接触した場所ではない。
ただ。
過去に何度かへぁさんが出現している地域からも。
そう遠くない。
周囲を確認する。
人はいない。
建物もない。
念のため。
もう一度確認。
「……よし。」
銀色のアレを取り出す。
「へぁ。」
◇
巨大な身体が現れた。
俺は。
動かなかった。
「……。」
ただ。
待つ。
一分。
「……。」
二分。
「……。」
胸を見る。
ピコン。
ピコン。
「……いや。」
そこで気づいた。
「三分しかねえじゃん。」
ピコン。
ピコン。
「政府来る前に終わるだろ。」
考えてみれば。
当たり前だった。
俺がここにいると。
政府へ情報が届いて。
確認して。
人を出して。
移動して。
着いた頃には。
俺はいない。
「……。」
そして。
三分。
身体が光に包まれた。
◇
「……。」
元に戻った俺は。
その場に立っていた。
「来ねえ。」
当たり前だった。
銀色のアレを見る。
「もう一回……。」
少し考える。
「いや。」
「これで二回使うのもな……。」
結局。
何もせず帰った。
◇
翌日。
ニュースになっていた。
『昨日午後、北海道内で巨大人型存在、通称へぁさんが出現しました』
「……。」
『今回、へぁさんは約三分間、その場からほとんど動かなかったということです』
「そうだよ。」
『周辺では災害や事故などは確認されていません』
「話しに行ったんだよ。」
『政府は、前回の接触以降、再び意思疎通を図る機会を検討していたとして、今回の出現目的についても分析を進めています』
「だから話しに――」
画面が切り替わる。
専門家。
『これまでの行動とは明らかに異なります』
「そう。」
『何らかの意思表示だった可能性もあります』
「そう!」
俺は身を乗り出した。
『一方で、単に休んでいただけという可能性もあります』
「違う!」
◇
その日の夜。
政府から発表があった。
『今回の出現が再接触を求める意思表示であった可能性も踏まえ、次回、同様の行動が確認された場合には、可能な限り速やかに接触を試みます』
「……。」
「やっとか。」
◇
次の休日。
同じ場所。
周囲を確認する。
銀色のアレを握った。
「へぁ。」
◇
巨大化。
そして。
待つ。
一分。
遠くから。
ヘリコプターの音が聞こえてきた。
「お。」
数機のヘリが。
十分に距離を取りながら旋回する。
道路の向こうからは。
複数の車両。
「……。」
胸を見る。
ピコン。
ピコン。
「急げよ。」
車両が止まる。
人が降りる。
何かを準備している。
「……。」
ピコン。
ピコン。
「早く!」
ようやく。
大型の拡声器から声が響いた。
『へぁさん!』
「はい!」
『我々は日本政府の者です!』
「知ってる!」
『前回の接触では、十分な意思疎通方法を確立できませんでした!』
「そうだよ!」
『今回、改めて継続的な意思疎通を図りたいと考えています!』
「そのために来たんだよ!」
『その意思がある場合――』
俺は大きく頷いた。
『……。』
少し間。
『頷きました!』
『肯定と判断します!』
「そうだよ!」
『念のため、もう一度確認します!』
「時間ねえんだよ!」
『我々と継続的な意思疎通を図る意思がありますか!』
もう一度。
大きく頷く。
『肯定確認!』
「だからそうだって!」
ピコン。
ピコン。
胸の光が速くなる。
「まずい。」
『では、次回の接触では――』
身体が光に包まれた。
『消失します!』
『記録!』
『活動限界です!』
◇
少し離れた場所。
元の姿へ戻った俺は。
遠くを見た。
「……。」
「全然話せてねえ。」
◇
だが。
これで政府にも伝わった。
へぁさんには。
もう一度。
ちゃんと話す意思がある。
◇
数日後。
政府は。
次回の接触方法を発表した。
『前回までの接触結果を踏まえ、質問を可能な限り単純化し、肯定と否定による意思疎通を試みます』
会社の休憩室。
俺はニュースを見ていた。
隣には佐々木。
「肯定と否定って、どうやって伝えるんだろうな。」
「……。」
「首振るとか?」
「四十五メートルだぞ。分かりづらくね?」
「じゃあ……。」
佐々木が少し考える。
「あ。」
両腕を頭の上へ上げた。
大きな○。
「これでよくね?」
「……。」
今度は。
両腕を胸の前で交差する。
×。
「これなら遠くからでも分かるだろ。」
「……そうだな。」
佐々木が笑う。
「俺、政府より頭よくね?」
「仕事しろ。」
◇
三度目。
同じ場所。
今回は。
最初から政府関係者が待機していた。
俺は離れた場所から双眼鏡で確認する。
車両。
ヘリ。
カメラ。
人。
「準備よすぎだろ。」
銀色のアレを握る。
「へぁ。」
◇
巨大な身体が現れる。
政府側が一斉に動いた。
『へぁさん!』
「はい。」
『前回の接触時と同様、こちらの言葉が理解できていますか!』
「分かってるよ。」
どう答える。
少し考える。
昨日。
佐々木がやっていた。
「……やってみるか。」
両腕を上げる。
頭の上で。
大きな丸を作る。
○。
『……!』
『両腕で円形を作りました!』
『肯定の意思表示と判断してよろしいですか!』
もう一度。
○。
『肯定確認!』
『以後、○を肯定として扱います!』
「決まった。」
『否定の場合は、別の動作をお願いします!』
今度は。
両腕を胸の前で交差する。
×。
『交差!』
『否定の意思表示と判断します!』
俺は。
○。
『肯定!』
『意思疎通方法を確認!』
『記録してください!』
「……。」
ただ○と×を作っただけなのに。
ものすごい騒ぎだった。
◇
『では、質問します!』
「はい。」
『あなたには、自分の意思がありますか!』
「あるよ!」
○。
『肯定!』
『自律的な意思を持つ存在であると確認!』
「だからあるって。」
『あなたは、日本国内で生活していますか!』
「……。」
○。
『肯定!』
『日本国内に生活圏があると確認!』
「前も似たようなこと聞いたな。」
『北海道で生活していますか!』
○。
『肯定!』
『北海道内に生活圏あり!』
「大声で言うなよ。」
そして。
次の質問。
『あなたは――』
俺は待った。
『人間ですか?』
「……。」
腕が止まった。
人間。
俺は。
人間だ。
高橋直人は。
間違いなく。
でも。
今は。
身長四十五メートル。
銀色。
空を飛ぶ。
光線まで出る。
「……。」
自分の手を見る。
「今の俺って……。」
人間なのか?
分からない。
○は違う気がする。
でも。
×も違う。
「……。」
何も作らなかった。
『……。』
政府側も待っている。
『もう一度質問します』
『あなたは人間ですか?』
「……。」
俺は。
首を傾げた。
『……回答なし』
『質問を理解していない可能性は?』
『直前まで回答しています』
「分かってるよ。」
『回答できない、という意味でしょうか?』
少し考えて。
頷いた。
『……!』
『回答不能!』
『人間かどうかについて回答不能です!』
「そんな大声で言うなよ。」
◇
『では、次の質問です』
「……。」
『あなたは、日本政府の指示に従う意思がありますか?』
少し考える。
政府の指示。
全部?
何を言われても?
「それは無理。」
×。
『否定!』
政府側の空気が変わった。
『政府の指揮下に入る意思はないと判断します』
「そういうこと。」
『では――』
『災害救助の際、消防、警察など、現場責任者の指示に協力する意思はありますか?』
「……。」
これは。
○。
『肯定!』
『現場指揮への協力意思を確認!』
「それならいいよ。」
◇
『次の質問です』
担当者が。
一度、手元の資料を見る。
『あなたは――』
『日本を守る意思がありますか?』
「……。」
俺は止まった。
日本を。
守る。
災害なら。
できることはする。
でも。
戦争は?
外国と戦えと言われたら?
領土を守れと言われたら?
それは。
違う。
ゆっくり。
×。
『……否定』
空気が変わる。
政府関係者たちが顔を見合わせた。
『日本を守る意思はない、ということでしょうか?』
「違う。」
×を解く。
「そういう意味じゃない。」
国じゃない。
政府でもない。
俺が助けたいのは。
「人なんだよ。」
でも。
声では伝わらない。
「……。」
どうする。
文字。
「……あ。」
俺は右手を上げた。
『右腕に動き!』
「……。」
人差し指を立てる。
『右手人差し指を前方へ!』
「実況すんなよ。」
空中へ。
ゆっくり指を走らせる。
一画。
『動作を確認!』
二画。
『何らかの軌道を描いています!』
「そう。」
もう一度。
一画。
二画。
『同じ動作を繰り返しています!』
『警戒してください!』
「え?」
さらに。
指を動かす。
『右腕を前方に固定!』
『未知の動作です!』
「だから――」
『攻撃行動の可能性!』
「は?」
『全員警戒!』
政府関係者たちが一斉に動いた。
車両の陰へ。
遮蔽物へ。
ヘリも距離を取る。
「おい。」
『発射に備えろ!』
「何を!?」
俺は。
指を前へ出したまま固まった。
「……。」
「ビームじゃねえよ!」
『発声!』
「へぁしか聞こえねえの忘れてた。」
どうする。
もう一度。
ゆっくり。
一画。
二画。
『……待ってください!』
政府側で。
一人が声を上げた。
『今の軌道……』
『何だ?』
『文字ではないでしょうか?』
「そう!」
思いっきり。
○。
『肯定!』
『文字です!』
『攻撃動作ではありません!』
「最初からそう言ってるだろ!」
『文字を解析!』
「解析するほどじゃねえよ。」
『二画です!』
『漢字か?』
○。
『漢字です!』
『二画の漢字……』
「分かるだろ。」
担当者が。
ゆっくり顔を上げた。
『……「人」?』
「そう!!」
今までで一番大きな。
○。
『肯定!!』
『「人」です!』
『へぁさんは「人」と示しています!』
「やっと伝わった……。」
担当者が。
少し考える。
そして。
拡声器を握った。
『確認します』
「うん。」
『あなたは、日本という国家そのものを守るというより――』
『人を守る意思がある』
『そういう意味でしょうか?』
「……。」
ゆっくり。
○。
『肯定です』
政府側が静かになった。
俺は腕を下ろす。
「そういうこと。」
◇
その後も。
質問は続いた。
『災害時、政府から協力を求めてもよいですか?』
○。
『必ず応じることはできますか?』
×。
『応じられない場合がある、ということですか?』
○。
「仕事もあるんだよ。」
『協力要請は、公共放送などを通じて行ってもよいですか?』
「……。」
少し迷った。
全国に。
呼び出される。
「嫌だな……。」
でも。
他に方法がない。
○。
『肯定!』
「全国放送で呼ばれるのか……。」
◇
胸の光が。
点滅を始める。
ピコン。
ピコン。
『活動限界が近いと思われます!』
「そうだよ。」
『最後に!』
「何?」
『以前から確認したかったことがあります!』
「早くして。」
担当者が。
拡声器を握る。
『あなたが発する――』
『「へぁ」とは、どういう意味でしょうか!』
「……。」
俺は固まった。
「知らねえよ。」
『肯定を意味しますか!?』
×。
『挨拶ですか!?』
×。
『あなたの名前ですか!?』
思いっきり。
×。
『名称ではありません!』
『では、感情表現ですか!?』
「……。」
考える。
何なんだろう。
俺にも。
分からない。
「へぁ。」
『発声しました!』
『録音!』
『発声サンプル確認!』
「……。」
ピコン。
ピコン。
ピコン。
「もう帰る。」
俺は。
地面を蹴った。
巨大な身体が。
空へ上がる。
『飛行開始!』
『接触終了!』
『直前に発声あり!』
『記録してください!』
担当者が。
飛び去っていく俺を見上げる。
『「へぁ」には――』
周囲が耳を傾ける。
『別れの意味がある可能性があります』
「違う!」




