身体測定
四校合同の身体測定が行われるエスカレア特別区では、朝からお祭り騒ぎのような喧騒に包まれていた。
体力測定はウィキスタ術科学校、健康診断はエクリル女学院、魔力診断はマジェニア学園、問診と待機場所はユーノシオ管区大学の四校となり、男女それぞれ二時間以内で周りきらなければならないという。
「効率よく終わらせないと、グラウンドに移るから公開処刑になるんだよ」
正式な生徒ではないボクは参加することもなく、会場になっていないXクラスで自習に明け暮れるはずだった。
「レナちゃん、飲み物を用意しておいてもらえるかな」
「うん、いいよ」
「愛用してるペンを紛失してさぁ。レナちゃん、教室を探しておいてくれないかなぁ?」
「うん、いいよ」
「レナ。着替えを保管しておいてもらえるかしら。後で取りに来るわ」
「うん、いいよ」
「Xクラスならと聞いてな。レナよ、私の剣を預かってもらぬだろうか」
「うん、いいよ」
男子は体操着で診断へ向かった。
エレノア会長とレティシアは荷物をレナに預けて、それぞれのクラスに戻っていく。
「会長とシアはともかく、男子の話なんて聞かなくてもいいってば」
「まったく、レナを何だと思っておりますの」
「この中ではレナが最も信頼できるというわけじゃな、カッカッカ」
女子の時間になるまで、ジュディアとアリィとフェイリア、そしてレナはXクラスで過ごすらしい。ここならば着替えも含めて気兼ねする必要がない。
「あたしは別に、これくらい構わないんだけど」
「そんなんだから男子につけ込まれるんだって。ラド、レナって家でもこんな感じ?」
「うーん……まぁ…………そんなことないかも、だけど」
唯一残った男子のボクに、今それを聞く?
「ほほう。ではワシらの出番まで、暇つぶしにゲームでもしようではないか」
「自習の時間ですのに……。それでフェイ、どのようなゲームを?」
イヤと言わせるゲーム。
ルールは簡単、レナにイヤと言わせれば勝ちになる。頼みを言った本人も実行することが条件となり、一緒にやることでギリギリのラインを攻められるというゲームだ。
「即興で作ったルールじゃが、やってみようぞ」
最初はアリィのターン。
「突然言われても思いつかないですわね。わたくしにもできることと考えれば、無茶なことは言えませんし……」
アリィは趣味研サークルでゲーム制作には慣れている。自身の思考をあえて声に出すことで不慣れなボクたちにルール説明の補足をしているんだ。
「そうですわね。では、壁に向かって逆立ちをしてもらいましょう」
「うん、いいよ」
レナの運動神経はいい部類だと思う。足も速いし体力だってある。ボクと一緒に冒険の旅ができるくらいだから、逆立ちくらいはお手の物。
「うー…………わたくしも、ですわね」
ジュディアの補助で逆立ちしたアリィは瞬時に紅潮させたが、それは頭に血が上ったからではない。
「あはははははは、パンツ丸見え! 紫ってエグすぎて笑える」
「うるさいわね、色まで言わなくともいいではないですか!!」
捲れる心配のないショートパンツのレナとは違う。エクリル女学院の制服の時点で察したボクは顔を背けていたのに、わざとらしく実況を始める。
「あははは、Tが食い込み過ぎで尻肉がはみ出てますわよー。狙い過ぎて色気なくね?」
「もういいでしょう! 下ろしなさい!!」
男子のボクがいるのを承知の上で、アリィに恥をかかせるために声に出しているんだ。
「では、泥棒猫がやってみなさいな!」
ジュディアは少し考え込んでから、思い定めて頭を上げた。
「こういうのは多少エロい方が盛り上がるっしょ。レナ、上着脱いで」
「うん、いいよ。どうせ着替えなきゃだし」
「双方ともいい脱ぎっぷりじゃのう。男子がおったら釘付けじゃ、カッカッカ」
だから男子のボクがいるんだって。
見たくないわけじゃない。見られたくないだろうから見ないように机に突っ伏しているのをいいことに、フェイリアは愉快な笑い声を上げている。
「おーほっほっほっほっほ!! 堂々としている割には色気もなく貧相なこと。よくも他人を笑えましてね」
「うっさいわ。これから大きくなるっつーの」
「第二次性徴を冒涜するにも程がありましてよ」
ジュディアとアリィの醜い言い争いなどお構いなしに、フェイリアが動き出す。
「他意はないのじゃが…………すまぬ、ワシを抱きしめてくれぬか」
「うん、いいよ。この状態で?」
どの状態?
フェイリアはこの中で誰よりも幼い見た目だけど、誰よりも大人だから変なことにはならないと信じたい。
「ママ…………やはりママの温もりじゃ。ママも貧乳じゃった」
「そうなんだ。フェイちゃん、よしよし」
貧乳だったらジュディアでもいいのではないか、この中で最も弾力があるのはアリィだなんてノイズが耳に入ってくるけど、レナじゃなければダメらしい。何かが違うという。
「ふぅ、すまぬの。ワシも失敗となったわけじゃが…………ラドよ、そなたも参加せよ」
「ひぇっ、ボク!? あの、みんな、せめて……せめて服を着てよ」
振り返ると確かに全員服を着ていた。ブラウスのボタンをひとつもかけず、羽織っただけの状態というのは目のやり場に困る。
「して、解答は決まったかえ?」
「レナが嫌がることなんて思いつかないよ……」
「今だったら何だって言えるチャンスですのに。それでしたら妙案が…………」
胸元がはだけたアリィがすぐ真横に来たことよりも、耳打ちされた内容が恥ずかしくて身体が熱くなってしまった。
失敗してもゲームを理由に言い訳ができるからと、口角を上げてニヤリと笑う。
「レナ、あの…………」
いざ対面すると胸の鼓動が高まって声が出てこない。逆立ちした時のアリィのように、顔に熱を帯びて耳まで真っ赤になっている感覚がある。
「お、お兄ちゃん、大好きって……言って欲しい」
「…………えー……………………」
ダメなの? フラれた!?
沸騰した頭の先から熱と血の気が引いていく。ゲームですら拒否するのかと、意識を失いそうになる。
「顔色やっば。マジ洒落になってなくない?」
「ショックを受けて卒倒するメカニズムを実演しなくてもよいのです!」
「真っ赤な顔が真っ白、そして真っ青じゃ。子供には酷じゃったか」
意識を朦朧とさせて横たわったボクのそばにレナが寄ってきて、耳元で囁いた。
「ごめんね、そうじゃなくて、お兄ちゃんとか、そういうのじゃないの。あのねあのね、こう言っていい?」
「う……んー…………」
「ラドくん、だーい好き」
全身に熱い血潮が行き渡る。ボクは意識を取り戻した。
「こっちにも聞こえてるし。マジ純情すぎて笑える」
「ほのぼのとしたじゃれ合いで、微笑ましいではありませんか」
「現金なヤツよのう」
全員の要望はことごとくレナに受け入れられてしまったため、ゲームはレナのひとり勝ちという結果になってしまった。みんなは負けた悔しさよりも、何をすれば勝てるのかが気になっている。
「ちょっとー、みんないる? もうすぐ女子の番だから着替えさせてもらうわよ……って、何してんの。着替えを見て悶絶?」
クリス先生の登場に説教が始まるかと思いきや、ルールを聞いて簡単だと言い放つ。
「イヤって言わせるなんて、そんなの楽勝じゃない。チビッコ、お姉さんの胸を好きなだけ揉んでいいわよ。飛び込んでらっしゃい」
「お姉ちゃん、ダメ!」
「どうして? レナには何も迷惑にはならないし、私が許可してるのに?」
「ダメなものはダメです。教育に悪いと思うし、何かイヤっていうか……」
「あ」
「言ったっしょ」
「どうしてレナが却下するのかしらねえ?」
「嫉妬じゃな嫉妬、カッカッカ」
ほどなくして女子と入れ替わりで男子が戻ってきたけど、教室にはボクとミーシャとジュディスだけ。うるさい教師や女子がいないのだから、真面目に過ごすわけはない。
「ねぇ、カイザーは?」
「身長が高すぎて、測定器から抜け出せないんじゃない?」
「そこまで大きくないよ。女子の着替えを覗いて連行されてたりして」
どちらも笑えない冗談だけど、実際はエレノア会長に呼ばれて雑務をしているらしい。
「それよりさぁ、アリィから聞いたけれど女子のおっぱいに悶絶して失神したんだって?」
「何それ詳しく」
「そんな話になってるの!?」
ゲームとはいえレナに振られて落ち込んだ委細を説明した。恥を承知でさらけ出したのは、誤解された状態よりは遥かにマシだと判断したから。
補足として女子が上着を脱いでいたことや、クリス先生の胸でキツツキみたいに頭を揺らすレナの様子を伝えておく。
「トランポリンみたいにぽよんぽよんしてた」
「ラドは体験させてもらえなかったなんて、気の毒だねぇ」
「何て夢のような……いや、メイちゃん、メイちゃんは!?」
「メイ先生はいなかったよ。ねーさまのおっぱいも見てないから安心して」
「姉さんについては特に心配なんてしてないし、ないものは見れないだろう」
ジュディアがどれほどあられもない姿をしたところで、姉という存在以上でも以下でもなく特別な感情は抱かないそうだ。
紫の際どい下着を露にしたアリィについても、兄妹だから見慣れているし自業自得だから気にすることはないとミーシャは言う。
姉や妹に対する感情というのは、そういうものなんだろうか。
「ちょっとあんたたち!! 何をしてくれてんのよ!」
「うわっ、ねーさま!?」
階段を駆け上がって息を切らしたジュディアが大声で怒鳴り込んできた。突然のことで何も言えずにいると、後で折檻するから覚えておけと捨て台詞を吐いて去っていく。
「今の会話、姉さんに聞かれてたのかな」
クリス先生の胸が大きくて弾力があるとかジュディアはないとか、身体測定を抜け出してまで怒ることではないだろう。
ボクたち男子で心当たりを探っていると、ミーシャが意を決して語り始めた。
「今朝、僕が教室に来た時なんだけれど…………ここに、スポブラが落ちていたんだ。そのまま放置ってのも可哀想だからって、こっそりジュディアに渡したんだよ」
ジュディアは感情を乱すこともなく、腑に落ちないが気を利かせたことは理解するから預かっておくと言っていたそうだ。
「ねえミーシャ。預かっておくと言った通りスポブラは別人のものだよ。だってぼくは今、姉さんのブラを着けているんだ」
誇らしげに語るジュディスは上着を脱いでボクたちに見せつける。
「下もはいてるんだけれど、収めるのが……たっ、大変でさぁ」
「脱がなくていい、脱がなくていいから! でもさあ…………ジュディスは、目覚めてしまったのかい?」
寝ぼけているの間違いでは?
姉の下着と間違えた挙げ句に、ブラジャーまで着けたのは考えたくない。
「僕も昔はよくアリィの……おっ、この制服、ギリギリ着られたよ。ソニア姉さんも一緒になって、無理矢理ドレスを着させられた遊びを思い出すねぇ」
「わかる。ぼくもよく、姉さんにスカートをはかせられたし」
昔話のように遠い目をして語り合っているが、進行形の現在は間違いなく自分の意志で突き進んでいる。
「ラドはクリス先生にレナちゃんに、こんな風に可愛がられたことはないのかい?」
「ないよ、そんな経験はない……ってそれ、可愛がられてるの?」
エクリル女学院の制服を身にまとうミーシャ。
上はブラウス、下はミニスカ、中の上下は姉から拝借したジュディス。
唯一まともな出で立ちのボク。
ボクとふたりの考える可愛がりには、大きな隔たりが存在するらしい。
「円卓会議を続けよう。姉さんはさきほど、あんた『たち』と言っていた。ミーシャひとりが対象ならばそのような表現にならないはずだ」
「名推理じゃないかジュディス! スポブラの件が無関係なら安心できるよ」
「同じ理論として、姉さんの下着を拝借している僕も無罪ということになる。これは家を出る前から装着しているからね」
怒りの原因が他にあるという確認作業をしたところで、今の状態を白日のもとでバラされても別件だからお咎めなしなんて話にはならない。
なぜ、どうして、自ら罪を重ね上げていくのだろう。
「ところでラド。レナちゃんはスポブラをつけているのかい?」
「わっ……わからない、わからないよ…………見たこともないし……」
「ぼくの推理では、今朝のスポブラはレナちゃんのものではないと考える。教室で脱いで放置する性格じゃなさそうだし。教室、貧乳、脱ぎ捨て。以上の検証によりメイちゃんのものと考えるのが妥当ではなかろうか」
「どうしてそんな! この教室には先ほどまで、フェイリアさんだっていたよねぇ!?」
「残念ながらフェイリアさんはノーブラであることを確認済みだよ」
いつどこで確認したのか。今ここにボクがいる理由、そして推理が導く未来とは。
「つまりぼくが導き出した答えは…………」
「戻ったわよ、男子たちー…………って、何してんのこのバカ」
ジュディアが、アリィが。その後ろからはフェイリアとレナが。一列に連なる勇者の帰還が運命を暗示している。
「姉さん、今は大切な会議の真っ最中なんだ。ちょっと待ってほしい」
「んぁ? はぁ」
この期に及んで冷静さを装うジュディスには心より敬服するし、時間稼ぎの命乞いに大人しく従うジュディアの余裕が不気味でたまらない。
「ねーさまとアリィは、どうしてそんなに平気でいられるの……?」
「あ? わたしの服を遊びで着るくらいなら別に怒んないって。年頃の男子がバカやってはしゃいでたってだけっしょ」
「お兄様がわたくしの制服を着てくださるということは、嫌悪感を抱かれていない何よりの証。よくお似合いですわ」
難しい本で読んだことがある。本当に怒ったら、怒ることすらしないみたいな話。
今の状況を許容しているのか呆れているのか、それはわからない。そして今後も絶対に理解することなく人生を歩んでいくんだろう。
「ねぇジュディス、つまるところ答えって何だい?」
「そうそう。それは…………『解なし』が答えなんだ!」
「誰が胸もなしだって!?」
言ってないことまで言ったことにされたジュディスは、突然の眠気に襲われて崩れ落ちていく。双子には互いの思考がわかり合える不思議な力が備わっているんだ。
「ねぇジュディア。もしかして僕たち男子の会話を盗み聞きしていた…………とか?」
「何の話? 怒っているのはね、どうしてメイちゃん先生がわたしの上下を着けているのかってことよ!!」
教室に脱ぎ散らかされていたスポブラはメイ先生のものだった。身体測定で恥をかかせないために急いで届けたら、事態が発覚したのだという。
「え、ぼくは今も着けているけれど?」
目覚めたジュディスはブラウスのボタンを外すと、臆することなく艶姿を開示した。
「ぷっ、サイズが、サイズがぴったりではありませんこと!?」
「ふざけんな今すぐ脱げっ…………ハァ!? 下までは許してないってマジ最悪!!」
ジュディアは、可愛がることでメイ先生へのブラジャー提供を自白させた。
アリィは、なぜわたくしの下着を着けないのかとミーシャに激しく詰め寄った。
レナは、なぜ女装をしてくれないのかと潤んだ瞳でボクに訴える。
フェイリアは、己の制服が手つかずで女のプライドが傷つけられたとやさぐれている。
つまるところボクたち男子は理不尽ながらも当然に、女子にしこたま怒られた。




