パントマイムゲーム
午前の授業中。男子たちはあまりの暑さにダラけてやる気をなくしていた。
レナとジュディアは所用で教室にはいない。メイ先生は遊びに出ていった。昼休みまでは少し時間がある。
こんな状況で真面目に勉強しろというのは酷というもの。
ミーシャはお腹をさすって口をパクパク、親指をクイックイッと必死に何かを訴えかけている。お腹でも壊したのか、あまりにも唐突で何を伝えたいのか理解できない。
「もう。パントマイムだよパントマイム。僕が言いたいことを当ててみてよ」
「暑さでついに頭がヤられたかと思ったぜ。せめて最初ぐらいスタートの合図しろよ」
すでにノートを取る手は止まっており、この遊びに乗っかることにした。
「じゃあもう一度。ぼくが言いたいことを当ててみてね」
ミーシャがお腹をさすった。
「お……お腹の調子がおかしい、変だ」
そして口をパクパクさせる。
「うぅ……口からエイリアンが生まれそうだ」
笑顔になって親指をクイッ、クイッ。
「オーケーオーケー、無事出産した」
お腹が減った、何か食べたい、学食に行こうよって言いたかったそうだ。
「カイザー、絶対ふざけてるよね!? エイリアンを出産って化物じゃないか」
「昼休みはまだ先なんだよ。早すぎると白い目で見られるし。でも一体……誰の子なんだろうね」
「気色悪ぃ方向に話を広げんなよ。じゃあ次はジュディスな」
ジュディスは少し考えた後、ワァーっと両手を広げた。
「ん、わーい女の子だぁ?」
そして力強く両手をクロスして何かを受け止める。
「逃がさねぇぜ、女子に抱きつくのは最高だ」
苦悶の表情を浮かべて、胸をさすった。
「貧乳たまらないぜハァハァ」
大きく振りかぶって遠くに投げ飛ばす。
「うわ、ジュディアじゃねぇか!!」
身体を広げて受け止めたら思いがけず痛かった。しかし投げ返して反撃を試みる。
そう考えたら、ドッジボールじゃないかな?
「ラド正解。カイザーの発想は狂ってる」
「あながち間違いでもねぇだろう」
「そりゃあ、まぁ…………抱きついた相手が姉さんだったら同じことをしているよ」
ジュディスにそこまでできる強さがあるのか。単純な筋力ではなく、弟としてその勇気が持てるのか。常に折檻されてばかりのように思え……いや、やめておこう。
「面白いことをしているわね」
「え、なになにー?」
用事を済ませて戻ってきたレナが、エレノア会長を連れて教室に入ってきた。午後のギルド活動のための準備が終わったという。
「今から授業に戻っても中途半端で迷惑になるでしょう。だから昼まで時間を潰そうと思って」
ボクたちが真面目に勉強していたとしても、Xクラスだったらいいのかという反論をすることはない。
ましてや今、サボってゲームをしてるんだから。
「パントマイムで何を伝えたいかを当てるんだ。レナちゃんとエレノアさんも遊ぼうよ」
「いいわね。次はフリックの番かしら」
「なんで俺様が」
生徒会長として叱るどころか便乗してくるんだから断るのも野暮というものだし、みんなが囃し立てるものだから引っ込みがつかなくなった。
図らずも次はカイザーだった流れもあり、拒否権はない。
カイザーは両手を頭の上から振り下ろす動作を繰り返す。ゲームは始まっていた。
「上からバーン、バーン!?」
「餅つきじゃないかな」
「薪を割っているのかもしれない」
思いつく解答をしてもカイザーの腕は止まらない。何となく答えはわかるんだけど、エレノア会長が考え込んでいるから待ってみよう。
「逆に考えてみましょう。下から上への動作とすればつまり、私の服を脱がしているわ」
「バカ野郎、何を言ってんだ! 剣を振ってるだけだろうが!!」
次に両手をバンザイした状態で後ろに仰け反った。
「ぐわっ、ぐわっぐわっ、ぐわぁ……?」
「踏みつぶされたカエルかぁ」
「向かい風が強くて飛ばされたニワトリかも」
最初に剣を振る動作が、実はトサカを表していたなら辻褄が合うと言い出してカイザーの顔が曇り出す。みんな、遊び始めてしまった。
「辻褄ですか。相手の様子を表しているとしたら合点が行くでしょう。つまり、私は服を剥ぎ取られて生まれたままの姿にされてしまったわ」
「相手を表してるのはあってるが剣はどうすんだ、斬られてんだよ!!」
最後に右手の拳を天高く突き出した。
「いいもの持ってんじゃねぇか、イヤッホーウ?」
「相手の身包み、巻き上げた!?」
「カイザーならまあ、確かに」
この動作については間違いじゃないと思ってしまうところがカイザーだし、一度思い込んでしまえば他の解答が出てこない。
「何て気高く誇らしげな男らしさかしら。俺自身の象徴も、この拳のように力強くそそり勃っている……」
「勝利の雄叫びだ、やめろやめろガキもいるんだぞ!」
「そして私は、貴男に抱かれる」
「そんなシーンなんてなかっただろ、勝手に付け足すな!!」
クールで真面目なイメージを持たれがちなエレノア会長だけど面白い冗談も通じるんだとミーシャは感心しているし、ジュディスは顔を赤らめて苦笑いしていた。
ふざけたやりとりを見ていたレナは、嬉しそうに瞳を輝かせている。
「いいなぁ……。ねぇラドくん、あれいいなぁ」
「剣…………を振って、勝ちたいって……意味じゃない……よね……?」
もちろんレナが剣を使いこなそうとしているわけじゃない。でもカイザーの言葉を借りると、感動するようなシーンなんてなかったと思う。
「ほらほら、鈍感な誰かのせいでレナが不機嫌になってんぞ。止めだ止め」
「次は私の番」
「この状況で続けんのかよ!?」
カイザーはエレノア会長とレナを交互に見て、おかしなことにならないか不安げな表情をしている。
「心配性だなぁ。生徒会長なんだから、おかしなことになるわけないよ?」
「ミーシャのそれはフリか、フリのつもりか!?」
周囲の声は気にしない。エレノア会長はカイザーに向かって大きく両手を広げた。抱きついて欲しいというものでなければ、心理戦はすでに始まっている。
「ドッジボールだ!」
「横に広げすぎだから、キーパーじゃないかな」
「クワガタに違いない」
「……ノーコメントだ」
ゆっくりと身体の前で包み込むようにして、手首をクロスさせた。
「やっぱりドッジボールだよ、ボールをキャッチしたんだ」
「もしかしてプロレスの線も考えられるねぇ。この入り方はスープレックス系」
「どうだろう、エサ場の確保に必死なクワガタの可能性が」
「…………ノーコメントだ」
姿勢を維持したまま、前のめりになって倒れ込む。
「時間稼ぎでよくキーパーがやるやつだ。ドッジボールじゃないのかも」
「手首のクラッチを繋いだまま前方に!? 投げ技か……それとも返し技、うーん」
「挟んだカブトムシが予想以上に強くて引っ張られちゃったんだよ」
「……………………ノーコメントだ」
かろうじて両肘をついてこらえていたが、力つきて畳に顔が近づいた。
「タイムアップ、試合終了したのかな」
「密着状態でヘッドバットからフィニッシュホールド、もしかしてオリジナルの新技?」
「ぼくは根本的に間違ってた。これは獲物を掴んだカマキリだよ。逃れられないようにしてから、ゆっくり捕食するんだ、ほら!」
「…………………………………………だからノーコメントだ!」
しばらく沈黙が続き、徐に起き上がったエレノア会長の頬は赤らんで恥ずかしそうにしている。答え合わせを渇望するボクたちにはただただ首を振って否定するだけ。
「ごめんなさい、皆さんには刺激が強すぎたようね。忘れてちょうだい」
「えーっ、まさかの秘密!?」
「技のジャンルが気になるよ!」
「せめてクワガタかカマキリのどちらかだけでも!」
スポーツでもなければ技でもなく、昆虫とはかけ離れているとしてゲームは終了。有耶無耶にされた正解について食い下がると、それは今後の人生の宿題にしておきなさいと告げて教室を出ていった。
まだチャイムが鳴っていないのに。
気を悪くした感じでもない。解答をもったいぶったわけでもなさそう。出題者のエレノア会長から説明がない限り、正答に辿り着くことは不可能になった。
しかしレナはギルド活動中も下校時も、あまつさえディナーを味わう今この時であっても、頭の片隅で答えを探し求めていた。
尊敬するエレノア会長の宿題を解き明かしたくて、躍起になっている。
客足が引いた平日夜のアクアパッツァでカクテルを嗜む、ほろ酔い加減のクリス先生に解決の糸口を見出そうとして動きを再現した。
身振り手振りは間違っていない。クリス先生は眉間にしわを寄せ、店主のアオイさんは気を利かせてバーカウンターの奥へ引っ込んだ。
「ふぅん、嫌な予感しかしないけれど。もう一回やってみなさい」
「うん。最初にこうやって、大きく両手を広げて」
「はいはい。それで?」
「身体の前でギュっとしてさぁ」
「抱きついたのか、抱きつかれたのか……」
「それでそれで、前のめりに倒れたの。地面に顔を近づけて、それで終わり」
「…………それで、エレノアの様子は?」
「みんなに通じなくて恥ずかしかったのかなぁ。照れて赤くなっててかわいかったの」
「そう……。チビッコ、あんたも聞きなさい」
生徒会長なんだから、おかしなことになるわけがない。
授業をサボって遊んでいたなんて言っていなかったのに。謎は謎のまま、ボクを道連れにレナはクリス先生にしこたま怒られた。




