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大海の蜃気楼 ートリアイナ王国海戦記ー  作者: 出羽育造
第1章 灼熱の世界大戦
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第26話 ネアス島攻防戦①

 10月28日 AM5:30

 東の水平線上に太陽が昇る。同時にネアス島の沖合に大型強襲揚陸艦を中心として、兵員輸送艦がずらりと並びウェルドックから吐き出された上陸用舟艇が海を埋め尽くす程並んでいる。さらに、機甲車両を満載した戦車揚陸艦がいつでも海岸線に突入する構えをみせている。


 敵を待ち受けるサマラス要塞では、王国第2師団と増派機甲旅団が全ての準備を整えて帝国軍を待ち受けている。敵戦艦部隊の地上砲撃は実質1時間程で終了したため、大きな被害はなく、万全の状態で待ち受ける事ができている。

 ここ、第17小隊が守備する陣地でもウィリアム・エリス少尉と黒田正孝軍曹が双眼鏡で敵の様子を観察していた。


「凄い数だな。およそ200隻はいるぞ」

「第1波でこれですからね。恐ろしい位です」

「あっ、信号弾が打ち上がりました! 敵部隊動き出しました!!」


 黒田の声に第2分隊を率いる青海圭介伍長も敵艦隊に双眼鏡を向けた。敵上陸用舟艇が一斉に動き出し、海岸に向かってくる。その様子は群れで飛ぶ飛蝗(バッタ)のようだ。小隊付き通信兵のジョージ・クルーニー上等兵が通信機の受話器を持ちながら叫んだ。


「大隊司令部より通信! 空母より飛行機械発進! 第11航空師団より迎撃機が出ました。敵航空兵力、特にアルビオンに注意せよ…です!!」

「了解、1分隊及び2分隊は72式携行ミサイルを準備せよ!」


 命令を受けた圭介は分隊のドナルド・フラッグス二等兵と、ランベル・グリーン一等兵に携行型対空ミサイルを準備させる。その間に双眼鏡で敵を監視していた黒田軍曹が、上陸用舟艇の距離を知らせてきた。


「敵上陸用舟艇の先頭、海岸より500mに接近!」

「そろそろ来るぞ!」


 エリス小隊長が叫んだ。間もなく数えきれない程のロケット弾が白煙の尾を引きながらサマラス山の向こう側から飛来し、あっという間にトリアイナ軍陣地を飛び越えて上陸用舟艇の群れに襲いかかった。


 島特有の早い潮流と舟艇同士が立てる波の揺れに耐えていた帝国兵は、頭上から異様な音を響かせながら接近してくる何かに気付いた。音の正体に危険を悟った何人か、取り分けオスマニア大陸の上陸戦を経験したことのあるベテラン兵が「伏せろ!!」と叫んだが既に手遅れで、頭上から迫る狂騒にかき消されてしまった。

 舟艇のど真ん中に命中したロケット弾は爆発と同時に帝国兵が何が起こったか悟る前に四肢を引き千切り、焼け焦げた肉塊に変え、舟艇そのものをバラバラに吹き飛ばした。ほんの数秒間の間に何百という場所で同時に爆発が起こり、上陸用舟艇が進撃していた場所を炎の雲が呑み込んだ。

 直撃を受けた舟艇は兵員もろとも吹き飛び、舟艇の至近で爆発したロケット弾の破片が四八方から襲い掛かり、士官だろうと兵士だろうと切り刻み、舟艇の甲板を阿鼻叫喚の地獄に変えた。その舟艇も破片で空いた穴から浸水し始め、海水で血を洗い流しながら傷ついた兵士を抱いたまま沈んで行く。


 要塞の守備兵は目の前で広げられている光景に歓声を上げた。上陸部隊阻止に使われた兵器は自走多連装ロケット砲「ラオコーン」。トライデントA2の車体に32連装122mmロケットランチャーを装備した制圧兵器である。第2師団はラオコーンを24両配備しており、一度に合計768発のロケット弾を発射できる。


 ロケット弾は命中率が低いが、一気に多量の弾を広域に撃ち込むことで敵に多大な被害を与えることが出来る。ロケット弾の攻撃を免れた舟艇は、海岸目掛けて魔導モーターを全開にして遮二無二前進する。ある兵士は傷ついて息も絶え絶えな仲間を抱きかかえ、敵の地上兵器を無力化できずに撤退した海軍の戦艦を激しく罵った。ロケット弾の攻撃が止むと、前方の山が白煙に包まれた光景が帝国兵の目に入った。次の瞬間、舟艇の周囲が爆発の閃光に包まれ、嵐に巻き込まれた小舟のように激しく揉まれ出した。


 サマラス山の背後から王国軍の155mm榴弾砲と120mm野戦砲、山腹のトーチカから76mm対戦車速射砲が射撃を開始したのだ。

 榴弾砲や野戦砲の直撃弾を受けた舟艇が兵員もろとも爆砕され、76mm砲の直撃弾を喰らった舟艇は炎上し、炎に巻かれた兵員が絶叫しながら海に転落する。王国の砲弾はエネルギーを爆発させる魔導砲に比べ、威力と殺傷力、危害半径に勝る。帝国兵は今、身をもって異世界の技術に畏怖し恐怖する。しかし、帝国兵に撤退の文字は無い。舟艇の速度を上げて海岸目掛けて突っ込んでくる。


 王国側の激しい防御砲火を突破した上陸用舟艇が次々に海岸にビーチングし、帝国兵を吐き出した。すぐさま遮蔽物を探して前進しようとするが、広く平坦な海岸に身を隠せそうなものはなく、榴弾砲によって十人単位でまとめて吹き飛ばされる。それでもなんとか擱座した舟艇の陰に隠れた小隊の隊長は、通信兵を呼び寄せると戦車とドアマースによる援軍を要請した。その間にも76mm砲や迫撃砲に狙い撃ちされた舟艇が吹っ飛び、至近弾による破片で切り刻まれた兵士が内臓をぶち撒けながら絶叫して転がる。海が帝国兵の血を吸って海岸を真っ赤に染め、波が死体を沖合に運んでいく。


 想像以上の苦戦にグスタフ総司令は上陸部隊の第2陣、第3陣計10,800人(第1陣は舟艇250隻、兵員4,500人)を進発させるとともに、戦車揚陸艦を前進させた。


「くそ、第1陣は橋頭保の確保に失敗したか。あの中に戦車揚陸艦を突っ込ませるのは危険だが致し方ない。ハーダー司令、アルビオンであの小癪なロケット砲と重砲を潰してもらいたい」

「了解しました」

「ドアマース出撃準備。戦車隊に続いて出ろ!(くそ…。やはり、制圧砲撃の失敗が響いたか…。それに、ヤツらの砲撃威力と精度を甘く見積もっていた。だが、戦いは始まったばかりだ。トリアイナの猿ども、お前らはこの地を失い、我々の前に膝まづく未来しかない。覚悟いて待っておれ!)」


 サマラス山要塞の最前衛の塹壕で第9歩兵連隊第6大隊の兵達は、海岸線に取り付いた敵上陸部隊を攻撃していた。17小隊も上陸してくる敵兵目掛けて110mm迫撃砲と12.7mm重機関銃を射撃している。圭介も双眼鏡で2km程離れた海岸を覗いていたが、そこは要塞からの重砲、速射砲、迫撃砲が引っ切り無しに着弾し、爆炎を上げて敵上陸用舟艇を爆砕し、人間のものらしい破片を飛び散らせてる。凄まじい光景に、ごくりと唾を飲み込んだ圭介の頭上を、輸送艦から発進した第2波の上陸部隊目掛けて、再装填を終えたラオコーンから発射された多数のロケット弾が白煙を引きながら飛び、兵員を満載した敵上陸用舟艇を次々に爆砕する。


(あそこは地獄だ…。絶対にあの下にいたくは無い。帝国兵が可哀そうに思えるな。だが、間もなくここも同じようになるか…)


 圭介がふとそんな事を考えていると、目の前100mほど先の地面に、被弾したフィンヴァラーが激突して土煙を上げた。土煙を避けるため、塹壕に体を沈めて上空を見上げると敵飛行機械と味方戦闘機が激しい空中戦を行っていて、視界に入っただけで被弾した機が何機も黒煙を噴いて墜落して行く様子が見える。下から見ている限り、どちらが優勢かわからない。


「分隊長、前!」


 フラッグスが圭介の肩をグイッと引き寄せて、前方で煙を吹いているフィンヴァラーを指差した。圭介が目を向けると胸のカバーが開いて、人の頭らしきものが動いている。分隊員が自動小銃を構え、いつでも射撃できる準備をした。圭介は双眼鏡でフィンヴァラーを見た。すると、開いたカバーの内側から、体にフィットした銀色のスーツを着たパイロットが這い出てきて、ドスンと地面に落ちてしゃがみこんだ。


「あ、あれは…!? うっ、マズいッ!!」


 フィンヴァラーの墜落した地点は味方の重機弾が飛び、敵上陸用舟艇に乗せられた魔導戦車が発射する魔導光弾が連続して炸裂し、上空から撃墜破された敵味方の飛行機械や戦闘機の残骸が降ってきて上陸してきた敵兵を、防御側の塹壕を圧し潰す。パイロットはフィンヴァラーの機体を遮蔽物にして身を隠すが、銃弾や破片に当たって死を向かえるのは時間の問題だろう。しかも、気付いているのは圭介、グリーン、フラッグスだけだ。


「どうします、分隊長。放っておきますか?」

「………。だめだ。俺は行ってくる!」

「あっ!分隊長!」


 仲間達が止める間も無く、圭介は塹壕から飛び出すと姿勢を低くしながらフィンヴァラーに向かって全速で駆け出した。飛び散る破片が戦闘服を切り裂く中、100mを走り抜け、フィンヴァラーのパイロットの元に前転しながら飛び込んで声を掛けた。


「大丈夫か!?」

「うっ…ううっ、ぐすっ…」


 圭介はパイロットを見て驚いた。双眼鏡では女性らしい事は見て取れていたが、実際は17か18歳位の歳位の年若い女の子だったからだ。戦場の恐怖でぐずつく彼女の手を取った圭介は、驚く彼女に部隊が隠れている塹壕の方向を指差して言った。


「キャッ…!」

「ここにいると危険だ。あそこまで走るぞ!」

「イヤッ、王国軍に捕まったら殺される。トリアイナ人は野蛮な蛮族だって隊長が言ってた。わたし、死にたくない。離してッ!」

「誰が蛮族だ。ここにいたら確実に死ぬぞ。いいから来いッ!」

「キャアッ!」


 怯え嫌がる女の子を無理矢立たせて自分のヘルメットを被せると、女の子の体を抱え、姿勢を低くして塹壕目掛けて走り出した。しかし、50mほど走ったところで地面が突然弾けたように爆発して圭介たちを吹き飛ばして地面に叩きつけた。衝撃と痛みで息が詰まる。女の子は圭介が咄嗟に抱きかかえたため、怪我は無いようだが痛みに呻いてる。ホッとして起き上がろうとした圭介達に向かって魔導砲が撃ち込まれてきた。


 顔を上げると低空から重武装人形飛行兵器のアルビオンが陣地目掛けて40mm魔導砲を連射しており、その射撃に巻き込まれたのだった。魔導砲の先端が光る。圭介は女の子の頭を抱えて伏せた。至近に着弾した魔導光弾によって跳ね上げられた土の塊が体に当たった直後、二人の上を轟音を立ててアルビオンが飛び去った。その時、グリーンの叫ぶ声が聞こえた。


「分隊長、こっちが合図したら走ってください!」

「わかった! 聞こえたか。合図が来たら走るぞ」

「…う、うん」


 背中越しに飛び去ったアルビオンが魔導砲を乱射しながら、轟音を立てて迫って来る。圭介が頭を上げると、フラッグスが72式携行対空ミサイルを構えているのが見えた。


「来たぞ! フラッグス、撃てーーッ!!」

「了解! そら行け、子猫(ぷっしー)ちゃん!」


 発射筒から白煙を引いて小型ミサイルが発射された。ミサイルは魔導機関が発するマナエネルギーを感知して、アルビオン目掛けて飛んで行く。同時にグリーンが叫び、圭介が体を起こした。


「分隊長、今です!」

「走れ!!」


 二人は背後を見ず全力で走った。塹壕まであと少しまで迫った時、背後で凄まじい爆発音が発生し、続いて襲い掛かってきた激しい爆風が二人を押し飛ばした。


「うおっ!?」

「きゃあっ!」


 ミサイルの直撃を受けたアルビオンが地面に墜ち、滑りながら爆発したのだ。爆風を受けた圭介は女の子を抱きかかえたまま、塹壕の中に飛ばされ、背中を塹壕の壁にぶつけて呻き声を上げると地面にドスンと音を立てて落ちた。グリーンとフラッグスだけで無く、騒ぎに気付いたエリス小隊長と黒田軍曹も集まって来た。


「大丈夫ですか、分隊長!」

「いてて…。ああ、大丈夫だ…」

「どうした事だ、これは。青海伍長、この娘は…帝国兵か?」

「ハッ! この娘はあそこに墜落したフィンヴァラーのパイロットでして…」


 圭介はパイロットの女の子を立たせると、かくかくしかじかと説明した。危険を犯して敵兵を救助した事にエリス小隊長は呆れ、黒田曹長はギロリと睨みつける。黒田はグリーンとフラッグスを戦闘配置に戻させると女の子に視線を移した。王国軍の航空服と異なる、体の線がくっきり出ている銀色の全身一体型スーツを着用しているのも異様だが、年もかなり若い。黒田はパイロットに問いかけた。


「お前の所属、氏名、階級、年齢は」

「……………(ぼそぼそ)。」

「聞こえん! はっきり答えろ!!」

「ひいッ!あっあの…ひっ…帝国第7艦隊所属飛行機械母艦ス…スキュルド航空隊、ア…アザレア・フリーレン一等飛行兵…。じ、18歳です…」


 鬼のように厳つい顔の黒田に怒鳴られて、アザレアと名乗ったパイロットは泣きそうな顔で答えた。黒田は「ふむ」と頷くとエリスに話しかけた。


「小隊長、この小娘、どうやら学徒兵かも知れませんね。処遇はどうします?」

「師団本部に連れて行くしかないだろう。確か一時的に捕虜を収容するための場所を用意したはずだ。そうだな…。青海伍長、捕虜の護送を命じる。お前が助けたんだ。責任を持って連れていけ。戦闘に巻き込む訳にもいかんしな」

「えっ!? 私ですか? うーん、仕方ないか…。了解しました。青海伍長、捕虜を師団本部に連行します。ですが…」

「なにかあるのか?」

「はあ。分隊の指揮は…」

「そうだな。お前が戻るまで黒田に任せる」


 第2分隊の全員が絶望的悲鳴を上げる。苦笑いを浮かべた圭介が不安そうな顔をして俯いているアザレアの手を取った。


「行くぞ」

「……(こくん)」


 塹壕の中を歩き出した二人が見えなくなるとエリスが大声で叫んだ。


「さあ、間もなく上陸した敵が来るぞ。全員戦闘に備えろ。ここから先に敵を通すな!」

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