猫耳ヘアバンド
似合ってない、なんて言わない。
見た目の幼さも加味されて、むしろ相応なのかもしれない。
でもカイザーが見たら指を差して笑うだろう。
「てめーなんか失礼なこと考えてやがんなオイ」
メイ先生が手にした猫耳ヘアバンドは趣味でもなければ、わざわざ購入したものでもないという。
「失敗作つって、知り合いからもらってきたんだわ」
この猫耳をつけるとキュートに見られて周囲からモテモテ。そんな効果がある魔法が込められた導魔器の試作品。
でも実際は真逆の欠陥品で、猫耳をつけた本人が周囲を好きになってしまうらしい。
「また怒られそうなモノ、よく手に入れたね」
誰が怒るかは置いといて、事情を知らない生贄たちが教室にやってきた。
「カイザーにエレノアかー。そうだ、他に暇してるヤツはいねーか?」
「あぁ? 後ろにいるバカどもじゃ不満か?」
バカども扱いされたミーシャとジュディアは不服そうだけど、メイ先生が手にする猫耳ヘアバンドに反応して引き気味の笑顔がこぼれた。
「バカヤロー。これはアタシが…………いや、これはな、精神力が試されるもんなんだ」
「恥辱に耐える精神力っしょ。メイちゃん先生にピッタリじゃない?」
「確かに。メイ先生にはお似合いではないでしょうか。小さくて、幼くて、とても可愛らしいと思われますが」
「うっせーエレノア。試しにオメーがつけてみろ。たかだか頭に乗っけることもできねーのなら口だけになるぜ。取り乱さなかったら褒めてやんよ。その次はジュディアな」
「…………おやすい御用よ」
メイ先生の軽すぎる挑発に乗っかってしまうエレノア会長が不憫でたまらない。みんなは単純に猫耳姿の恥ずかしさに耐えられるかの勝負だと思っている。
「……………………貴男、私かわいい?」
長身の大男であるカイザー相手では誰もが上目遣いになってしまうけど、今のエレノア会長は頬を赤らめてすり寄っている。
明らかに特別な感情を露にしているんだ。
「なに言ってんだ…………いきなり……」
「似合ってる? かわいい?」
「鏡、鏡でも見てろ……」
「ダメ。私だけを見て」
これは身体を張ったギャグなんだ。カイザーをからかっているだけなんだ。普段は冷静沈着な生徒会長だと知っているからそう思わざるを得ないんだ。それでも、あまりの変貌ぶりに茶化したり笑ったりはできない。
なんてことを、ボク以外のみんなは考えているんだろう。
「冗談はそれくらいにしておけ」
猫耳を取り上げるとウソのように誘惑は止まったものの、紅潮して俯いてしまった。我に返ったら精神にきたらしい。
「エレノアもまだまだだなー。ヤローがつけてもしゃーねー、ジュディアつけてみろよ」
「本気!? ガラじゃないって」
「いいからつけろって!」
強引に被せたらみるみるうちに頬は赤らみ、表情も脱力していく。目に見えて効果がわかりやすいのは、自身が兼ね備えた精神力の差なんだろう。
「ラドぉー、かわいいじゃーん。かわいいショタ最高、抱きしめていいかなお姉さんと一緒にお風呂に入りましょ」
「ねーさまギブギブ…………助けて……」
「うわっ何これジュディアが変になっちゃった! でもいいなぁラド」
「発情してんじゃねぇよジュディア……」
カイザーが引き剥がしてくれたおかげで難を逃れたのはいいんだけど、ジュディアの興奮は収まらない。今度はカイザーに向かって高身長でイケメン、かっこよくて素敵だと褒めちぎった。
「なんて汚れた俗物。泥棒猫のふたつ名はウソじゃなかったのね」
「ジュディア、どうしたんだよ、ねぇ!?」
「あらミーシャ。この中じゃ一番素敵。そう、わたし好みの素敵な身体…………ずっと触れていたい、この腕…………思わず関節技をかけたくなるの」
「恐ろしいことを口走らないでよ。怖いよ!」
明らかに様子がおかしいと判断したカイザーの機転で猫耳を剥がされると、ジュディアは正気を取り戻した。
そしてやっぱり、紅潮して俯いてしまう。
「おいメイセン、こいつヤベェ代物なんだろ!?」
「ハッハッハ。効果を実証できたからネタバラシしてやんよ!」
試作品で失敗作。
猫耳を装着した人が周囲を好きになってしまうと聞かされてみんなが素直に納得できるのは、実際に効果を目の当たりにしたからだ。
「なるほどなぁ。また変なオモチャを持ち出しやがって」
「色目を使ったことは万死に値するけれど、チャームの魔法のせいなら仕方ないわね」
「だからゴメンってばエレノア会長。つーか会長も実感したっしょ!?」
「ミーシャは一番素敵って言われてよかったね」
「抱きしめてもらえたラドが言う!? 一番って、関節技だよ?」
猫耳をつけたら本心でもないことを口走るんだろうか。
それとも心の奥底にある本心や秘密を暴露する危ないものなのか。
クリス先生と初めて会った時にチャームの魔法を使われたけど、その目的は素直にするためだと言っていた。
ということは、つまり…………。
「相変わらず賑やかなクラスね。話し声が階段まで響いてるわよ」
格好のタイミングで現れたクリス先生が猫耳を目にして鼻で笑うと、くだらないモノで遊んでいるのねと嫌味を吐き出した。
「オメー自身が似合わないからって、あーあーカワイソーなヤツだぜ。猫耳つけたら恥ずかしくて動揺する程度の精神力なんて気の毒でたまんねー」
「子供の遊びに付き合わないってだけよ。くだらない、あーくだらない」
「かわいい猫耳が似合わない、かわいさはもう既になくなっちまった、かわいくないカワイソーなクリスって認めるんですかー?」
「似合うに決まってるでしょ。動揺するほどでもないわ」
煽り文句が次々と出てくるメイ先生の毒牙にかかり、安っぽい挑発に乗せられるクリス先生を気の毒に思うか、単純だとあざ笑うか。
興味津々なボクたちは待ち望んでいた。一体何を言い出すのかと。
効果を体感したエレノア会長自らクリス先生の頭に猫耳を装着させているのだから、ただ事ではなくなっても火の粉をかぶる危険もない。
「フリックは相変わらずかっこいいわ。貴方、顔はいいんだから中身もしっかりなさい。エレノアが嫉妬して睨んでくるけど、それは紛れもなく愛情の裏返しの証拠だから受け入れてあげるのよ」
「お、おう……余計なお世話だっつーの」
背が高くて顔だけはいいというのはカイザーに対する共通認識。面と向かって言われる恥ずかしさがありながらも、褒められて悪い気はしていない。
「エレノアは……努力家で頑張り屋さんだからいつも応援しているの。そんなところが魅力的だけれど、笑えばもっとかわいくて素敵な女性になるわ」
「あ、ありがとうございます……」
照れて恥ずかしそうに下を向くエレノア会長を見てみると、嫌がるどころか嬉しそうにしている。素直な気持ちを伝える導魔器だとすれば、失敗作も悪くない。
「ラドはかわいくて守ってあげたいのに、いつも優しくて世話を焼いてくれるからお姉ちゃん嬉しい。どうしよう、甘えちゃう」
前言撤回。
素直な気持ちを伝えられたら恥ずかしすぎる。酔いつぶれた時に介抱してることは覚えているみたいだし、感謝の念は持っていることは知れたから……まぁ、いいけど。
「メイは……、メイにはいつも素直になれなくてもどかしいけれど、いつも気にかけてくれて構ってくれて嬉しい。好き」
「ハッハッハッハッハ、そんなにアタシが好きかぁー。しゃーねーな、その気持ちはありがたく受け取っておくぜ」
メイ先生は上機嫌で高笑いしている。
犬猿の仲だとされていてこの有り様ということは、素直にさせるのではなくて強制的に好きになってしまう魔法なんだろう。
しかしそうだとすれば、ジュディアのミーシャに対する言葉と態度に整合性が取れなくなってしまう。
「こいつはたまんねーな、ぜひとも改良版を仕上げてもらいてーぜ。試作品だから効果も長続きしないのが玉にキズなん…………」
「ええ。魔力が尽きてくれてよかったわ」
猫耳を外したとしても、ましてや魔力が尽きても、装着中の発言や行動はすべて覚えているという。
オモチャにしては効果が強すぎるのもクリス先生の癪に障ったらしい。
「バカじゃないのあんた! 心にもないことを言わされる身にもなりなさい!!」
好きにさせてしまうのか、素直な気持ちにさせるだけなのか。真相はへし折られた猫耳ヘアバンドと共に闇に葬られてしまった。
そして人の心を弄ぶんじゃないと憤るクリス先生に、メイ先生はしこたま怒られた。




