第25話 暁の防衛戦
AT歴1875年10月28日午前3:00
月齢16.3大潮(最干潮AM4:37) 日の出AM5:23
海岸から2km離れたサマラス山要塞内、コンクリートで頑丈に補強された3つの掩体壕の中で増派機甲師団の機甲部隊が待機していた。第2師団の戦車、装甲車等の戦闘車両、歩兵部隊は要塞内の所定の位置に付いて、その時をじっと待っている。
3番目の掩体壕で待機していた第3戦車大隊(トリシューラ6両、トライデントA2、18両で編成)の大隊長であるユウキは、指揮戦車のキューポラから上半身を出して、腕時計を見た。時刻は午前3時。アイタペ山頂に設置されているレーダーは、敵上陸艦隊が海岸沖2kmの位置に停泊しているのをキャッチしている。今頃艦内では上陸準備が進められているはずだ。敵は夜明けと共に上陸してくるだろう。しかし、その前に始まるものがある。
(そろそろか…)
腕時計から目を離して間もなく、頭上から爆発音が連続して響くと同時に振動が伝わってきた。ユウキの予想通り、沖合に展開する戦艦部隊からの制圧砲撃が始まったのだ。
振動で天井からパラパラと埃が落ちてくる。ユウキは戦車の中に戻った。砲手のジョージ・アンダーソン伍長と装填手のマーク・ティアニー一等兵が、初めて経験する艦砲射撃の凄まじさに青い顔をしている。ユウキはアンダーソンの肩に手を掛けて笑いかけた。
「大丈夫。頭上は数十メートルの厚さがある岩盤層を含む山体だ。魔導弾を何発叩き込まれようが崩れやしない。それに、奴らは大まかな目標に向かって闇雲に撃ってるだけさ。敵の上陸部隊が進発すれば出撃だ。砲撃なんか気にしてる暇は無くなるさ。あと2時間少々の辛抱だ」
「そうそう。戦闘が始まりゃ不眠不休だ。今のうちに腹ごしらえして寝ておきな。ママンのおっぱいをしゃぶる夢でも見ながらな。がっははは!」
「梶原、ママンのくだりは余計だ」
「ははは、すいやせん」
操縦手である梶原景次兵曹長の軽口を注意したユウキはジョージとマークを見た。二人とも軽口で力が抜けたのか、表情から緊張の色が抜けたようだ。注意しつつ梶原の度量に感心したユウキの目の前で赤いランプが灯った。
「ん? 無線が入ったな」
3本ある掩体壕は連絡通路でつながれており、通路には通信線が通され、無線通信設備によって無線が繋がるようになっている。ユウキは受信ボタンを押して、レシーバーを手に取ると相手はエドワードであった。彼は第2戦車大隊を率いている。ユウキはニヤッと笑って返答した。
「どうした、爆乳おっぱい大好き変態王子」
スピーカーからどっと笑い声が聞こえてきた。怒りの中に笑いを含んだ返答が来る。
「うるせぇ、巨乳妹大好きシスコン大魔王!」
「だれがシスコンだよ!」
「お前だよ(笑)。それより、連隊長が最後のすり合わせをするそうだ。中隊長を連れて2番掩体壕に来いとよ」
「全く…。わかったよ、直ぐ行く」
腕時計を見ると3時27分を指している。ユウキは梶原一等兵曹に後を任せると、大隊第2中隊長グレッグ・モートン中尉、第3中隊長リチャード・スレイダー中尉を連れて連絡通路を抜け、2番掩体壕に入った。そこには、既に西田連隊長、エドワードの外、各大隊の中隊長が集まっていた。ユウキはサッと敬礼し、西田も礼を返した。
「よし、集まったな。最後の作戦会議を始める。戦闘が始まったら、各自の判断で動く事も予想される。皆、自分の責務を十分に理解した上で作戦計画を良く頭に叩き込むように」
「ハッ!」
「敵の上陸作戦に当たっては、第1段階として第2師団と我が旅団の多連装ロケット砲ラオコーン及び155ミリ自走砲、120ミリ野戦砲による上陸阻止攻撃を実施し、第2段階として上陸してきた敵を速射砲、迫撃砲、機関銃陣地で攻撃する。敵が橋頭保を確保できる場所は限られている。これら陣地はその場所をクロスファイアポイントとして狙いを定めている。だが、敵兵力は膨大だ。犠牲を厭わず必ず橋頭保を確保してくるだろう」
「橋頭保を確保した奴らは、次に送り込んでくるのが、我々を制圧するための機甲兵力だ。その主力は140ミリ魔導砲を搭載した8輪装甲戦車スヴァジル、100ミリ連装魔導砲を搭載した装輪突撃戦車グルファク。そして、重装甲人型歩行兵器ドアマースと予想される。さらに、空母から発艦したアルビオンも加わってくるだろう」
西田は全員の顔を見回した。頭上から魔導弾の爆発音が響いてくる。
「我々戦車連隊の役割は、この敵上陸機甲兵力を叩く事だ。情報によれば、魔導戦車の正面装甲厚は100から120ミリ、ドアマースの装甲は不明だが人型兵器という特性上、最も厚い部分でも200ミリは越えないと思われる。装甲を厚くすると重量が増して機動性が落ちるからな」
「それに対して、トライデントの105ミリ砲は320ミリ、トリシューラの120ミリ砲は480ミリの装甲貫徹力がある(両者ともAPFSDS:装弾筒付翼安定徹甲弾使用時)。奴等の装甲なんて紙同然だ。自信を持って戦え。いいか、戦車連隊の主力であるトライデントは魔導戦車、トリシューラはドアマースが攻撃目標だ」
「各大隊は中隊ごとに決められた半埋没塹壕陣地から遠距離砲撃を行う。砲戦開始距離は1,000m。なお、敵が要塞直下に到達したらこちらも打って出る。以上だ。質問は?」
第3大隊のモートン中尉が手を上げた。
「戦車を動かしても、敵戦艦の制圧砲撃の下では敵戦車との交戦前に潰される可能性があると思いますが…」
「それについては、海軍が何とかするとの話だ」
「海軍…ですか?」
「そうだ。話は終わりだ。作戦開始時間は0430。敵は夜明けと同時に来るぞ。エドワード大尉、伊達大尉、中隊のみんな、お前達の活躍に期待する。以上!」
「ハッ!」
全員西田連隊長に敬礼をして、駆け足で自車に戻る。ユウキはエドワードと腕を合わせてお互いの無事と健闘を伝えあってから3番掩体壕に戻り、大隊の全員を集めた。
「よく聞けみんな。作戦開始時刻は0430、あと1時間後だ。敵は帝国御自慢の魔導戦車とドアマースだ。相手にとって不足はない。奴らに王国陸軍は一味違うって事を教えてやれ。自慢の砲で奴らのケツを蹴り上げて、月までぶっ飛ばしてやろうぜ!」
「オオーーッ!」
全員腕を振り上げて雄叫びを上げた。ユウキは頷くと大きな声で叫んだ。
「全員乗車!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
0400 ネアス島沖20km
夜明けまで、まだ間がある漆黒の闇の中、海中から1本のアンテナが海上に伸びた。アンテナはレーダー波をぐるりと1周させて短く超長波通信を発信すると静かに海中に引き込まれた。
アンテナが海中に沈んだ6分30秒後、一列の単縦陣を組み、ゆっくりと進みながら制圧砲撃を続けていた戦艦及び巡航艦の右舷側に魚雷が突入。命中と同時に水柱が高々と吹き上がり、激しい衝撃が各艦を揺るがした。
柔らかい下腹を激しく抉られた戦艦は轟々と流入した海水で隔壁がぶち抜かれ、乗組員が脱出する間も無く短時間で横転・沈没し、魔導カートリッジ弾庫に直撃を受けた戦艦は、火山の噴火と見紛うばかりの大爆発を起こして轟沈した。また、艦の中央部に魚雷を受けた巡航艦は爆発によって竜骨をへし折られ、真っ二つになって大勢の乗組員と共に海中に飲み込まれていった。
ネアス島占領軍の総旗艦、大型強襲揚陸艦スルーズの艦橋で、制圧部隊の対地砲撃を見守っていた、占領軍総司令官グスタフ・グレーブス大将は制圧部隊がいる海域で魔導砲の発砲とは異なる巨大な爆発光が輝いたのに気付いた。
「今の光は何だ?」
「あれは…爆発光のようです。制圧部隊に何かあったのでしょうか」
「すぐに確認します」
艦隊司令のクラウス・フォン・ハーダー少将が訝し気に首を傾げ、艦長フェリクス・ルックナー大佐が通信士官に確認するよう命令した。暫くして青ざめた顔で戻ってきた通信士官から、通信文を受け取ったルックナーは仰天した。
「た、大変です! 巡航艦ゴーヴⅢからの通信によると、潜水艦によると思われる魚雷攻撃で第7艦隊旗艦ビューレイスト以下4隻沈没、3隻が中大破し、うち2隻が航行不能との事です。また、巡航艦も2隻沈没、ゴーヴⅢとドラッチェの2隻は無事です」
「なんて事だ…。トリアイナの奴等め、やってくれたな。くそっ!」
「戦艦アウドムラから通信!」
「何と言ってきた!?」
「敵潜の魚雷攻撃で第7艦隊及び第3任務部隊の戦艦は壊滅せり。これにより、これ以上の地上砲撃は不可。なお、上陸艦隊も敵潜の攻撃を受ける可能性あり。護衛の突撃艦による対潜警戒を強化されたし」
ハーダー艦隊司令が突撃艦隊に命令を送る間、アウドムラからの第2報が上がって来た。大破した戦艦2隻は乗員脱出後自沈処分する事。残った巡航艦で溺者救助を行い、終了後、アウドムラは巡航艦2隻の護衛の下、スケリア島のスルード海軍基地に向かうとの内容だった。
続けて突撃艦隊旗艦トライダーから潜水艦の気配無く戦艦群を攻撃後、撤退した模様との報告が続けて上がり、占領軍司令部を安堵させた。
「しかし、戦艦部隊の制圧砲撃は不十分なまま終わり、上陸作戦時の支援も出来ないのでは、作戦に支障がでる懸念がありますが…」
「確かに戦艦の支援は無くなったが、それで我が上陸軍に大きな影響を及ぼすものではない。なぜなら、我が上陸軍は敵に数倍する兵員、機甲兵力を備え、ドアマースも十分な数を揃えた。それに、戦艦は失ったが飛行機械母艦は健在だ。母艦に搭載されたアルビオンやフィンヴァラーも十分な戦力になる。トリアイナの猿など、戦艦の援護が無くても鎧袖一触に揉み潰してくれる!」
ハーダーの懸念に対し、グスタフが確固たる意志を持って言い切った。
「予定通り夜明けと共に上陸作戦を開始する。各艦上陸用舟艇及び戦車揚陸艇の発進準備! ハーダー提督、アルビオンとフィンヴァラーの出撃を要請する」
「要請受諾ました。通信参謀、飛行機械母艦に魔導通信を送れ。作戦開始と同時に全飛行機械発艦。アルビオンは上陸部隊の支援、フィンヴァラーは制空権を確保せよ」
戦艦部隊を失ったものの、いまだ巨大な戦力を持って、ネアス島を占領するため、帝国軍は動き出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
サマラス要塞の塹壕内で敵戦艦群の兵達は、唐突に対地砲撃が止んだ事に気付き、爆発で飛ばされた土砂だらけになったヘルメットを脱いで土砂を払いながら息をついた。
「ぺっ、ぺっ…。くそっ、ヤツら好き放題撃ちやがって。ふざけんな」
「砲撃、終わったのかな。急に静かになったけど…」
「様子を見てみるか…」
第2師団第9歩兵連隊第6大隊第4中隊第17小隊第1分隊長の青海圭介伍長は頭を塹壕から出して要塞に砲撃を加えていた戦艦が遊弋していた方角に双眼鏡を向けた。倍率を最大まで上げると水平線の向こうに、複数の光点が確認できた。よく見ると光点は不規則に揺らめいている。それは、何かが激しく炎上しているように見えた。
「…どうやら、奴らの戦艦に何かあったみたいだ」
「青海の言う通りだ。敵戦艦群は海軍の潜水艦による魚雷攻撃で壊滅した」
「小隊長!?」
塹壕の通路をどやどやと小隊員を引き連れた小隊長のウィリアム・エリス少尉が声をかけてきた。圭介と周囲にいた分隊兵士は整列して敬礼した。直ぐに第2から第4分隊も集まって来た。全員が揃ったのを確認したウォレスは、厳しい視線を向けると口を開いた。
「よく聞け、敵の砲撃は無くなったと見ていい。だが、それで敵の脅威が消えたわけではない。敵の戦力は膨大で強力だ。だが、我々はこの日のために地獄の訓練に耐え抜き、牙を磨いてきた。トリアイナを敵にしたことを思い知らせてやるんだ!」
「ハイッ!!」
全員の返事と表情に満足して頷いたエリスの前に黒田正孝軍曹が進み出た。
「1時間後には夜明けだ。夜明けと同時に奴らは攻めてくる。俺達の仕事はトリアイナを脅かすヴァナヘイムのクソッたれ共を殺して殺して殺しまくる事だ! いいか、奴らを絶対に生かして返すな。分かったな!」
「おおーーーッ!!」
「よし、17小隊戦闘準備!!」
4分隊36名の兵士が一斉に配置に付く。小銃分隊の兵は自動小銃や携行型対戦車砲の点検とともに備弾丸の確認を行い、機関銃分隊は12.7mm重機関銃に弾を装填する。また、迫撃砲分隊は2基の110mm迫撃砲の角度調整をし、砲弾を砲の側に運んで来る。ウォレスと黒田は各分隊の持ち場を回りながら檄を飛ばしている。
圭介は塹壕の壁に寄り掛かりながら弾帯のフックに手りゅう弾を取り付けていると、隣で自動小銃の点検をしていた、ドナルド・フラッグス二等兵が不安そうな声で呟いた。
「夜が明けたらどうなっちまうんですかね、俺たち…」
「帝国兵ってなぁ、海を埋め尽くす程の大量の上陸用舟艇に乗ってきて、腰蓑いっちょで魔導ライフルをぶん回しながら皇帝陛下バンザイを叫んで襲い掛かって来る狂戦士だってウワサだぜ。お前の頭なんてあっという間に食われちまうかもな」
「まさか、冗談でしょ…」
「そこまでにしとけ。ランベル」
「すいやせん。ははは」
フラッグスを揶揄ったランベル・グリーン一等兵を圭介は注意した。ペロッと舌を出して謝るランベルを一瞥すると、自動小銃を手にしてサマラス山を振り返った。山の遥か向こうにはトリアイナ島が、家族の住む国がある。
(親父とは喧嘩したままだな。母さんも泣かせてしまった。だけど、オレは後悔していない。大介、あおい。兄ちゃんは頑張るからな…)
「しかし、あおいのやつ、お守りをエドワード様に頼むとは、いい度胸してるな」
戦闘服の上から内ポケットに入れたお守りに手を触れて小さく笑った。妹の太陽ような笑顔を思い出す。大きく息を吸って吐いた後、敵艦隊がいる方向に目を向けた。東の空がうっすら赤く染まり、沖合にいくつもの点が浮かび上がって来る。圭介はランベルとフラッグスに声をかけ、自動小銃を海岸線に向かって構えた。




