「第15話」
レイゲルの一声。
針を動かしていた手も、ぴたりと止まった。よく見ると、少年の指先に赤い液体がぽつりと滲んでいた。
――初めてだって言ってたし、まあ、そうなると思った。
「ちっ」
私は小さく舌打ちしながら、薬と包帯を取り出した。
「こっちに手を出してみろ」
「大したことはないですよ」
「何でも大したことないことから始まるんだ」
たとえ小さな傷でも放ってはおけなかった。昔から人の怪我を手当てしてきたせいか、もはや癖のようになった。黙って手を差し出すように合図すると、レイゲルは気まずそうにそっと手を差し出した。そのまま慣れた手つきで薬を塗り、包帯を巻いてやった。
「これは上手ですね」
「薬師を名乗ってるのは伊達ではないからな」
簡単な処置を終え、薬箱を元の場所に戻した。
「辞めたほうがよさそうだな」
「何を?これですか?」
「そう」
レイゲルは自信たっぷりにうまくできると言っていたが、所詮は初めてだった。ずっと縫い続けさせていたら、指がもたなくなりそうだった。
――これで飯を食っていくわけでもあるまいし。
そう判断して、レイゲルにはほつれた服を着たまま過ごさせることにした。
「しばらくは今ある服で我慢しろ」
思いがけず、手先の不器用さをさらけ出してしまった日だった。
***
そして、こんな日もあった。
「捕まえた!」
何度も空振りしていたレイゲルが、ついにウサギを仕留めた。
「捕まえる日が、本当に来るんだな」
「師匠は本当に食べない?……ですか?」
「お前がたくさん食べればいい」
とはいえ、私が食べないと言っても、調理まではしてやる必要があった。小さな子どもの世話は、大人の務めではないか。
「適当に手入れしておけ」
「僕がやるんですか?」
「君が食べるんだろう」
「僕もそこまではやったことはないんですけど」
レイゲルは剣の先で死んだウサギをつんつんと突いた。どこから手をつけていいか分からない様子だった。
「うまくやって入ってこい」
私はしばらく様子を見てから、先に小屋の中へ戻った。せめて食べるための調理の準備くらいはしておこうと思った。
「焼くのが一番無難かな」
どう調理するのがいいかを考えながら、棚から必要そうな材料を取り出した。ほどなくして、レイゲルも中に入った。
「空いてる器に入れておけ」
レイゲルはウサギの肉を器に移して、そっとこちらへ近づいた。顔を寄せてじっと覗き込んでくる様子は、まるで調理の様子を見物したいとでも言いたげだった。
「こうするのが合って……ますよね?」
「見るだけなら黙って見ていろ」
「なんか不安なんだけど」
顔には出さなかったが、心の中では無駄話であってほしいと願っていた。
「……石なんですけど」
苦労して焼いた肉に対する、レイゲルの正直な感想だった。
「しかも、すごく苦いです」
何も言わずとも、顔をしかめる表情がすべてを物語っていた。その視線を避けるように、私はそっと視線をテーブルの横へ逸らした。
「師匠、本人は食べないからわざとこうしたん……ですよね?」
「……ちゃんと真面目に作った」
本当だったが、どこか言い訳のようにも聞こえた。横で向けられる視線が痛かった。
「最初にポリッジをもらったときから気づいておくべきだったのに」
あれは一体いつの話なんだ。思わずレイゲルの方へ顔を向けると、少しひねくれたような蒼い瞳がこちらを見返していた。
「何です?言ってなかっただけですけど、あの時は体調が悪くて味が分からなかっただけで、食感はぐにゃぐにゃでしたよ」
「体を思って、丁寧に作ってやったというのに。君こそ今さら文句を言うのか」
「だから、黙って全部食べたんじゃないですか」
レイゲルは、一体どうすれば自然な生の味が出せるのかといったようなことを付け加えた。あの愚痴には何の反論もできなかった。
「毎日サラダばかり出してたのは、伊達じゃなかったんだ」
「とにかく肉を食べられたんだから、それでいいじゃないか」
「師匠はもう台所に立たないでください」
それ以来、食事の準備はすべてレイゲルが担当することになった。もちろん、あの子も料理などしたことはなかったので、最初は私と同じくらいひどかった。それでも、私が台所に立つことを、頑なに拒み続けた。どうやら、私の作ったものよりも、自分の失敗作を食べる方がまだマシだと考えていたようだった。でも、そんな日々は長くは続かなかった。少しずつ腕前が上がっていき、ついには人が食べられるレベルにまで成長したのだった。
「見ましたか?これが料理ってやつですよ」
レイゲルは肩をぐっと張って、得意げな表情を浮かべた。どこかからかうような話し方が、妙に印象に残った。
***
そして、現在――
先に挙げたような出来事に限らず、似たようなことが積み重なっていったことで、私もレイゲルも、お互いがどういう者かを知るには十分だった。
「僕だって、師匠のことを一日二日見ただけってわけじゃないし」
「分かったから、もう黙りなさい」
ついに、自ら髪を結ぶこともできないという事実まで知られてしまった。露われた黒髪を何とか隠したくなった。
――はぁ…これにまで。
頭がズキズキして、自然とため息が漏れた。時が経てば経つほど、師匠としての威厳がどんどん崩れていくような気がした。そんな風に頭を抱えていたその時だった。
「その髪、僕が結んであげましょうか」
思いがけない言葉が、レイゲルの口からこぼれた。




