「第23話」
自分しか知らないことか。
「特別に知りたいことでもあるのか?」
「師匠のことです」
私のことを知りたいだと?意外だった。
「どうしてそんなことを?」
「だって、魔女ですから」
「世の中にたくさんの本が出回っているはずだが?」
私についてはよく知られていた。数えはしなかったが、出版されている本はおよそ百冊は軽く超えるだろう。過去の存在の中で、今もこれほど関心を持たれている者がどれほどいるか。おそらく、これほどまでに長く語り継がれている存在はいないだろう。
「君も読んだことがあったろう?」
最初にレイゲルに会ったときの反応を見れば分かる。周囲の者たちの話の断片を拾い聞きしただけでも、私のことを知らないわけがなかった。それはもう、知りたくなくても知ってしまう常識のようなものだった。私の立場からすれば、私のことを知りたいとまで言う価値があるのか疑問だった。
「だが、それは他人が書いた話じゃないんですか」
「そうだが」
「僕は師匠が語る、師匠自身の話を聞きたいんです」
どうやら本人が語る本人の話を聞きたいらしい。
どうせ、大して役に立つ話でもないのに……
思わず口の中に苦みが広がった。
「私がはなす話と、本に書かれている話がそんなに違うと思うのか」
「違うと思います」
「何故か?」
躊躇うことなくすぐに言われて、少し面食らった。追加の説明を求めるようにレイゲルを見つめた。すると、さっきまでペラペラと話していた唇が戸惑ったように動いた。
「だって……」
レイゲルは言いにくそうに首をそっと横に向けた。
「……」
小さく囁くような声が耳に届いたが、あまりにも小さくて何と言ったのか聞き取れなかった。
「何と言ったのか?」
「……」
問い返しても、レイゲルはまた口ごもっただけだった。
私が何か言ってはいけないことでも言わせたのか。
何が恥ずかしいのか、レイゲルの首筋が赤く染まっていた。
「聞こえないぞ」
「あ、師匠は分からなくてもいいです!」
ちゃんと聞こうとしてもう一度聞いたら、今度は我慢できなかったのか、声を荒らげてきた。師匠に対する態度とは思えんな。知りたい欲求が一気に冷めてしまった。むしろ聞かないほうがよかったかも。手をひらひらと振って、勝手にしろと背を向けた。
「そう、そう。好きにしろ」
どうせ大した理由じゃないのだろう。わざわざ聞きたがって食い下がっても、耳がちぎれそうになるのはごめんだ。
くだらないことで時間を過ごすのももったいないしな。
だが、これもまたそれなりに気に入らなかったようだった。レイゲルが唇を尖らせた。いったいどうしろというのか。どのテンポに合わせればいいのか全然分からなかった。黙っていると、レイゲルがかろうじて聞こえるくらいの声で言った。
「で、教えてくれるんですか?」
勝手に怒っておきながら、やっぱり聞きたいらしい。
私の話か……
頭の中で天秤を揺らした。レイゲルを教えることと、私の過去について話すこと。どちらに心が傾くか。チラリとレイゲルを睨んだ。
……他人なんだけどな。
やはり過去より未来だった。短く息を吐き、レイゲルの頭を軽くポンと叩いた。
「……仕方ないな。いいだろう。ただし全ては話せない」
「大丈夫です!」
すっかり機嫌が直ったのか、レイゲルは満面の笑みを浮かべた。まるで尻尾を振る子犬みたいだった。
すねているよりはマシだろう。
喜ぶ顔を見ていると悪い気はしなかった。
「じゃあ、この機会に聞きたいことを聞いてもいいですか?」
レイゲルはチャンスを逃さなかった。こちらを見上げるその瞳は慎重でありながら、内心では話を聞けることを期待して輝いていた。受け入れた途端、そんな質問をするなんて。今まで口に出したくてもなかなか言えなかったことがあったらしい。
「一度言ってみろ」
一緒に過ごした時間は長くはないが、決して短くもなかった。質問する機会はいくらでもあった。それでもこうやって好奇心を表現したことはなかった。
あえて今まで聞かなかったわけでもないだろうし。
きっと何かしらの理由があるはずだった。それを聞きたかった。
「師匠は長く生きてきたんですよね?」
「飽きれるほどにな」
「じゃあ、聖女様が生きていた時代にも生きていたんですか?」
「……生きていた」
思わず反射的に体がひと揺れした。幸いレイゲルは気づかなかったようだ。
「聖女様は本当にこの国を救ってくれたんですか?」
私は無言でレイゲルを見下ろした。少年はぼんやりと立ち尽くし、私の返事を待っていた。
ただ聖女について詳しく知りたかっただけなのかしら。
ずいぶん長く生きているからな。他の誰でもなく、私が語る聖女の話か。レイゲルの立場では聞いてみたいテーマかもしれなかった。
「救ったからこそ、今も聖女と呼ばれているのだろう。書物にも載っているはずだが?」
「載ってますけど、不思議に思って」
聖女についても、私に負けないくらいたくさんの本が書かれていた。魔女の私とは正反対の存在だったからだ。私についてこれほど知られているのと同じくらい、聖女についても多く知られているということだ。
「本にはよく書いてあるはずだが、何を聞きたいのだ?」
「ただ、本当なのかなって思って。そんなことが本当にあったのかって」
レイゲルが興味を持つのも無理はなかった。かつて魔法の黄金期と呼ばれた時代。今では古代と呼ばれ、ずっと昔の出来事だったからだ。だからこそ、その中に隠された真実を知る者はもういない。誰も。
……私を除いて。




