百年の、蛇の、独白
夜、書庫の最奥の自室で、蝋燭を一本だけ灯し、私は、独り、考える時間を持つ。四十年、変わらずに続けてきた習慣だった。今日という日にあったこと、明日、成すべきこと。誰に語るでもない、自分自身のための、静かな整理の時間だった。この時間だけは、誰にも、譲れなかった。窓の外は、すでに、真っ暗だった。書庫全体が、静かに、眠っていた。
蝋燭の灯は、揺れながらも、決して消えない。私は、その炎の揺れ方を見ながら、思考を整理する癖があった。今夜の炎は、いつもより、少しだけ、大きく揺れていた。窓の隙間から、微かな夜風が、忍び込んでいるのかもしれなかった。机の木目を、私は、指の腹で、静かになぞった。
私の懐には、いつも、二枚の紙がある。どちらも、決して、他人に見せることのない、私だけの宝物だった。
一枚は、「こわい」と書かれた、彼女の最初の言葉。もう一枚は、二十五年前、地誌の頁に挟んだ栞の裏に、私自身が書いた一行だ。
『あなたが、来てくれるなら、私は、書庫の、すべての本を、半分に、譲ります』
読み返すたびに、若さと呼ぶべきものを、そこに感じる。二十五年前の私は、まだ、番というものを、信じきれていなかった。信じきれていないまま、それでも、その一行を書いてしまうくらいには、何かを、感じていたのだと思う。書庫のすべての本を半分に譲る、という約束は、今にして思えば、青臭い誇張だった。だが、あの朝の私には、それが、精一杯の本気だった。
◇
蛇族の生は、二百年に及ぶ。人間の生は、その四分の一にも満たない。この差は、変わらない。誰にも、変えられない。私は、その事実を、教典で学び、先達の生涯で見てきた。番を得た蛇族の多くが、いつか、その差に、向き合う日を迎える。その日が、これほど早く、自分にも訪れるとは、思っていなかった。
先代の書庫長は、私が若い頃、こう教えてくれた。「蛇族にとって、番とは、砂時計の砂を、一粒ずつ、数えるようなものだ。人間の番を持つ蛇は、その数え方を、痛いほど、思い知ることになる」。当時の私には、その言葉の意味が、まるで分からなかった。書物のように、変わらないものだけを友にしていれば、時間を数える必要などない、と思っていた。
私は、その差を、これまで、恐れたことがなかった。番のいない人生には、そもそも、比べる相手がいなかったからだ。恐れる対象がなければ、恐れは、生まれようがない。
いま、初めて、その差を、恐ろしいと思う自分がいる。
◇
書庫長になったのは、四十年前だった。先代が老衰で書架の間に倒れ、そのまま眠るように逝った日を、私はよく覚えている。先代は、番を持たなかった。持たないまま、書物だけを友として、生涯を閉じた。最期の言葉は、「頁を、乾かしすぎるな」という、書庫の管理についての一言だった。それが、先代の生き方のすべてを、物語っていた。私は、その最期を、ずっと、理想の形だと、思ってきた。
私もまた、同じ道をたどるのだと、疑いなく思っていた。書庫の書物は、裏切らない。頁は逃げない。感情を持たない紙こそが、私にとって、最も信頼できる同居人だった。その確信は、いま、静かに、揺らぎ始めていた。
四十年、私は、その信頼に応えるように、書庫を整えてきた。蔵書の分類を見直し、劣化しやすい古文書には、防湿の処置を施し、新しい書架を組ませた。誰に褒められるためでもない仕事だった。ただ、書物に対する、私なりの誠実さだった。書庫員たちは、私を、公正だが、近づきがたい書庫長だと評していたらしい。それを、不満に思ったことはなかった。むしろ、その距離こそが、私という蛇族らしい在り方だと、信じていた。
二十五年前の朝、地誌の頁が、三度、同じ場所を開いた。あのとき、私は、自分の中の何かが、初めて、書物以外のものに向かって動くのを感じた。
信じたくなかった。信じれば、待つことになる。待てば、外れたときに、失うものが増える。
それでも、私は、その朝、なぜか、頁を閉じることが、できなかった。指が、勝手に、頁の端を、なぞっていた。理屈では、説明のつかない感覚だった。
それでも、私は、栞を挟んだ。
栞を挟んだその日から、私は、密かに、ある習慣を持つようになった。夜、書庫を閉める前に、必ず、その頁の棚の前を、一度、通る。触れることはしない。ただ、そこにある、という事実だけを、確かめる。四十年の書庫長生活の中で、誰にも打ち明けたことのない、私だけの、小さな儀式だった。
サフィンだけは、その習慣に、薄々気づいていたのかもしれない。ある晩、彼女は、何も訊かずに、私が通る道すがら、その棚の蝋燭だけを、少し長めに灯しておいてくれたことがあった。礼を言うことはしなかった。ただ、その心遣いを、私は、確かに、受け取っていた。
◇
いま、彼女は、書庫の隅の机で、静かに紙を読んでいる。
その姿を見るたび、私は、二十五年前の自分に、少しだけ、感謝したくなる。信じなければ、この光景は、なかった。あの朝の私に、礼を言いたい気持ちに、なることさえあった。
だが、感謝と同時に、新しい恐れも、生まれた。
評議会は、まだ、彼女を認めていない。イシュタルの懐疑も、族長の書状の「追って」という一語も、私が変えなければならない現実として、まだ、そこにある。族長側の年配の男が、彼女に向けた、あの値踏みするような視線のことも、私は忘れていなかった。
百年、私は、書庫という静かな世界の中で、誰にも脅かされずに生きてきた。彼女が来てから、初めて、失うかもしれないものが、増えた。書物は、失われても、写しが残る。だが、彼女という存在には、写しがない。
「私もです」と、私は、彼女に書いた。
あの一言は、慰めではなかった。事実だった。番を得た獣人は、生まれて初めて、こわいものを、手に入れる。
私のこわさは、彼女を失うことだけではない。彼女が、この書庫で、居場所を得られないまま、いつか、静かに諦めてしまうことだった。声を上げられない者は、諦めるときも、声を上げない。それが、何より、恐ろしかった。声を上げずに去られてしまえば、私は、その兆候にすら、気づけないかもしれない。
だからこそ、私は、彼女の日々の、ごく小さな変化にも、目を凝らすようになっていた。頷きの深さ、ペンを持つ速さ、視線の向き。声という手段を持たない彼女にとって、そうした些細な動きこそが、唯一の、心の天気予報だった。
私は、二枚の紙を、そっと懐に戻した。
窓の外、彼女の机の灯りが、まだ点いている。
私は、その灯りが消えるまで、自分の机の前を、離れなかった。四十年、書物だけを見つめてきた目が、いま、一つの灯りだけを、飽きることなく、見つめ続けていた。かつての私なら、こんな無為な時間の使い方を、非効率だと切り捨てただろう。だが今は、この無為さこそが、私にとって、最も意味のある時間だった。
先代の書庫長なら、この様子を見て、何と言っただろうか。「レスカン、お前は、随分と、変わったな」とでも、笑うのかもしれない。四十年、変わらないことを、誇りとしてきた私にとって、この変化は、思いのほか、心地よいものだった。恐れていたはずの変化が、これほど、穏やかに、私の日々に、馴染んでいくとは、思っていなかった。
蝋燭の灯りが、一つ、消えた。彼女の部屋の灯りだった。私は、ようやく、自分の机の椅子に、深く座り直した。
明日も、また、同じ書庫で、同じ朝を、迎える。その繰り返しの中に、これほどの安らぎがあるとは、彼女が来るまで、私は、知らなかった。




