表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エル・マルヘンの不法滞在者  作者: ArtCafePOLYPUS
PR
8/10

行方

――断片Ⅰ


 ラ・ロハを組み込んだ試作機は、想定通りに動いた。

 出力を上げると、紅が内側から滲むように広がった。やがて白く、輪郭を失った。

 問題ない。

 顔を上げると、花崗岩のテーブルでは、地元民が二人、勝手に談笑していた。用があるわけではないらしい、

 最近の小屋は、まるで寄り合い所だ。

 クルスの姿はない。


 ――そういえば、出かけると言っていた。



 ――断片Ⅱ


 エアライドの振動が、いらつきを余計に煽る。

 向かいに座る加齢臭爺は、こちらの機嫌を窺いながら、端末を抱えて黙り込んでいた。


「で」


 急かすと、爺は咳払いを一つした。


「この御仁のメモの件ですがな。正規ルートで回していた分析は、ここで打ち切りです」


「は?」


「これ以上の追跡は、国家機密に抵触するおそれがある、と」


「国家機密ぅ?」


「どこの」


「我々の、ですな」


 端末ごと襟元を掴むと、爺は情けない声を上げた。

 ノートの解析して、あのラ・ロハとやらをを掘れば済む話ではなかったらしい。


「別ルートは」


「探しておりますが、正規の手段が塞がれた以上、少々時間が」


「急げ」


 低く言うと、爺は肩を竦めた。


「急いでおりますとも。ですが、お嬢。連絡も人脈も、何でも都合よく転がっては――」


 深く、ものすごく深く息を吐く。



 ――断片Ⅲ


 呼び出された場所は、貧民街から少し離れた一角だった。

 完全な廃墟ではない。屋台も立ち並び、それなりに人の往来がある。貧民街と比べれば、という話だが。

 一週間ぶりの男のそばに、ラファの姿はなかった。

 代わりに、酒を煽り下品な笑いを浮かべる男と、その取り巻きの姿があった。

 テーブルの上には、色味だけは鮮やかな果物と肉や豪奢に飾り付けられたさかなの頭も乗っていた。


 酌をしろ、と男は言った。


 私は、黙って男を見た。

 要求の意味は分かる。ドール時代の再演だ。服従を演じさせることで、自分が優位にいることを確かめたいのだろう。


「ラファを、ここへ連れてこい」私は言った。「顔を確認したら、一杯だけ相手をしてやる」


 男の目が細くなった。


「舐めた口をきく——」


「約束を守れる相手かどうかも分からないのに、先払いする趣味はない」静かに、続ける。「それとも、ここで私に酌をさせないと面目が立たないほど、立場が弱いのか」


 沈黙。

 男は、ゆっくりと手を上げた。

 部下の一人が、立ち上がる。

 ――ラファを連れてくるつもりらしい。

 待つ間、私は装置を握ったまま、動かなかった。




 ――断片Ⅳ


 正規ルートが死んだなら、別を掘るしかない。

 連絡を取れる筋を片端から当たった。どいつもこいつも、反応が鈍い。解析できると言う者はいても、内容を見せた瞬間に及び腰になる。オンラインに乗せればもっと早いが、それをやった瞬間に因業爺――あの顔を踏みにじってやりたい――に居場所が割れる。

 エスメラルダが、ソレダへの調査をひそかに依頼していたことを思い出した。

 あの女が手を焼いていたということは、そもそもこの内容自体、難易度が高かったということだ。

 当たり前だ。国家機密に触れるものを、貧民街の掘立小屋で独学で研究していた。


 ――あんた、何者ンなんだ。


 舌打ちして、次の連絡先を繰る。



 ――断片Ⅴ


 酒宴に、異変が起きた。

 最初に気づいたのは、男の取り巻きの一人が席を立ったことだった。

 次の瞬間、嘔吐の音がした。

 続けて、もう一人。さらにもう一人。身体中の穴から様々なものが噴き出すような、酷い有様だった。苦悶の声が重なる。テーブルが揺れ、杯が落ちた。

 男が、私を見た。

 目に、恐怖があった。


 ――ドン・オパロの時と同じだと、思っているのだろう。


 違う。これは食中毒だ。湿度の高いこの土地で、生ものを扱える技術など、とうにロストしている。見栄のために並べた海産物まがいが、原因だろう。


 だが。


 好機だった。

 私は、装置を握る手に力を込めた。



 ――断片Ⅵ


 結局、バーチャルエコノミー圏に入った。

 自国のルートが死んだなら、他を当たるしかない。顔の広さだけは自信がある。すぐに当てが見つかると思っていた。


 甘かった。


 何度目かの空振りの後、通信に割り込んできた者がいた。

 低い声だった。

 よく通る、落ち着きのある低音。全身に鳥肌が立った。この種の声を出す人間を、あたしは知っている。


「久しぶりですね、――クルスさん——とお呼びした方がいいですかね?」


「要件を簡潔に言え」


 男は薄く笑う気配がした。


「正規の手順では触れない解析設備も、閉じた環境で動かせる演算系も、ご用意できますよ」


 こういう手合いが一番たちが悪い。

 自分と同じ種類の人間だと、分かるからだ。


「条件は」


「一つだけ」



 ――断片Ⅶ


 目を開けると、アンバーの瞳があった。


「ソレダ! 大丈夫?!」


 ラファが、泣きそうな顔で覗き込んでいる。

 ゆっくりと上体を起こした。頭が重い。周囲を確認する。男の取り巻きたちは、床に転がったままだ。男自身も、壁に凭れて動かない。ラファを連れてきた見張りだけが、虚ろな目で立ち尽くしていた。

 装置を、使った。

 出力を誤らなかったのは、幸いだった。


「ラファ、怪我は」


「ない。ソレダこそ、顔色が」


「問題ない」


 立ち上がろうとして、足元が揺れた。ラファが咄嗟に腕を掴む。

 私もこれに当てられたのかもしれない。


「帰ろう」


 ラファが、頷いた。



 ――断片Ⅷ


 眠れない夜が続いた。

 作業机の前に座っても、集中できない。


「肩、触っていい?」背後からラファが声をかけてきた。


「……」


「クルスに教えてもらったんだ。身体の急所とか、楽になる押し方とか」


 ラファは返事を待たず、肩の一点に親指を当てた。力加減が、悪くない。

 言われてみれば、最近、細かな体調不良を訴えて小屋に来る者が減っていた気がする。


「……クルスは」少し置いてから、言った。「いつ頃戻ると言っていたか」


「え? 言ってたっけ」


「……そうか」


 言っていなかったか。それとも私が、聞いていなかったか。

 曇天が、低い。



 ――断片Ⅸ


 ようやく、食いついた。

 手続きを急がせる。通行証。通過点。物資。退路。

 一つ潰すごとに、気分が少しずつ持ち直した。


 これで戻れる。


 石だけじゃない。解析の見込みも、売り先も、居場所の当ても整えた。因業ジジイへの対価は、悔しいが約束した。AAAに登録している若手冒険者を、コイツらに繋げる。それだけでいいと言った。加齢臭爺の方には、まだ追わせてある。

 ソレダに見せてやれるものが、ある。

 あの無愛想な顔が、ほんの少しでも動くなら、それだけで十分だ。



 ――断片Ⅹ


 クルスが、帰ってこない。


 何かあったのだろうか。それとも――ラ・ロハを頼んだことで、見限られたのかもしれない。無報酬で。感謝もしなかった気がする。きっとそうに違いない。いや、出掛けてくると言ったから、帰ってくるはず。

 考えが浮かんで、打ち消す。また浮かぶ。また打ち消す。


 ああ、ラファの食事を用意しなければ。


「ソレダ」


 ラファの声がした。振り返ると、悲しい目をした彼の瞳にぶつかる。


「さっきも同じこと言ったけど」ラファが言う。「今日、もう食べてるよ」


「……そうか」


 手にした空の缶をシンクに置く。

 しばらく、ラファは黙っていた。


「ソレダ、あの箱」


 ラファが、高い棚を指さした。

 またか、と思いながら木製の小箱を手渡す。

 ラファは蓋を開け、中のCリングを一通り確認すると、おもむろに服の中にしまった。空になった木箱を受け取ろうと手を伸ばすと、ラファが言った。


「大丈夫だから、ねえ、ソレダ。大丈夫だからさ」


 そう言って、小屋を出て行った。




 ――転調


 クルスが、帰ってこない。


 クルスが、帰ってこない。


 クルスが、帰ってこない。


 クルスが、帰ってこない。


 クルスが、帰ってこない。


 クルスが、帰ってこない。


 机の上の装置が、目に入った。


 手が、伸びていた。


 自分でも、気づかなかった。


 出力の数値を、指が動かしている。


 少しだけ。ほんの少し。


 頭の中のざわめきを、静めたかった。それだけだった。


 装置が、白く発光した。


 最初に変わったのは、音だった。


 風が、別の何かに聞こえる。


 次に、光が変わった。窓からの曇天が、知らない色に見える。


 机の角が、誰かの肩に見えた。


 違う。分かっている。机だ。ここは、私の小屋だ。


 床を踏む音が、近づいてくる。


 重い足音だ。知っている足音だ。


 ――来るな。


 暗がりから、手が伸びてくる。いくつも、いくつも。殺したはずだ。おまえ達は。私を食らいつくしてもなお飽くことなく貪り続ける忌々しい手だ。冷たく、粘つく感触。


 手が、また伸びてくる。


 追い払っても、追い払っても、次が来る。声も聞こえる。頭上から降ってくる、あの声が。


 煙の匂いがした。


 消さなければならない。


 何を?


 残してはいけないものを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ