メイしり選手権
ギルド活動も終わった下校の時間。
待ち合わせ場所にしているXクラスでは、手持ち無沙汰だからと気を利かせたクリス先生がみんなに紅茶を淹れてくれた。
しかし何やら、メイ先生が不機嫌になっている。
「昔から言ってんだろーが。角砂糖は三つ入れやがれ!!」
「ストレートで飲むのが一番いいの。せっかくの風味が台無しじゃない」
文句があるなら自分で淹れろと言えば、都合のいい溜まり場にするなと反論する。
「はぁ……。レナ、早く来ないかな……」
「ぼくも姉さんと待ち合わせしてるんだけれど、迷惑だったかな……」
家主であり保護者としてお世話になっているクリス先生と、担任としていろいろ気にかけてくれるメイ先生。ふたりの間で板挟みになったらどうすればいいんだろう。
クリス先生とメイ先生が昔から犬猿の仲だというから、尚更に。
「だからってラド、俺様を盾にすんじゃねぇ」
カイザーとジュディスがこの場にいてくれるおかげで気まずさが幾分薄まった。こんな時は気配を消して、嵐が通り過ぎるまで耐える他にない。
「オメーはホントにアタシのことを知らねーな、ヤレヤレだぜ」
「単純で単調で単細胞なあんたのことなんて、誰が見ても簡単にお見通しよ」
「じゃーテメー、アレだ。どれだけアタシを知ってるか勝負しろや!」
「はぁ、勝負ぅ?」
眉間にしわを寄せたクリス先生は、突然の宣戦布告に呆れた表情をしている。
勝手に争って醜く潰し合う余興が始まると高をくくっていたカイザーは、参加を命じられて恨めしそうにボクを睨みつけてから、舌打ちをして前に躍り出た。
無碍に断れば火の粉が飛び散るように被害が拡大するもの。ボクかジュディスか、それとも全員道連れか。
矛先が自分に向いてるうちに大人しく従うことで、カイザーなりに助けてくれたんだ。
「勝ったヤツには…………そうだなー、褒美でもくれてやんよ。ちょっとお高いメシでも食わせてやる」
「あんたとデートしてどうすんのよ」
「学園外までツラを突き合わせるなんて、むしろ罰ゲームだろ」
「メイちゃん先生とデート!? よし、俄然やる気が出てきたよ!」
せっかくカイザーが犠牲になってくれたのになぜ、ジュディスは自ら死地へと飛び込んで行くのか。
ボクが目立たなくなったのだから、これもまた助けられたということになる。
誰がメイ先生に詳しいのか。誰がメイ先生の理解者なのか。
ここで高らかに『メイしり選手権』の開幕が宣言された。
「何か汚ない表現ね」
「まさに汚点だぜ」
「顔を埋めて枕にしたい」
「うるせー始めるぞ。まずは無難に。アタシの好きな食べ物は何か、答えてみやがれ」
心当たりがあるならばお菓子などの甘いもの。だけど具体的なものは思い浮かばない。
嗜好品の善し悪しについて語り合ったこともないボクのような青二才では、この戦場に立つことさえ許されないというわけか。
「お子様ランチでも食べとけば?」
「甘いものとカネが好きなんだからよ、砂金でいいじゃねぇか」
「バカにしてんのか、砂糖でもなけりゃ食い物でもねーだろ!」
ジュディスは真剣な表情で考え込んで、砂糖じゃなければ塩だと答えた。甘いものには塩を入れると引き立つからとか言っている。
「じゃあ塩だな。今度海水でも汲んでくるか」
「なんで原材料なんだよ、真面目に答えやがれ!」
話し合いの結果、一問目の答えは『知って何になるのか』となった。
ジュディスだけは頑なにチョコチップクッキーだと主張していたけど、多数決により否決されてしまった。
これは誰が誰と戦っているんだろうか。ルールがいまいちわからない。
「少しは当てに来いやボケが。じゃー次の問題、アタシのカワイイところを挙げろ」
メイ先生の見た目や身長はボクと変わらないくらい。
だけど年上だし先生だし、優しさと厳しさがある姉御気質を兼ね備えている。意外と面倒見がよかったりするし、それらをカワイイと表現するのかとなれば言葉に詰まる。
「はいはい美貌ね可愛らしい顔ね」
「無謀で可哀想な頭の間違いだろ」
「うるせー上手いコト言ったつもりかよ、つまんねーぞコラ」
クリス先生とカイザーは飽きてしまってうんざりしている。早く終わらせたくて解答が投げやりになってきた。
「メイちゃん先生のカワイイところは胸だ。これは絶対譲れない」
「テメー喧嘩売ってんのか!」
みんなが思わず吹き出した。面倒くさくなると容易に想像できたから敢えて触れなかった話題のはずなのに恐れを知らないのか、死地をさらに奥へと突き進んで行く。
ジュディスの熱弁は止まらない。
胸がないからこそカワイイと思える心が芽生えるとか、未完成だからこそ揺れ動く生命の躍動が美であり究極なんだとか。
ボクには芸術というものがさっぱりわからない。
「確かにカワイイわ、あんたの胸は。あっはっは」
「よかったなメイセン。そのまま石膏で固めようか……って、もう固まってるよな」
「メイちゃん先生は自信を持って誇ってほしい。絵画のように美しいんだ」
二問目の答えは『美術館に収監する』。
面会時間が決まっていて、近寄れず遠巻きでしか見られないという意味では収監も収蔵も大差ないのかもしれない。
「だから当てろやボケ。じゃーよー、もしモテモテのアタシに声をかけてしつこく口説いてくる男がいたら、オメーらはどう助けるよ?」
実際にあり得ること?
仮定の範囲が曖昧だと感じるのはボクだけなのだろうか。今になって、知って何になるのかという言葉と共に頭の中を駆け巡る。
「今までもこれからも、メイにモテ期って来るのかしら」
「そんなモノ好きがいる前提がおかしいだろ。迷子だと思われてるだけだから、大人しく保護されとけ」
「まさか本当にナンパされてないよね? 心配だからぼくが身代わりになるよ」
「メイセンよりよっぽど可愛げがある分、相手はツいてんな」
「安心して。ぼくもツいてるから」
魅力的な女性は星の数ほどいるのだからメイ先生が選ばれることはない。つまり出問に不備が有るとなったが、解答を空白にするのは憚られた。
検討に検討を重ねた結果、三問目の答えはクリス先生の独断により『私と交代する』となった。ただし、いい男に限るとの注釈を添えて。
「だからアタシはモテるっつってんだろ!」
「じゃ、彼氏いんの?」
「かっ、わっ、別れた、先週……」
「はいウソ」
「うるせー。じゃー振られたアタシが元気になる慰めの言葉を考えてみろ!」
彼氏がいる素振りなんて微塵もなかったけど、メイ先生の家はXクラスの教室にされているからデートは学園外のはず。
クリス先生ですら知らなかったみたいだし、大人のプライベートな嗜みって感じで、ちょっとうらやましい。
「告白して成功したことあんの?」
「告白される側なら仮定の話なんて出さねぇわな」
「どこの誰? ナンパした男? お願いだからみんな、力を貸して欲しい」
話し合う価値すらない。最後の問いは『解なし』が答えだ。
「全然元気になんねーぞ。本当にオメーらはアタシのこと知らねーのな」
曖昧なルールで始まった結果にメイ先生が満足できるはずもなく、全員ノーポイント。
当然、褒美もデートもない。
「落ち込むほどかよ。そんなにタダメシが食いたかったのか」
「他のことなら詳しく知ってるつもりなのに、せっかくのチャンスが…………」
「何だそれ。今ならロスタイム延長戦サヨナラサドンデスに間に合うぜ」
みんなが無事に死地から帰還できそうというのに、言葉選びが不穏すぎる。
「最近、すごくセクシーなパンツをはいている時があるんだ」
出自を突き詰めた先は教授棟。クリス先生の研究室から拝借しているという。
「テメー吹かしてんじゃねーぞ! アタシしか知らないことをバラすんじゃねー!!」
「洗濯が面倒なら、今度からぼくのパンツを使ってもいいから。ね?」
「バカヤロー。男モノなんぞ、はけるかってんだ」
「じゃあぼくが女モノのパンツをはけば解決だ」
「ヤベーこと言ってんなコイツ」
バラされたメイ先生は素直に自白しているし、普通だったらもっと怒っているはず。でもみんなは今、愉快に笑い合っている。
つまりこれは、ジュディスなりの冗談なんだ。
「ねえメイ。上は……。上はどうしてるのよ……………………ねえ」
「あぁん? ブラか。悪かったなー、いいサイズがねーから着けてないんだわー」
「そりゃ、支えるもんがなけりゃ要らねぇよメイセン!」
「ええ、本当に悪いわね。ところでさあ…………最近、上下のセットが揃わないのよ」
「……………………へ?」
不穏な空気を察知したカイザーは、嫌がるジュディスを引っ張って教室の外へ出た。すぐさまドアに耳を当てて盗み聞きを試みるあたり、著しく恐怖心が欠けていると思う。
しかし、その行動は無駄足になった。
静かな夕暮れの空には、怒号と悲鳴がよく響く。
「このブランドのこの柄、この色! あんたには縁がない、大きめのサイズでしか商品展開してないのよ!!」
「やめろコノヤロー、脱がすな変態!!」
「黙れ変態! つまり私は、あんたで汚れたパ…………下着をはいてたってわけ!?」
「さすがに洗って返しとるわ!」
「そういう問題じゃない!!」
「後で返すから、今だけでも下をはかせろよ!」
「メイしり選手権でしょう!? みんながお知りになるように、尻は出しときなさい!」
言い合いから一方的な説教に変わるにはそれほど時間を要することもなく、メイ先生はクリス先生にしこたま怒られた。




