第23話 ウォッゼ島沖海戦④
「ここまでか…」
帝国海軍ヨトゥン級打撃戦艦ベストラの艦橋で、艦隊次席指揮官ヨーゼフ・フェルナー少将は小さく呟いた。
ベストラは全長298m、全幅40.8m、基準排水量58,859トン、主兵装として口径40センチ4連装魔導砲2基、3連装魔導砲2基を備え、副兵装として口径15センチ連装魔導砲片舷3基、計6基12門、40ミリ5連装回転対空魔導砲4基。そして、新たに開発され、試験的に導入装備された8連装対艦誘導弾(射程15km)を2基を持つ等、強力な対艦攻撃能力を持つ艦で、今までの戦艦と一線を画す艦として、新たに「打撃艦」という名称が付けられている。
そのベストラはトリアイナ王国艦隊の重巡艦隊を砲撃力で圧倒し、2隻を轟沈せしめると、1隻の艦尾を吹き飛ばして漂流させ、最後の1隻には対艦誘導弾の一斉発射によって中破相当の被害を与えた。しかし、ベストラも中口径砲弾を多数浴びて非装甲の艦上構造物を大分破壊された上、砲撃指揮所や艦橋に誘導弾の直撃を受けたほか、艦尾に魚雷を受け4軸あるスクリューのうち、2軸を吹き飛ばされ、舵も損傷した。
「司令官、ベストラを含め、艦隊はもう戦える状態にありません。撤退を進言します」
「どうやらそのようだな。突撃艦隊の状況は?」
「司令突撃艦のケスリンⅡからは、敵駆逐艦4隻撃沈確実、3隻以上に被害を与えたとの報告が届いています」
「こちらの損害は?」
「突撃艦8隻沈没、4隻が大破航行不能。残存艦は退避行動に移ったとの報告です」
作戦参謀のアルベルト・カグマン中佐が残念そうにフェルナーに報告した。フェルナーはここが引き時と判断して撤退を決断した。
「そうか…。作戦参謀、これ以上戦闘継続はできん。よって、全艦に命令。艦隊進路330度。この海域から離脱する」
「ハッ。各艦に命令を…ッ!?」
通信室に命令を伝達しようとカグマンが動いたその時、爆発音に続いて激しい衝撃が艦橋を揺るがした。足を取られたカグマンは転倒して呻き声を上げ、同様に転倒し壁面に体を打ち付けた者達の悲鳴と怒号が飛び交う。操船機器につかまって転倒を免れた艦長のヴァルター・エアハルト大佐が前甲板を見て息を飲んだ。3連装砲塔が真っ二つに割れて砲身があらぬ方向を向き、炎が噴き出ている。
「まずい、2番砲魔導エネルギー変換炉停止。急げ、爆発するぞ!」
「取舵一杯、機関全速!」
エアハルトが次々命令を下していると、機関室から悲痛な報告が上がってきた。
「機関から艦長。敵魚雷によって右舷側のスクリュー2軸が破損したため、速力18ノットが限界です。舵も損傷しており、これ以上操舵を続けると破損する恐れがあります!」
「魔導モーターが焼き切れても構わん! 機関出力を限界まで上げろ!」
「り、了解!」
「艦長から操舵室、右舷前部スラスター及び左舷後部スラスターを作動させろ。スラスターで方向転換を図る」
「操舵室了解。スラスター作動します」
ベストラはゆっくりと方向を変え始めた。フェルナーが艦橋の窓から双眼鏡で前方を見ると、視界に入るワーグ級戦艦ドーヴァ(7番艦)、ヴァーラ(5番艦)は多数の砲弾を浴びて主砲や上部構造物を破壊されながらも機関は無事なようで、命令に従い戦闘海域から離脱している。しかし…。
「艦長、ウーズ(4番艦)は離脱できたか確認してくれ」
「はっ、通信室、ウーズの状況しらせ!」
「艦長、ウーズより通信! 敵艦からの直撃弾により機関停止、航行不能。破壊された舷側からの浸水激しく大傾斜。現在、総員退艦中とのことです!」
「司令…」
「仕方ない。ウーズは残念だが、全艦出しうる速度で補給艦との合流ポイントまで急げ」
戦闘海域から離れつつあるベストラに直撃弾命中による激しい衝撃が襲い掛かり、金属が破壊される音と不気味な振動が全艦を揺るがす。しかし、機関は作動しており、ベストラを王国艦隊から遠ざけて行く。
「応急長から艦長! 被弾したのは2カ所。第3砲塔全損、前甲板揚錨室全壊、火災発生。しかし、航行には支障なし!!」
被害報告受けた艦長のエアハルトは応急長に火災の消火と、機関長に魔導ジェネレーターの出力を維持するように命じた。これ以上の砲撃を受けると致命傷を負い、撃沈させられかねない。とにかく、現海域から離れる事が最優先だ。艦の操艦と負傷者救護の指示を出していたエアハルトは、敵の砲撃音が止んでいる気付いた。
「もしや…。艦長より見張り、周囲の状況知らせ!」
「こちら見張り。敵艦隊、離れて行きます!」
見張りの報告に、フェルナーやエアハルト等が双眼鏡を右舷側に向けると、遠く水平線の向こう側に、王国艦機関特有の排煙が遠ざかって行くのが確認できた。
「敵艦隊も我が方の戦闘で受けた損害は大きいはずだ。我が艦隊が戦闘を打ち切ったことで、彼らもここが潮時だと判断したのだろう」
フェルナーが小さく呟いた。カグマンが前甲板の惨状を眺めて溜息をついた。
「しかし、フェンリル級以上の装甲と攻撃力を持つベストラが、こうも被害を受けるとは。しかも、撃沈したのが巡洋艦3隻だけ、主砲と前甲板以外の損害は火力に劣る巡洋艦によるものとは、とても信じられません」
「それだけ侮れない敵…と言う事だ。我らは100隻の大艦隊を揃え、必勝の構えでこの海戦に臨んだ。しかし、彼らは絶対不利な状況でありながら、潜水艦や航空兵力を駆使した戦術で互角の戦いに持ち込んできた。それでも、我が艦隊は戦艦8隻と彼らを上回る戦力で艦隊決戦に持ち込んだ。しかし、結果はどうだ?」
「トリアイナ艦隊の戦艦1隻を撃沈したのに対し、我が方はフェンリル級を含む4隻を撃沈させられた。結局、テーチス海艦隊のほぼ全ての艦艇と飛行機械、それらを運用する貴重な人材を失ってしまった。惨敗だ…。これ以上無い程の…。ギュンター総司令(テーチス艦隊総司令部長官)の信頼を裏切ってしまい、申し訳が立たない。また、皇帝陛下は敗者を決して許さないであろう」
「し…しかし、フェルナー司令は次席です。責任は総司令官であるバルドー長官が負うべきと思いますが…」
「バルドー長官とは連絡が取れない。状況から見てフェンリルは撃沈されたと見るべきだろう。であれば、第3艦隊に対する責任は私にある」
フェルナーは力なく答え、深々と溜息をついた。カグマンが俯いて声を絞り出す。
「今更ですが、フィリップ・クリス少将の戦艦4隻を分離せず、12隻でトリアイナ艦隊に当たっていたらと思います…」
フェルナーは押し黙ったまま遠くを見つめている。ベストラの艦橋は静まり返って、誰も言葉を発しようとしない。
退避する3隻の戦艦の周囲に突撃艦が集まって来た。戦闘前は17隻いた突撃艦も5隻しか戻ってこない。しかも、この5隻も被弾の跡が著しく、戻って来たのが奇跡と思えるほどだ。打ちのめされた艦隊の姿にカグマンは俯いてギリッと歯を食いしばった。
(各戦線で無敗を誇った世界最強の帝国艦隊…。その最強の打撃艦隊が、戦力に劣るトリアイナ王国軍に完膚なきまでに叩きのめされた…。第6艦隊の奮戦で敵空母艦隊を壊滅させたものの、当の第6艦隊自体も壊滅してしまった…。いくら異世界の技術を得てたとはいえ、戦力は圧倒的に帝国軍が上。さらに、30年前の戦訓を経て軍備も強化されてきた。絶対に負ける訳がないと誰もが信じていた。だが、結果はどうだ。トリアイナは強い。彼らを屈服させるのは容易ではない。それを思い知らされた…。クソッ!)
「だが、まだ負けた訳ではない。敵艦隊もまた大きく損傷した。上陸部隊への接近は阻止できたはずだ。今は負けても最後に戦略目標を達成できれば、我々の勝ち…だ」
カグマンはそう思い直して顔を上げた。とにかく激しく苦しい戦は終わった。今は、傷ついた艦隊を無事にフリッツ基地に連れ帰る事だ。カグマンは艦橋からデッキに出て、ネアス環礁の方向に顔を向け、いつまでも艦の動揺に身を委ねていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ウォッゼ島沖から砲声が途絶えたのは、10月27日の午後3時11分だった。3時30分、アマテラスの通信アンテナから「逐次集マレ」の命令電が飛んだ。
先程まで敵艦隊と砲火を交わしていた戦艦及び巡洋艦の各艦が集まって来た。さらに、敵突撃艦隊を退けた第11、12水雷戦隊の各艦も接近してきた。
「敵戦艦は4隻を撃沈しました。ただ、総旗艦フェンリル含む4隻を大中破せしめましたが、これらは戦闘海域を離脱しております。また、第11、12水雷戦隊と交戦した突撃艦隊のうち、12隻を撃沈破したと報告がありました」
アマテラスの戦闘艦橋で長官席に腰を下ろしている小沢一昭中将に、首席参謀のジョン・ヴェレカー大佐が報告した。
「当方の被害は、イセ、タカオ、マヤ、チョウカイ沈没、ヒユウガ、アリステア大破、アマテラス、ミカサ、ワタツミ中破、イチキシマ、シキシマが小破です」
「水雷戦隊の被害は?」
「第11水雷戦隊のデアリング、ディフェンダー、イカズチ。第12水雷戦隊のアイアースが沈没しました。それ以外の艦は中小破に留まり、航行不能艦はありません」
小沢は艦橋の窓から集まって来る艦艇を見ながら、ヴェレカーに向かって言った。
「…バルドー艦隊を迎撃した今海戦では、敵の新鋭戦艦を含む4隻を撃沈し、前哨戦となる航空戦を含め、その他の艦艇のほとんどを撃沈破した。戦術的には我々の勝利と言っていいだろう。しかし…」
「戦略的には敗北したと…?」
「そうだ。バルドー艦隊程の大艦隊を動かしたとなれば、我々の目はその一点に集中する。当然、帝国も戦力に劣る我が軍はバルドー艦隊に全ての戦力を当ててくると考えたはずだ。その隙をつき、複数の機動艦隊を動かしてくるとは、私も想定していなかった。結果、第5艦隊は虎の子の空母部隊を失い、戦艦同士の砲撃戦をせざるを得なくなった。この時点で負けだったのだ」
確かにバルドー艦隊は消滅したも同然となり、これらを運用する優秀な人材を多数失った。いかに帝国でも相当の打撃を受けたはず。この損害を回復するには、いかな帝国でも相当の時間が必要だろう。場合によっては、他地域の戦線にも影響を与えるかも知れない。その点では、第5艦隊は大きな代償を払いながらも勝利を得たと言えるだろう。しかし、ネアス島への上陸を企図する帝国艦隊を阻止する力を失ったのも事実。もし、ネアス島が占領されるようなことがあれば、王国本土が直接脅かされる事になりかねない。
(確かに長官のお考えの通りかも知れない。しかし、ネアス島には地上戦力も航空戦力もある。支援艦隊派遣も考えられているはずだ。まだ、全てが終わった訳ではない…)
「首席参謀」
小沢が声をかけた事でヴェレカーの思考は中断された。
「第12水雷戦隊のバルクリー司令に溺者救助を命じてくれ。救助は敵味方問わずに行うように」
「ハッ。第12水雷戦隊司令部に溺者救助を命じます」
「溺者救助後、艦隊はマルティア基地に向けて移動する」
「了解」
(余計な事を考えるのはよそう。まずは艦隊を無事にマルティア基地に連れ帰る事だ)
ヴェレカーは第12水雷戦隊の駆逐艦が動き出すのを眺めながらひとりごちた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
激しい海戦が終わり、生き残った艦艇は全て基地のあるフリッツ島に帰還して行った。戦闘が行われた海域では撃沈された艦から脱出した将兵が浮遊物につかまって波間に漂っている。しかし、救助してくれる味方艦はいない。奇跡など望めない絶望の中、声をかけあって生に縋っていたが、ひとり、またひとりと声も無く海中に沈んでいく。
「しっかりしろ。気をしっかり持て!」
「か…かんちょ…う」
「さあ、この板をしっかり抱えろ。そこのお前、手伝ってくれ」
「はいっ!」
戦艦ニーズヘッグの艦長、ヴァルター・フォルストマン大佐は負傷した一等水兵の腕を取って浮いている大きな鉄板に引き上げようとしたが、全身の力が抜けており、重くて持ち上げられず、近くで木材につかまって漂っていた兵士に声をかけた。その兵士は直ぐに泳いできて水兵の体を支え、フォルストマンの掛け声に合わせて水兵の体を引き上げた。水兵を引き上げた後、鉄板につかまりながら、フォルストマンは手伝ってくれた兵士に話しかけた。
「助かった。君の名は?」
「エルンスト・フォックス三等兵曹であります、大佐」
フォルスマンは周囲を見回した。視界に入るだけでも数十人が浮遊物にしがみ付いて波に揉まれている。また、海水を飲み込んだのかせき込んだ声が複数聞こえてくる。隣にいたフォックスはフォルストマンに話しかけた。
「大佐、私らはどうなってしまうのでしょうか…」
「運命の女神のみぞ知る…だな」
「味方艦は戻って来てくれるでしょうか…」
「無理…だな。この海域はトリアイナが支配している。それに、味方艦としても我々を救助する余裕は無かっただろう」
「…そう、ですよね…」
フォックス兵曹は鉄板の上で苦しそうに唸っている水兵を見た。敵の砲撃に巻き込まれたのであろうか、体の複数個所に裂傷を負い、今すぐ治療しないと生命の危険がある。彼だけではない。自分や必死に生に縋り付いている他の生存者だって、やがては力尽き、暗い水底に沈む。待っているのは「死」だけだ。フォックスの脳裏に愛する妻と子の顔が浮かんだ。
「実は、リューネブルク(フリッツ島の中心市)に妻と1歳の子を残してまして…。最後に一目会いたい。けど、会えないんだなぁ。くそ…、なんでこんな事に…」
「…………。」
フォルストマンは何も答えない。フォックスのすすり泣くような呟きに小さくため息をつくだけだった。そのフォルストマンの耳に、波の音とは異なる、波を切る音と機械の低い作動音が聞こえてきた。しかも、徐々に近づいてくる。
「なんだ…? 何か聞こえないか?」
「えっ…。そ、そういえば…って、あっ、あれを見てください!」
フォックスの指差した方向に首を回すと、1隻の戦闘艦がゆっくりと静かに進んできた。
(あれは、王国海軍の駆逐艦か!?)
王国軍の駆逐艦は停止すると舷側から縄梯子やネットを降ろし始め、身を乗り出した水兵が上って来るよう手招きしている。誰もが思ってもみなかった救世主に、漂流していた帝国兵は唖然としたが、直ぐに駆逐艦目掛けて泳ぎ出した。
「兵曹、私達も行こう」
「は、はい!」
フォルストマンとフォックスは、水兵を乗せた板を押して駆逐艦に向かって泳ぎ出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「長官、溺者救助は後1時間で終了します」
「わかった」
旗艦アマテラスの艦橋で、ヴェレカーから報告を受けていた小沢の元に、通信参謀のリアム・ジョンソン中佐が通信文を握り締め、慌てて駆け込んできた。
「ち…長官、たったた、大変です!」
「落ち着け。何が大変なのだ」
「はっ、はい。第8巡洋艦隊司令部から緊急電が入りました。それが…」
「どうした? 早く報告せんか」
何故か躊躇するジョンソンに、訝し気に顔を向けたヴェレカーが報告を促した。ジョンソンは通信文に目を落とすと、震える声で話した。
「け、軽巡ヘレナが第3任務部隊司令長官のバルドー提督を捕虜にしたとの事です!」
アマテラスの艦橋内が大きくどよめいた。普段、表情を変えない小沢長官や土方艦長も驚いた顔をしている。
ジョンソンは報告電を読み上げた。それによると、戦闘能力を失い、戦闘海域を離脱したフェンリルに、ヘレナは全速力で追撃すると、砲雷撃を加えて大破炎上させた。行動不能になったフェンリルは降伏することなく自沈。脱出した兵(約数百人)を救出したところ、その中に複数の高級士官が含まれており、尋問した結果、バルドー提督自身がいたため、拘束したとのことであった。
「姿が見えないと思っていたら。フェンリルを追っていたのか」
「ヘレナの艦長は、加藤喜代政君だったな。ヤツならやりかねんか…」
呆れ顔のヴェレカーに対し、小沢は小さく不敵に笑ったのであった。




