カフェデートシミュレーション
ボクとレナが下校ついでに買い物をしようと話していたら、ミーシャが相伴を申し出てきた。学園寮に帰るだけの放課後は退屈なんだという。
「あたし、ちょっと文房具を見たいんだけど、いいの?」
「帰ってもダラダラ過ごすだけなんだよねぇ」
レナの行き先は学園寮から反対側だからだろう、通りを歩くだけでもミーシャは楽しそうにしている。
飲食店、雑貨屋、武器や防具に導魔器のお店。そしてカフェ。
「ねぇねぇ、あれってジュディアじゃないかなぁ」
ガラス越しにひとりで佇んでいるのは紛れもなくジュディアだった。何をするわけでもなく、物思いに更けて時間が過ぎるのを受け入れているように見える。
「ホントだ。ねーさま、誰かと待ち合わせてるのかな?」
「グループとかカップルが多そうだけれど、もしかして相手は彼氏だったりして」
「おしゃれー!! ねね、あたしすぐに用事を済ませてくるから、ふたりで見張っててよ」
「そこは、そっとしておいてあげようって言うところじゃ……」
「よろしくねミーシャさん、ラドくん!」
駆け足で去って行くレナの後に取り残された男子がふたり。通りの真ん中で立ちすくむわけにもいかず、身を隠すための物陰を探そうと距離を取った。
「え。ミーシャ、近すぎるって。目の前だよ!」
「花壇を盾にすればバッチリさ!」
段差に置かれた大きめのプランターとはいえ、腰にも満たない高さだから屈んだところで頭が出てしまう。何より、街行く人からは覗きをする不審者にしか見られない。
「改めて、相手と向き合って見極めるために見届けさせてもらおうよ」
「何を言ってるかさっぱりわからないよ」
体勢を低くして店内を窺うと、噛んだ苦虫を飲み込めずに硬直するかのようなジュディアと目が合った。その瞳は、言葉では表せない不思議な魅力を宿している。
「ミーシャ。三途の川の向こう岸から手招きしてるよ」
「結果論だけれど、これが誘い受けってやつさ!」
「自分からバラしに行ってたんだ」
店の前で恥ずかしい真似は止めるようお叱りを受けただけで、カフェで寛ぐ邪魔をすること自体は怒っていないようだ。
「まったく。素直に入って来ればいいじゃない」
「ひとりだとは思わなくてさぁ。デートの待ち合わせだと思ったんだよ」
「そりゃあ、まあ? いくらわたしがモテるからって、カフェで休憩なんて必ずしもそうじゃないっしょ」
「でもこのお店、カップル……」
「はいそこ、周りをじろじろ見るな」
「僕たちもカップルに見られるかなぁ?」
「男ふたりいるのに、あるわけないから」
夕刻の店内は学生が多く、適度に落ち着いた空間が穏やかさを醸し出している。
友だち同士で楽しげに会話をしたり、教科書を広げて勉強をするなど、エスカレア特別区が学術都市であることを物語っていた。
「カップルってさぁ、カフェに来て何をするんだろう?」
「さあ。目の前の存在が彼氏だったとしても、どんな話をすればいいか知らないわ」
「確かに、彼氏のいないジュディアにはわからないよねぇ」
「そこは、美人でモテモテのジュディア様なら手玉に取るのもお手の物だろうっていうところっしょ!?」
「そ、そうなの!? 自分で美人だって言うくらいなんだから、手慣れたものなんだ?」
「いやー、それほどでもないけれど」
「なんだ。それほどでもないのかぁ、了解」
「安易に了解すんなって。美人で綺麗で可愛いから素敵だとか、フォローしなさいよ!」
「じゃあさ、カップルでカフェデートってシチュエーションでお話してみようよ」
「何よその芸人みたいな振り。やだやだ、なんかやだ」
付き合ってるのが前提ってのもおかしな話だし、ボクは常日頃からそこに至った告白の秘訣を知りたいと切に願っている。でもきっとそこがゴールではない。関係性を永く継続することの必要性は、未経験なりに頭では理解しているつもりだ。
「ボクもカップルがどんな会話をするのか、ちょっと気になる…………」
「ラドまでマジで!?」
ジュディアは少し考えて、ゲーム形式ならばと提案に乗ってくれた。
「ふたりで協力していいから、彼女であるわたしを楽しませるよう考えてみて」
それを知るためなのに、それを知らないボクとミーシャが考えたところで正解なんて出る訳がない。それでもミーシャは作戦会議に前のめりだ。
「カップルはひとつのドリンクをふたりで飲むと聞いたことがあるよ」
「え、回し飲みってこと?」
「いや、同時に飲むんだ。顔と顔が近づいて、自然と親密になるのさ」
ジュディアはホットコーヒーを注文していた。お互いマグカップに口をつけて、すするようにして奪い合うというんだろうか。
「どこかの部族の……儀式とか、契り?」
「エサを奪い合う野犬じゃあるまいし、今の時代にそんなバカップルなんているわけないでしょ。却下!」
これはゲーム、シミュレーション。
選択を間違えたとしてもペナルティがないのだから、今後の人生に役立つ絶好の機会といえる。
「あのっ、ねーさま。名前とか、ふたりの時だけの呼び方みたいな」
「そういうパターンもあるわね。例えばどんな?」
「えっとぉ…………ダーリンとハニー、みたいな」
「ミーシャはともかくラドまでどうしちゃった!? ふたりともセンスが古すぎて枯れる」
辛辣な意見も甘んじて受け入れていこう。そう、甘いカップルは甘い食べ物の名前で呼び合ったりするんだ。
「え……おはぎとまんじゅうみたいな?」
「そんな愛称、可愛いか?」
「果物だったらメロンにスイカ…………そうだ、ジュディアはベリーちゃんなんてどう?」
「どこ見て言った、殺すぞチェリー君」
紆余曲折の末、互いの呼び名は『ミーたん』『アーたん』になった。
「ここからが本番だよアーたん。カップルらしい会話を始めてみよう!」
「今までは何だったの」
ゲームでいうならキャラクター作りが終わっただけ。ストーリーはここから動き出す。
「結婚式はどこでやろうか。子供は何人欲しい?」
学生カップルがカフェで話すには内容が重すぎる。プロポーズじゃないんだから、勉強とか友だちとか、家での様子や趣味の話をするのが無難だろうと添削いただいた。
「そっか。では、ご趣味は?」
「それじゃまるでお見合いじゃない?」
「じゃあ勉強は……パスで。学校生活はどうだい、友だちと上手くやってる?」
「一気に保護者まで行ってるから」
「うーん。家では何をして過ごしてる?」
「ジュディスと暮らしているくらいでクラスと変わらないかな。でもここで、家族の話をしてもねぇ」
「そういえば。家でのアリィは意外とだらしなくて、物は散らかすし片付けないし、裸のままゴロゴロするし」
「妹とはいえデート中に他の女の話題を出すのは失礼だぞミーたん。だがしかし、詳しく聞こうじゃないの」
ミーシャとジュディスが淡々とシミュレーションを重ねていると、ガラス越しに手を振るレナが目に入った。手招きして店内に呼び寄せる。
ふたりの呼び名がおかしいのもカップルとして振る舞っていることも、レナは意にも介していないようだった。
「ねね、何か注文したの?」
「まだしてないんだ。どうしよう」
「アップルティーがおすすめだって。ケーキも美味しそうだよ?」
「でも夕食の前だし」
「えー。じゃあさじゃあさ、半分こしようよぅ」
ミーシャとジュディアが繰り広げる尋問と自供を聞き流しながら、ボクとレナは勉強の進み具合だったり最近読んだおすすめの本、ギルド活動や友だちの話題で盛り上がった。
「このシフォンケーキ、ふわふわした食感だけどクリームはなめらかで美味しいよ。はい、どうぞ」
「うん、美味しい……としか言葉が浮かばないや」
「ケーキ作りに挑戦してみようかな。今度、道具を見に行かない?」
真横からの視線を感じて振り向くと、すり潰した苦虫を飲み込んで胸焼けをしたかのようなジュディアとミーシャと目が合った。その瞳は、辛酸をなめて悶絶したかのごとく血走っている。
「ミーシャもねーさまも、ケーキが食べたかったの?」
ふたりは首を振って大きなため息をつく。
「見なさいミーたん。あれが本物よ」
「そうだねアーたん、本物の天然ものだね」
暇を潰すなら道端でもできる。水分補給や栄養摂取なら家でもできる。
それでもカフェで過ごすひと時というのは、リフレッシュをするためのちょっとした贅沢なんだ。
ボクはまた、少し大人に近づいたような気がする。
そして翌日。
既婚で子持ちで出産間近の夫婦漫才だと噂されたジュディアに、ミーシャはしこたま怒られた。




